16才-ナガサキの夏1945-

ver.0.99

原案 某女子校演劇部 -掲載承諾済-
脚色 白神貴士(BOOGIE STUDIO)

・野口優子・・・16才。学徒動員で長崎市の兵器工場に勤めている。
・松尾麗子・・・15才。優子の親友。兄がガダルカナルで戦死している。
・野口典子・・・優子の妹。12才。
・西田進・・・・18才。麗子のいとこ。
・山本英一・・20才。野口家に下宿していた大学生。
 学徒出陣で中国戦線に送られていたが、負傷して帰国する。
・野口八重・・37才。優子と典子の母親。出征した夫・正之の留守を守る。
・指導員・・・35才。兵器工場の指導員。
・子供・・・・・8才。火傷をして家族を失った子供。
・被爆者たち


       *     *     *     *     *     *  


ナレーター
「1941年=昭和16年12月8日、日本軍がハワイの真珠湾を攻撃して、アメリカ
合衆国との『太平洋戦争』と呼ばれる戦いが始まりました。戦争はアメリカ有利
に傾きながら激しさを増し、昭和19年には日本は大部分の軍艦を失い、アメリカ
の爆撃機B29の大編隊による都市への爆撃=空襲に怯える毎日が始まりまし
た。中学校・女学校、そして現在の小学校高学年にあたる国民学校高等科の
生徒までもが兵器の生産のために軍需工場に駆り出され、昼夜交代12時間勤
務で働くようになりました。明けて昭和20年、アメリカは沖縄を攻略して日本の
本土に迫りましたが、日本は決して降伏しようとはせず、欧米から"自殺部隊"と
呼ばれた数々の特攻兵器を開発・増産して"本土決戦"に備えていました。
この物語の主人公は十六歳で県立長崎高等女学校の四年生、野口優子。五月
から学徒動員で長崎市の三菱兵器製作所大橋工場で働くことになり、魚雷の部
品にやすりがけをする仕事をしています。場面は昭和20年8月8日の朝、12時間
の夜勤を終えて優子が野口家に帰って来たところから始まります・・」

 野口家の玄関を開けて、優子が帰って来る。

優子
「只今、帰りました・・・・お母さん、おなかがすいとるよぉ」
典子
「なんばいっとっと。若い娘がはしたんこと。」

 妹の典子があひるのオモチャを持って出てくる。

優子
「あれ?典子、なしてこがん時間にいるの?工場はどがんしたと?お母さんは?」
典子
「おかえり優子ねえちゃん。今日は休みばい。お母さんは食料ばわけてもらいに
いっとるとよ。もうじき帰ってくると。」
優子
「食料って・・配給は昨日あったばっかいじゃなか?」

 典子、口に指を当ててひそひそ声で制止する。

典子
「お姉ちゃん、シーッ!闇の物ば買いに行っとっとよ。」

 優子、慌てて口に手を当てる。
 雑嚢を背負ったモンペ姿の母親・八重が帰って来る。

八重
「やれやれ、くたびれた・・今日も暑かね。優子おかえり。」
優子
「帰りました・・何こうてきたん?」

 八重が履き物を脱ぎ、手ぬぐいで汗を拭いている間に、
 雑嚢を探って卵を取り出す優子。

優子
「わーっ!卵たい。久しぶりぃ!」
八重
「闇でこうたら卵一個で5円もとられたとよ。」
優子
「卵ば使こうて、なんば作るの?早う食べたかな」
八重
「なんばいっとっと・・晩、晩。晩方に、山本さんが来られた時にうまか物でん作っ
てあげようて思おてこうて来たのよ。」
優子
「英一兄ちゃん・・・戦地から帰って来たの?」
八重
「優子には黙っておいて、びっくいさせてやろうて思おてたとばってん。あんたよ
り早う帰れんやったけんしょんなかね・・山本さん、戦場で怪我ばして帰って来られ
たったい。優子が今日は夜勤の明けで、明日は朝から仕事て言ったら、『それでは
夜に伺います』ってことになったとよ。」
優子
「怪我はひどかと?もう兵隊に行かんでも良くなったんなら大学に帰るっと?」

 八重、典子と顔を見合わせる。

八重
「まあ、そいはあんたが山本さんに訊くこつばい。うちに下宿しとった頃から、あ
んたが一番なついとったとから・・」
優子
「なついとったって・・・英一兄ちゃんは頭が良かったから、勉強ばおそえてもろ
うていただけだもん!」
典子
「姉ちゃん、顔があこうなっとっよ。」
優子
「典子!」

