花交ヶ池 ver.1.2 作:白神貴士


霞…母に死に別れた子供・炭焼きの父と二人暮らし。

月姫…花交の森を治めるモノノケの長。龍の化身。

古狐のロク…森の長老・ご意見番
土鬼…無口な鬼
河童の三郎太…みなし子の河童。
天狗の九郎…親の代から森に棲む天狗。

*初演時は1人のナレーターが全ての声を担当する
 仮面劇として上演されました。


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静かな音楽が始まる。


♪迷子唄

 心迷う は 道迷う
 木漏れ日 落ちる 森の道
 胸の 騒ぎに 誘われて
 足の 向く先 急ぐ先
 繁み掻き分け 薮潜り
 辿り着いたは まか不思議
 いつか見た夢 聴いた声
 光飛び交う 森の池

森の奥から迷子になった霞が不安そうに出てくる。
と、島の中央に立ち上がった人影。
美しい女の姿をしている。
実は花交の森に棲むモノノケたちの長たる月姫の変化した姿だ。

月姫
「これ、そこな童…どうした?道に迷うたか?」

「あい。何だか森の奥からあたいの名前を呼んでるような気がして…
 暗くて怖かったけど、もう少し、もう少し、行ってみようと歩いてたら、
 ここまで来てしまったの…私は霞…あなたはどなたですか?」
月姫
「名乗るほどの名は持たぬ…ここは怖ろしいモノノケの棲み家なれば
 早々に立ち去るがよかろう。お前の身の為じゃ。」

「まあ怖ろしいお話…でも…何故だか…そのお声は懐かしい。
 何かもっと、もっとあたいに話して下さいな。」
月姫
「これはあきれた童じゃ…さっさと立ち去らぬと
 身の毛もよだつような顔をした人食い鬼がお前を喰らいに出でようぞ!」

「…鬼に喰われるのはきっと痛いのでしょうね…でもお怒りになるあなたのお顔が
 あたいには何だか…とても…」

月姫がさっと袖を振るとつむじ風が霞を巻いて…


「あれあれ、あたいの足が勝手に動く…嫌だ、もっと話したい…
 あなたはひょっとして…」

月姫、もう一度袖を振ると、霞の声は消えてしまう。
振り返り振り返りしながらも去って行く霞。
見えなくなるまで見送って月姫が振り返ると、
そこに土鬼が顔を出す。

土鬼
「月姫様…私、未だに人を取って喰ろうた事はありませぬぞ。」
月姫
「居ったのか…許せ土鬼、嘘も方便じゃ。」
土鬼(水面に顔を映し)
「こうして観れば…確かに身の毛もよだつ顔でございますとも…」
月姫
「拗ねるな土鬼…そなたの心の優しさはよう知って居る。
 頼みがある…他の者も呼ぼう…三郎太は居るか?」

河童の三郎太が現れる。

三郎太
「月姫様、こちらに居りまする。」
月姫
「九郎は居るか?」

天狗の九郎が現れる。

九郎
「九郎はここに。」
月姫
「ロク!」

古狐のロクが現れる。

ロク
「月姫様…因果は巡る糸車…いかに姿は変われども
 因縁の糸はたやすく切れる物ではございませぬな。
 あの童…」
月姫
「みなまで言うなロク…因果の糸は切れねども、共に暮らせる訳で無し。
 お前達を呼び出して頼もうというは…もう判っておろう?」
ロク
「はて…何でございましょう?」
月姫
「この古狐め…花交の森をしろしめすこの月姫が
 皆にたっての頼みというは…他でもない、あの童の事じゃ。
 あの童、追い返しはしたが、必ず今一度、この森に戻ってこよう。
 そこでお前達があの童を脅かして、二度とこの森に近づかぬようにしてくれまいか。」
九郎
「判り申した…おやすい御用」
三郎太
「月姫様のお頼みですもの」
土鬼
「私は自信がございません…」
九郎
「土鬼が顔さえ見せれば、どんな子供も飛んで逃げようぞ」(とカラカラ笑う)

土鬼、うなだれる。

月姫
「ロク。」

ロク
「月姫様の、お望みとあらば…しかし本当に二度と会えなくても宜しいので?」
月姫
「良いのだ…ロク。」
ロク
「されば承知いたしました…おお…あの童が森に入ろうとしております…
 月姫様はお隠れなさいませ。」
月姫
「頼んだぞ」(隠れる)
ロク
「…さて、誰から迎え撃つ?」
土鬼
「最初はご勘弁を…」
九郎
「この九郎天狗が追い返してみせよう…皆は見物しておられい。」

皆隠れる。
霞がおっかなびっくりの足取りで現れる。
突然、天狗の高笑いが響き、霞逃げ出しかけて止まる。
九郎天狗姿を現す。

九郎
「われらの森に断りもなしに入ろうとは不届き千万!
 いざ九郎天狗が団扇の威力で、空高く吹き飛ばしてくれるわ!」

九郎、団扇で扇ぐと霞、吹き飛ばされるが木にしがみつく。

九郎
「おのれ、こしゃくなこわっぱめ!これでもか!」

更に激しく扇ぐが、必死にしがみついている。
九郎、もっとももっと激しく…霞、しだいに剥がされる…
その時、激しく扇ぎ過ぎたか団扇の柄が折れる!