 典子逃げる。優子、追いかける。

八重
「こら!暴れんの!なんばしとるの!」
典子
「野口優子は山本英一のことばひどー好いとっと!」
優子
「いらんことば言うなーっ!」

 玄関の戸を開けて逃げ出そうとした典子がそこに居た男性にぶつかり、
 転びそうになって抱き止められる。

八重
「あら、山本さん・・」

 典子、慌てて英一の腕から逃げ出す。英一も気づいて赤くなる。

英一
「典ちゃんごめん・・転びそうやったけん・・あ、優子ちゃん只今・・」

 と、慌てていたが、気を取り直して敬礼する。
両手が包帯でぐるぐる巻きになっている。

英一
「陸軍上等兵、山本英一、只今帰りました!」

 優子、真っ赤になってうつむいている・・何も言えない。

英一
「あの・・夜に来るつもりやったばってん、むしょうに優子ちゃんの顔が見たくな
って、ちょっとだけ寄ったったい。ごめん、眠いよね?すぐ帰っと。」
八重
「優子、黙ってんでなんか言うこつはなかと?」
優子
「・・お帰りなさい。ご苦労様やったと・・です。またお会いできて・・本当に・・嬉しか
ばい。」
英一
「・・オイもばい。」

 二人、顔を見合わせ、真っ赤になってうつむく・・間があって。

英一
「えっと、そいじゃね・・・夜になってまた来ますけん。優子ちゃん、夜勤ご苦労様、
ゆっくり休んでくれんね・・じゃあ、後で。」

 英一、出てゆく。優子、戸を少し開けて後ろ姿を見送っている。
 その背中に典子が

典子
「相思相愛やったごたっばい・・・ね?」
優子
「典子!」

 典子、今度こそ、外へ逃げ出す。

八重
「何処へ行くと?」
典子
「海ばい!」
八重
「気ばつけなさいよ!空襲もあるかも知れんし!・・・・行ってしもうた・・あの娘はや
んちゃでいけん。」
優子
「おなかがすいとるとば忘れとった・・朝ご飯食べてぬっ(寝る)、」
八重
「奥にあっけん行って食べんね。オイは隣で味噌ば分けてもらうから」
優子
「味噌汁ばあると?」
八重
「晩、晩・・朝は海草の潮汁と脱脂大豆に玄米ふりかけた代用食ばい。」
優子
「あーあ、ご飯と味噌汁が食べたかなあ・・」
八重
「そうそう・・夕べのカボチャがちょっと残っとるよ。」
優子
「毎日、カボチャで顔がきなくなるような気がすっ」
八重
「贅沢言わんの。カボチャの茎しか食べられん家も多かと!」
優子
「はーい。あ、夕ご飯、ごっそうにすっとやったら友達も呼んでんよか?」
八重
「よかよ。晩は奮発すっけんね・・空襲警報が鳴らんばよかね。で、友達、て麗子
ちゃん?」
優子
「麗子ちゃんと、西田の進さんも呼んでんよか?」
八重
「よかよか。麗子ちゃんはべっぴんさんばいね、女優さんのごたるばい。優子とは
出来がちごとっね。見とっだけでほれぼれすっ」
優子
「・・お母さんは実の娘が可愛くなかと?」
八重
「優子は・・まあ・・ぼちぼちばい。」
優子
「好かん!」

 暗転。
 ナレーター登場。

ナレーター
「さて疲れて帰った優子は死んだように・・は、眠れませんでした。空いたお腹の容
量と食べた朝ご飯の量が釣り合わなかったからだけでは、ありません。英一さんの
顔を見た嬉しさに5分ごとに思い出し笑いを浮かべ、偶然とはいえ、英一さんに抱き
止められた典子へのジェラシーで6分事に胸を焦がしてオロナイン軟膏を塗っていた
せいでした・・でも、やっと眠りにつけた後はどうやら楽しい夢も見たようです。
さてさて、どんな夢だったのか・・・」

 明転。
 夕ご飯の並んだ食卓を囲んでいる八重、優子、典子、英一、麗子、進。

 典子、久しぶりの卵焼きをしゃぶっている。

八重
「典子!なんね、その食べ方は?」
典子
「噛んでしもうたら無くなってしまうもん。ほらお前もなめてみんね。『うん、お
いちか!』」

 と、あひるのオモチャに舐めさせる。

八重
「皆さんの前で行儀の悪かことばせんで。お母さん恥ずかしか・・」

「どーあんね(いいじゃないですか)。僕も、こがんごっそうは久しぶりだけん、
典ちゃんば見習いたいくらいばい。」
優子
「駄目駄目、そがん風に甘やかしとるから、典子はどんどん馬鹿になっていくんだ
けん・・」

「確か、典子ちゃんは、泳ぎが速かとよね?」
典子
「うん。学校で一番たい。男子にも負けんくらい速かよ。前畑みたいな水泳選手に
なりたかばってん・・」

「こん戦時下じゃなあ・・日本はどうなっていくとやろうか」
八重
「そうそう、進くんや山本さんに聞いてみようて思うとったとばってん・・」

 八重、新聞を出してくる。

八重
「今朝の朝刊の一面に・・広島に敵新型爆弾、B29少数機で来襲攻撃。相当の被害、
詳細は目下調査中・・って何のことやろうか?広島には妹が嫁いでおるけん気になっ
たと。わざわざ一面に出るというこつはこいは大事やろうか?進くんのお父さんは
警察署長さんだけんなんか聞いてんかと思おて」

「聞いとっけん・・今日、県庁で知事から直々に話があっげな。ばってん、こいは重
大な秘密なんで詳しゅうは話せん事たい。すまんばい。」
八重
「広島は・・どうなっとっとか?」

「大変かことになっとっごたっばい。・・壊滅状態て聞いたとです。たった一発の爆
弾で・・」 
典子
「一発で?!」
麗子
「・・そいはナチスドイツが開発しとっと聞いとった"原子爆弾"じゃなかですか?」

「はっきりした事はわからんと。ばってん、5日に敵機から撒かれた宣伝ビラに"こ
れから日本の都市に次々爆弾を落として行く、長崎も灰の町になる"と書いてあった
とばい。こいから大変かことになってゆくかも知れんね。」
優子
「英一さんはなんか知らんですか?」
英一
「・・多分、麗子ちゃんの言った"原子爆弾"て思う。・・連合軍が原爆ば使ったとした
ら、本当に大変か事たい。長崎はまぁだ空襲でひどか被害ば受けた事のなかけん、
ほんなこつ危ないかも知れんね。まあ、まぁだ北九州も、博多も大した被害ば受け
とらんから順番としては後の方て思うばってん・・」
麗子
「そがんことにならんごと、進さんも兵隊さんに行くとぞね」

 進と麗子を除く一同が顔を見合わせる。

英一
「進君、赤紙が来たとか?」

「はい。昨日の朝来ました。」
八重
「おめでとうたい・・お国のためにしっかり働いて来てくれんね。」

「働きはすっばってん、帰っては来ません。震洋に乗っとです。」
典子
「震洋って何ね?」

「300キロの爆弾ば舳先に積んだ、こまかボートば操縦して敵艦に体当たりすっと。
敵の上陸に備えて今いっぱい作られとっ特攻兵器ばい。」
八重
「特攻兵器て・・・体当たりしたら死んでしまうじゃなか!零戦の神風特攻隊と同じこ
とじゃなかと!」

「もうそがんことしか国ば守る方法がなかけんです・・オイたちが死んで、そいで
みんなが助かってくれれば、そいでよかとです。」
優子
「でん・・進さんと麗子は親の決めた婚約者じゃなか。麗子のこつはどがんすっと?」

「親同士は、兵隊に行く前に式ばあげろとやぐらしかばってん、オイは麗子さんば
不幸にはしたくなかけん。そうして結婚式ばあげて、何日も夫婦として過ごせもせ
んまま、未亡人になって泣いとっ・・いや、泣くことさえ許されん女の人がいっぱよ
かるじゃなかね。こがんこつはふとか声では言えんばってん、オイはそがん悲しか
思いはさせたくなかけん・・」

 麗子、目を伏せる。一同、しばし押し黙って料理を食べる。
 八重、英一が箸に手を付けてないのに気が付く。

八重
「どがんしたと?山本さん、食べんの?」
英一
「すまんばい・・匙ばもらゆっとですか?」
八重
「あらまあ、気が付かんでごめんなさいね。怪我ばして指が動きにくかとね?早う
言ってくれればよかったとに・・」
英一
「いえ、・・・指が無かと・・です・・吹き飛ばされて。」

 一瞬に凍り付いた食卓の雰囲気の中で
 平静を装い、片手でスプーンの匙部分を押さえ
 柄の部分を反対の手の包帯の中に差し込み
 笑顔で八重に

英一
「ごっそうになっと」
優子
「指は・・何本無くされたとですか?」
八重・典子(同時に)
「優子!」「お姉ちゃん!」

 英一、真っ直ぐに優子を見て

英一
「・・・・・何ちゃかんちゃひとつも残らんごと、無くしたとです。右も左も・・・・
こいは早う優子ちゃんに言っておかんといけんと思おとったとばってん、つい・・」