九郎
「あああああ!! 我が父の形見の団扇が…なんたる事だ…こわっぱ!覚えてろ!」

九郎、涙目で去ってゆく。
河童の三郎太が現れる。

三郎太
「威勢の割には情けない天狗だ…どれ、子供、河童と相撲の勝負、勝負!」

「可愛い河童さん、あたいが勝ったら通してくれるの?」
三郎太
「可愛い…って、ちょっと嬉しいな…もちろん勝ったら通してやるさ。
 だが、もしお前が負けたら…」

「負けたら?」
三郎太
「お前の尻の穴から腕を突っ込んで尻小玉を引き抜いて食うのだ。」

「…し、しりこだまって?」
三郎太
「腸やら何やら…お前の腹の中の内臓のことだな。
 食われたら、お前は死んじゃうぞ…!どうだ、怖いか!」

霞、思わずお尻の穴を手で隠そうとする。

三郎太
「お前が相撲に負けるまでは手を出さないから安心しな。
 怖かったら、回れ右して家へ帰るんだな。」

「あたい…あたい……あたい、勝負する!」
三郎太
「ふん!良い度胸だ…言っとくが俺は強いぞ…フフ」

霞と三郎太、仕切ってからがっちり組み合う。
霞の頑張りで良い勝負。


「あ!キュウリ!」
三郎太
「え、どこ!」

と、余所見をした隙に三郎太の頭のお皿の水を手で払い落とす霞。

三郎太
「く、くそ…力が入らない…頭のお皿の水とか…好物がキュウリとか…何故知ってる?」

「昔、おっかあが、寝る前に、あたいに、お話、してくれたんだ!」

と、三郎太をぶん投げると河童は目を回す。
進もうとする霞の前にロクが現れる。

ロク
「ようし、今度はわしが相手だ…なぞなぞを解ければ通してやるが
 解けなかったら、お前のその柔らかいほっぺを食いちぎるからな…
 逃げるなら今のうちだぞ。」
霞(頬を押さえながら)
「…なぞなぞは得意だ…昔、おっかあとよくやってたもの」
ロク
「なら解いてみろ!
 桃太郎が犬、猿、雉の三人の家来を連れて鬼が島を攻めたとき、
 そのうち二人は鬼を怖がって逃げてしまった…さて残ったのは誰だ?」

「ええ…っと…難しいなぁ…どっからか答えが聴こえてこないかしら…ええっと…」
ロク
「さあ、そろそろ齧らせてもらおうかな…」

ロク、じわじわ近づきながら前足で『逃げちゃえ』と合図しているが…


「あ、判った!答えは『雉』だ!
 だって猿は『去る』で去ってゆくし、
 犬は『去ぬる』で帰って行くもの!」
ロク
「く、くそ…頭の良い子だ…おい土鬼!」

土鬼、嫌々ながらに顔を出す。


「キャー!」

悲鳴を上げてぶるぶる震えている…が、逃げようとはしない。
土鬼、ロクの方を見るが合図されて、渋々霞に近づく。


「あたいは美味しくないから食べないで…」
土鬼
「心配せずとも、食べたり…」

ロク、土鬼に怒りのジェスチャー。

土鬼
「あ…するかも知れぬなぁ。お、俺はこ、怖いぞぉ。
 あぁ…食べる前に尋ねても良いかな?」
霞(指の間から上目遣いに)
「答えたら食べない?」
土鬼(ロクを観ながら)
「…食べると思うけど…お前はなんで、こんな怖い想いをしてまで
 ここにやって来たかったのかな?」

「…さっき来たときに逢った女の人が…7年前に死に別れたおっかあに…
 そっくりだったんだもの…判ってる…おっかあは骨になってお墓の中。
 でも、おっかあかと思った…それくらいそっくりだから、もう一度顔を観たい。
 もう一度、声を聴きたい、触ってみたい、頭を撫でてもらいたい…
 どうしても我慢できなくて帰って来たんだ…鬼さん…あたいを食べても良いよ。
 だから、せめて一目だけでも、さっきの女の人に、あたいを逢わせて…」

土鬼、もう我慢できない…号泣しながら…

土鬼
「月姫様〜…!」

気が付けばロクも三郎太も九郎も泣いている。
月姫、龍女となって姿を現す。

月姫
「父御(ててご)は息災か。」

「元気で墨を焼いてます。親子二人貧乏なれど、いつもあたいに笑ってくれます。」
月姫
「霞…私は確かに生きてあるときはお前の母親でした。
 死して後、因縁によってこのような姿になり果てましたが、
 お前のことは片時も忘れたことがありません。
 したが、妖怪と人間は世界が違う…一緒に暮らすことは出来ぬ。
 この世界に長ごう居ればお前もモノノケとなってしまおう。
 私も罰を受けよう。…しかし…今は私も我慢が出来ぬ。
 お前をこの胸に抱きしめとうて…溜まらぬのじゃ…
 …そうじゃ、こうしよう。…ずっと一緒には暮らせぬが、
 森の神様に赦しをもろうて年に一度だけこうして会う事にいたそう。
 それでも良いかぇ?」


「おっかあ〜」

霞、月姫の胸に顔を埋める。
やさしく抱きしめ頭を撫でる月姫。

月姫
「おうおう…良い子じゃ…」

♪嬉やの

逢いとうて 逢いとうて
溜まらぬ人の腕の中
嬉やの 嬉やの

手をとりて 手をとりて
見つめる眼(まなこ)顔と顔
嬉やの 嬉やの

明けの鴉か 枯野のモズか
遠く啼くより 傍で泣く

別れょうと 別れょうと
離れぬ心 契る指
嬉やの 嬉やの


ひと時、静かに舞う母子
見つめるモノノケ達。

しかし、別れの時は来る。


「おっかあ〜また来年〜また来年〜」

涙にくれる子供をやさしくあやし、
龍の正体を現した月姫に見送られながら
霞、池を渡って帰って行く。

ナレーション
「仮面劇・花交ヶ池 すべての竜になったお母さんのために」

ナレーター一礼をする。

【終わり】