 優子の頬を涙の粒が転がり落ちて行く。

英一
「何センチか、残っとっ指もあるばってん、詳しかこつはよかやろう・・?」
八重
「そいじゃ・・画家になる夢も・・」
英一
「・・夢は夢だけん・・朝になって目が覚めたら、消えてしまうとです。」

 英一、ニッコリ笑ってみせ、料理を口に運ぶ。

優子
「なれますけん・・きっとなれますけん!スプーンが持とるなら、筆げな持とっけ
ん。英一さんはきっと立派な画家になる人ばい!きっとなるばい!」

 典子と麗子、顔を見合わせて拍手する。進も続く。

八重
「優子の言うとおりばい。きっと大丈夫ばい。」
英一
「・・いや、もう。・・なくしたとは指だけじゃなかと。オイは支那で随分とひどか
ことばしてきたばい。もう、わが心に自信がなかけん。こがん汚れた心の人間が、
どがん美しかもんば描いても、そいは嘘になってしまうような気がすっとばい」
八重
「なんば言うとか。そいは山本さんがすいとってやったことじゃなかやろう?上の
命令でやったことやろう?そいが兵隊てゆうもんばい。そいが戦争てゆうもんばい。
しょんなかことばい。それに西洋の画家や日本の浮世絵師にもひどか男や悪人もお
るばってん、絵には関係なかばい。」
優子
「おかあさんなんば言うの!英一さんの心が汚れるわけなかやろう!
英一さんの心は今でんきれかばい!いつまでんきれかままばい・・」 

 英一、優子の涙を拭こうと胸ポケットからハンカチを
 取り出そうとするが取り落とす。
 八重が拾って優子の涙を拭く。
 優子、自分でハンカチを持って。

英一
「涙も拭いてあげられんけん・・」
優子
「よかと・・自分でふきますけん。ごめんなさい・・泣いてしもうて。本当に悲し
かとは英一兄ちゃんやとに・・こいからは、こいからは、優子が兄ちゃんの涙ば拭い
ていきますけん。・・拭かせてくれんね、兄ちゃん。」
英一
「そいは、つまり・・」

 八重、自分の涙を拭いている。

八重
「・・つまりもへったくれもなかと・・優子は山本さんと一緒になりたかと言っとっ
とよ。」

 麗子、拍手する。進も拍手する。典子と八重も・・。
 英一、優子の両肩に手を乗せて。

英一
「優子ちゃん、ありがとぉ・・ばってん、君はまぁだ若いばい。学校ば出てから、
こん戦争が終わってから・・でん、良かではなかね?」
優子
「うち、もう離れとうなかと・・兄ちゃんが嫌でなければ、すぐにでん・・・」
八重
「うちも16で嫁に来たばい。早うはなかと。こがん時世だけん何年も待ってはおら
れんばい。空襲があるかも知れん、さっきの新型爆弾が落ちるかも知れん、先がど
がんなっかなんてわからん世の中だけん、今日の今日は無理てしても、早う返事ば
してやってくれんね・・・うちからも頼むっけん。この通り。」

 八重、頭を下げる。

英一
「お母さん。そいでよかと?オイはこがん身体ばい。優子ちゃんばほんなこつ幸せ
にしてゆくっかどがんか・・」
八重
「ワイも男やろう!何で幸せにしてやるって言えんの!・・女はね、女は、すいとる
人と一緒になるっとが一番、一番幸せばい・・」
優子
「お母さん・・」
八重
「そいに、こがんこつは言ってはいけんことだばってん、山本さんは、そん手やっ
たら、二度と兵隊にとらるっこつはないやろう・・そん方が、女にとって、ほんなこ
つ幸せかも知れんじゃなかね・・あ!・・・西田さん、麗子ちゃん、ごめんね・・
おばちゃん、どうも気がつかんところがあるとよ・・」
典子
「本当にお母さんは馬鹿やけん・・」

「いえ、よかです。・・優子ちゃんのお母さんの言われたこと・・そいはほんなこつ、
そうかもしれんです。そいより英一さん、さっきのこつ優子ちゃんに返事ばしてあ
げてくれんね。」
英一
「わかった・・宿に帰って叔父に相談してむっけん・・わがこいからと、優子ちゃ
んのことも真剣に考えて、二、三日中には、きっと返事ばすっけん。そいでよかね
?」
八重
「山本さんも真剣に考えてくださると・・優子、こいでよかね?」

 優子、こくんとうなずく。

麗子
「うちも・・進さんにお願いがあっと。」

「何ね?」
麗子
「兵隊に行く前に、お嫁さんにしてほしかと。」

「オイは、こいから特攻隊に行くとばい・・必ず死ぬ兵隊になるとよ」
麗子
「かまわん。進さんの子供が欲しかと。たとえ進さんが戦死しても、子供ば育てて
子供に進さんのことば話してあげたか。進さんが、こん世に生きとったこと、うち
ばすいとっごとなってくれたことば残したかと・・」

「・・わかった。もう入隊まで日にちがなかと。佐世保に帰ったらすぐ親に話して
みるばい。」
八重
「よし、そいでこそ男たい!だいが何て言おうておばちゃんが説得してあげるとば
い。良かったね、麗子ちゃん。浦上の教会で結婚式たい!あんたたちの子供ならき
っとべっぴんさんばい。」

 麗子、進の手を握る。進、両手で握り返す。
 優子も英一の包帯に包まれた手をそっと両手で包む。

典子
「お母さん、暑か、暑か、暑うとったまらんごたる・・」
八重
「典子、お皿持ってついてきて。台所で洗い物手伝どうてほしか。」
典子
「はーい。それじゃあ皆さんごゆっくり・・」
八重
「典子!」
典子
「はーい。」

 典子、あひるのオモチャをあごの下にはさんで両手で皿を持つ。
 八重と典子去る。
 二組の見つめ合うカップルが残る。
 暗転。 

 ナレーター登場。

ナレーター
「その夜はみんな、なかなか寝付けませんでした。といっても敵機来襲の警戒警報
が立て続けに、二度も発令され、解除になったのが午前3時頃だったからです。
そうして昭和20年8月9日の朝がやってきました。この朝は霧が深く、夏の日差しが
強くなった午前7時頃まで、山裾や岸に残っていました。優子と麗子が三菱兵器製
作所大橋工場に出勤してすぐ、また警報が鳴り響き、防空壕へ避難しましたが、こ
の警報が解除になったのは9時半過ぎのことでした。」

 工場。
 魚雷の部品にやすりをかけている優子。
 優子の削った部品を、他の部品と組み合わせている麗子。

優子
「今晩たいね」
麗子
「なんが?」
優子
「お互い今晩が勝負たいね。」
麗子
「ああ・・うん。」
優子
「頑張らんとね。」
麗子
「おばさんもついとってくるし」
優子
「お母さんは、もひとつ頼りにならんところが、あっばってんね」
麗子
「進さんもばい。でん、おばさんは良か人やけん・・あーあ、ああいう人に私もな
りたかな。」

 指導員が後ろまで来ていた。

指導員
「こら!しゃべっとらんで作業に集中せんか。そいでなくても警報で避難しとった
けん作業が進んどらんだと。前線の兵隊さんたちの命がお前達の働きぶりにかかっ
とっとば忘れるな!」

 二人直立不動で

二人
「申し訳なかです!」

 深々とお辞儀する。

指導員
「よし!お国のためにきばってくれ・・・(やや声を落として)ところで、お前達、
なんかよかことのあったとじゃなかか?」

 二人、顔を見合わせる。

指導員
「今日はずいぶんべっぴんさんにみゆっごたるぞ・・」

 指導員、二人の尻をパーンと叩いて笑いながら去ってゆく。

麗子
「あん指導員、変態じゃなか?」
優子
「ほんなこつ・・」

 二人作業に戻る

麗子
「なんか、ひもしゅうなったなあ・・早うお昼にならんやろか・・」
優子
「まだ11時たい。お昼までは時間があるとよ。」

 麗子、床の箱の中の部品を取ろうとして

麗子
「あれ・・そうか・・警報で防空壕に避難したもんで、もう一箱取ってこようて思
おて忘れてしもうとった。」
優子
「じゃあうちが取ってくる・・、地下倉庫の右側やったよね?」

 優子、舞台から客席に降りかかる。
 暗めのスポットが追い、それを残して照明を落としておく。
 優子、部品の箱を探している。
 観客の眼が闇に馴れ、瞳孔が広がるまで続けておいて。

優子
「どがんしたとやろか・・見あたらんなあ・・どっか他へ動かしたやろか?」

 舞台を閃光が走る!
 (客向けを含めて全照明が一瞬光るとか、多数のフラッシュを連動させておくと
  か・・工夫してください。何とか一瞬でも客の目を眩ませたい・・)
 素早く暗転。
 【この暗転の内に瓦礫にするもの-段ボール等が簡便か?-や優子の着替え、メイ
  クを始めなくてはなりません】
 "ドーン"という激烈な爆発音
 (これは音響等の問題でちゃちな音しか出ないようでしたら、むしろ、無い方が
  良いかも知れません。)

ナレーターの声(エコーなどかけても良いか・・)
「昭和20年8月9日午前11時2分、アメリカ合衆国空軍第509混成部隊、チャールズ・
スィーニー少佐25歳を機長とする原爆搭載機"ボックス・カー号"が長崎上空から
"ファットマン"と呼ばれるプルトニウム爆弾をパラシュート投下しました。それは
8月6日に広島に投下されたスリムなウラニウム爆弾とは違い、まるで涙のしずくの
ような丸くふくらんだ形をしていました。天から舞い降りた涙のしずくは、長崎市
松山町171番地にあったテニスコートの上空503メートルで爆発しました。その瞬間、
中心温度数百万度という巨大な火の玉が生まれ、急速に膨張、0.2秒後には半径200
メートル、表面温度7700度となり、大量の赤外線を放出しながら10秒間存在しまし
た。その爆風は250m地点で秒速360メートル、優子や麗子のいた1.1キロメートル
地点の大橋工場でも秒速150メートルの速度を持ち、キノコ雲は30秒で高度3000メー
トルに達し、8分30秒後には9000メートルにまで成長しました。プルトニウムの核
分裂による巨大なエネルギーは熱線、衝撃波、爆風、また火災を引き起こして爆心
地から3キロ以内の地域を破壊し尽くしただけでなく、大量のガンマ線と中性子線を
放出し、1.2キロメートル地点でも60日以内に50%の人が死亡するという約3グレイ
の初期放射線量が降り注ぎました。」

 建物の崩れる音。ガラスや瓦礫の降り注ぐ音。
 (これも無くても良いかも知れません)
 
 *以降に出てくる被爆者の衣装は
 http://www.enjoy.ne.jp/~boogie/nagasaki.htm 
 の写真を参考に、
 例えばオールタイツやレオタード等を上手に使って、
 真っ黒に焼けて垂れ下がる皮膚や、
 焼けこげて僅かにまとわりついている衣服を
 それに縫いつけた布切れなどで表現するとか、
 何とか工夫して観客に悲惨さを伝えて下さい。
 メイクも特殊メイクに近いものになるかな?
 台所にあるものとか、材料を工夫して手早く出来る方法を
 探してみてください。

優子の声
「助けて・・だいか助けて!(続ける)」
 
 舞台がゆっくり明るくなると廃墟の有様。
 指導員が腹を押さえながら這いずってやってくる。
 優子の声がする瓦礫の中を見やる。

指導員
「野口か?大丈夫か?」
優子の声
「足が、足が挟まれて動けんとです!」
指導員
「・・わしも腹ばやられていて、力が出せんのだ。・・足の右上にちょっと隙間がある
とばい。そっちへ、踏ん張ってみろ。」
優子の声
「うーん・・(と力を入れる)・・駄目ばい」
指導員
「あきらめるな野口!・・頑張れ!」
優子の声
「足ば・・・外れたとです!」
指導員
「よし、慌とるな・・崩れんごと気ば付けて出てこい」

 優子出てくる。
 地下室にいたせいか、衣服が破れているが火傷等は少ないようだ。
 優子の顔を見てほっとしたのか指導員崩れる。

優子
「どがんしたとか!しっかりしてくれんね!」
指導員
「腹にふとかガラスが刺さっとっ・・野口、抜いてくれんか?」
優子
「ガラス?・・きゃっ!」

 指導員の腹に大きなガラス片が刺さっている。

指導員
「頼む抜いてくれ!」
優子
「ううう・・」

 優子、震えながらガラス片を両手で持ち、力を込める。
 
指導員
「う」

 ガラス片を抜いて後ろに尻餅をついた優子の顔に腹から噴いた血がかかる。
 指導員失神する。
 優子慌てて手でふさぐ。
 自分の片袖を引きちぎってあてがうが、間に合わない。

優子
「だいか、だいかーっ!」

 はっと、呼吸を確かめると、指導員は既に死んでいる。
 帽子をとって顔にかぶせ、手を合わせる。

外の声
「火事になるぞー!」

 優子、外へ逃げ出そうとして、何か声を聞いて立ち止まる。

優子
「・・だいかおるの?」

 優子再び声を聞いたような気がして瓦礫の裏へ近づく。

優子
「だい?・・・・・・・・麗子ちゃん!麗子ちゃんなの?」

 優子、麗子を引きずり出す。
 麗子の顔は赤く黒く、焼けただれている。

麗子
「ゆう・・こ・・ちゃん?」
優子
「麗子ちゃん!?優子たい。大丈夫、大丈夫ばい。」
麗子
「・・水・・水がほしか。」
優子
「ちょっと待ってくれんね・・」

 優子、立ち上がって見渡すが水のある様子はない。

優子
「ごめんね・・ここには水ばなかとよ。探してこようか?」

 麗子、力無く首を振る。

麗子
「ううん・・ここにいてほしか・・」
優子
「わかったと。ここにおるばい。・・眼がどがんかしたと?」
麗子
「何にも見えん・・・顔が・・顔が熱か・・うちの顔、どうかなっとらん?」
優子
「・・かすり傷ばい・・きれかよ。女優さんのごたる・・」

 麗子、にっこり笑って息を引き取る。

優子
「・・麗子ちゃん・・・・・」

 火の燃える音が近づいてくる。赤い光が揺れる。
 優子、麗子の指を胸の上に組ませて

優子
「麗子ちゃん、ごめんね。ごめんね・・・」

 優子、出てゆく。
 照明が変わる。
 (例えば瓦礫の後ろからクロスに逆光で上部の輪郭が光るくらいとか)
 瓦礫の向こうから上げた両手から剥がれた皮膚をぶら下げた被爆者の一群が歩い
 てゆくのがシルエットで見える。

ナレーター(光景に重ねて)
「爆心地から1キロ以内の区域では、人や家畜は強力な爆発圧力および熱気によっ
てほとんどが即死しました。あらゆる家屋・建物は粉砕され、爆心地付近では瞬時
に焼失、他の地点でもほぼ同時に強力な火災が発生しました。草木は大小に係わら
ず爆風の方向になぎ倒され、幹や枝が切断され炎上しました。・・2キロ以内の区域
では、強力な爆風および熱気によって一部は即死し、大部分は重傷を負いました。
木造の家屋・建物を中心に80%は倒壊し、残りも各所から発生した火災により大部
分は炎上しました・・着物は焼け落ち、焼きすぎたチキンのように、黒こげになった
皮膚が剥がれて身体から垂れ下がり、唇が溶けて白い歯が剥き出しになった、もは
や、男とも女とも老人とも若者とも見分けのつかない人々が、水を求めて街をさま
よい続け、水辺にたどりついて息絶えた人の死体で広い浦上川の河原は埋まってい
ました。」

 夕景。
 (照明、夕陽のようにサイドからオレンジ色で照らす。)

優子
「地獄ばい・・・まるで地獄のごたっばい・・・」

 ひどい火傷をした子供が泣きながら歩いている。

子供
「お母さん・・お母さん・・(泣)」

 戦闘機の爆音が近づく・・

優子
「危ない!」

 優子、子供を抱えて伏せる。
 機銃掃射の着弾音。
 爆音去って行く。
 子供が泣き出すが、優子は動かない・・
 ゆっくりと身体が倒れる。
 優子の上着が赤く染まっている。
 子供が泣きながら逃げ出して行く。
 優子ゆっくりと身体を起こす。
 痛みに唸りながら上着を引き裂き腹の傷口に巻きつけ、縛る。

優子
「野口優子、頑張れ!こがんところでは死ねんばい・・お母さんや典子に会わんと
・・英一さんに会わんと・・進さんに・・麗子のことば知らせんと・・」

 優子、這いずりながら少しずつ進む。
 被爆者たちが周囲に集まって横たわる。
 防空壕で助けを待つ人々の光景となる。
 照明が射し込む月光に変わる。

被爆者達の声
「苦しか・・」
「水、水ば欲しか・・」
「やけどのひどか・・」
「痛か・・・」
「腹がくるしか・・」
「お母さん」
「死にたくなか・・」

 などの声が、呻きが、時折低く聞えてくる。
 全身焼けただれた妊婦が優子の隣に横たわっている。

妊婦
「すみまっせん・・お願いしてもよかね・・」
優子
「・・はい・・?」

 妊婦、両手を合わせて拝むようにしてお金を差し出す。

妊婦
「うちが死んでしもうたら、生まれてくる子供のために使こうてほしか・・」
優子
「・・でん・・死んでしもうたら・・」
妊婦
「たのむけん・・こん子ば、たのむけん・・こん子ば・・(泣)・・触ってみてくれん
ね。動いとると・・・ちゃんと生きとっけん・・・生きとっけん(泣)」

 優子の手を取って触れさせる。
 優子、妊婦の腹をそっと撫でて

優子
「・・大丈夫、心配せんでもよかばい。大丈夫たい。」
妊婦
「ありがとぉたい・・ほんなこつ助かっと。ありがとぉたい・・」
優子
「大丈夫よ・・頑張って!」
妊婦
「助かっと・・・」
優子
「おばさん、しっかりしてくれんね!おばさん!夜
が明けたら、きっとだいか助けに来てくれますけん・・」

 妊婦、眼を閉じる。

優子
「おばさん・・・まだ動いとると・・動いとるとよ・・」

 あたりがゆっくりと、朝の明かりに変わる。
 優子が起きあがると、誰一人息をしていない。
 優子悄然と立ち尽くしている。
 暗転。
 ナレーターが登場する。

ナレーター
「被爆直後から、生き残った医療関係者による救援・医療活動が開始されました。
救護体制の中心拠点で救護用の医薬品などを備蓄していた長崎医科大学が壊滅して
しまったのは大きな打撃でした。乏しい医薬品・機材に負けず、防空壕で国民学校
で献身的に続けられた看護にも関わらず、被爆患者たちは火傷・挫傷、そして放射
線による胃腸管症候群・骨髄症候群などで次々と死んでゆきました。鉄道長崎本線
も9日午後1時50分から、救援列車として爆心から1.4キロ地点まで到達し、負傷者
を収容して諫早・大村などに運ぶ運行を開始しましたが、被災地全体では火災や交
通事情によって救援の手の及ぶ地域は限られ、優子や典子の自宅、山本英一の宿泊
していた旅館のある城山地区は孤立した状態で取り残されていました。」

 明転。
 全くの瓦礫の荒野と化した自宅付近によろよろと帰ってきた優子。
 あたりに向かって最後の力を振り絞り叫ぶ。
 
優子
「お母さーん!典子ーっ!」

 耳を澄ます。
 虫の声ひとつ聞えない全くの静寂。

優子
「のーりーこーっ!おかあーさーんっ!」

 答えはない。

優子
「英一兄ちゃーんっ!」

 何も聞えない。
 座り込んだ優子
 うつむいて頭を抱える。
 ふと、眼の先の地面に視線を止める。
 
優子
「・・典子・・」

 溶けた瓦の下から取り出したのは変形したあひるのオモチャ。

優子
「のりこぉ・・・」

 あひるのオモチャを抱きしめる優子。

優子
「みんな、みんな・・・だいもいなくなってしもうた。英一さんも、お母さんも・・
典子も・・。近所の人も・・学校も・・典子は前畑んごたる水泳選手になるんじゃな
かったと?・・英一さんは立派な絵描きさんになって・・うちと・・・・お母さん、み
んなば説得してくるっんじゃなかったの・・?麗子・・ごめんね。あがんところに放
ってきてごめんね。・・・なして、みんな死んでしもうたと?・・みんな昨日まで、
あがんに一所懸命に生きようてしとったとに・・生きたかったのに・・・死にとうなか
・・うち、死にとうなか・・・うちまだ英一さんと接吻もしとらんたい・・・うち、
抱きしめてほしかぁ・・・英一さんに・・抱きしめてほしかぁ・・・」
 
 優子、息絶える。
 暗転。(ここで典子が迎えに来る展開もあるかも・・)
 
 雨の音。青い照明の中。
 傘を差した進が焼け跡に花束を手向けている。
 あちこちで同じように
 傘を差し花を手向けている人がしだいに増えてゆく。
 (キャスト全員で・・)
 揃ったあたりで幕。


 このエンディングは一例です。
 雨の後、虹が出る・・とか、
 優子の息絶えるところで死んだ家族、英一たちが迎えに来るとか、
 エンディングの演出はお好みで工夫してみてください・・
 *愛知の中学校の上演では英一にいだかれて死に、最後に一人一人が観客にメッセージを
 語るプランでした。登場人物としてこの最後の時間を生きた役者・スタッフの皆さんが
 戦争を原爆をどう感じたか、考えたか・・・あなたなりの幕を下ろしてくだされば嬉しいです。
 音楽も良いのを選んでお好みの場面に使ってください。

 




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*参考図書

ナガサキは語りつぐ -ナガサキ原爆戦災誌-
(長崎市 編  長崎国際文化会館 監修)岩波書店

*参考HP

「私の被爆ノート」
(長崎新聞 編)