桃の伝説
ver.0.91

作・白神貴士

★登場人物

桃太郎(モモ=タオ・タイ・ラン)

おじいさん
おばあさん

隊長 戀 リィェン "夷捜撒身"の戀="イソウサンシェイ"のリィェン
副長 小龍 シャオルン

狗(ゴウ)手鈎を武器に・・愚直・へつらう・すけべ
猿(ホウ)すばしっこいチビ・・ほえる
雉(イエ・チィ)夜鷹・・乞食遊女、マグダラのマリア的な・・

ウラ  (先住民のリーダー)
アッカン(先住民の戦士)
ベッカン(先住民の戦士)

ヤマトの軍勢(数名)



*舞台には奥に一段高くなった部分を作っておくと都合が良いかも。



【序章-反乱-】


「謀叛だ!謀叛だーっ!」

 突き立つ矢(火矢が良いが)。燃え盛る炎の咆吼。煙。
 逃げ込んでくる鎧甲の男達。雪崩れ込む先住民の戦士。
 槍と棒、直剣と山刀の戦い。追われつつ去る。
 ここは吉備の国に渡来人が作った前線基地である山城。

 しばしの静寂に木の爆ぜる音が聞える。
 煙の中から片腕で赤ん坊を抱いた立派な甲冑の男が現れる。
 何かを探している。
 足下に桃の実が詰まった駕籠を見つけ、取り上げるが
 赤ん坊と比べ観て元に戻す。
 足音を聞いて身体を低くし、直剣を抜く・・が、
 現れたのは部下の副長シャオルンだった。


シャオルン
「隊長!・・これでいかがでしょう?」

 シャオルン、たらいのような桶を持っている。

隊長
「おお、シャオルン、探してくれたのか・・有り難い。これならばちょうど良い。済まなかったな。」
シャオルン
「お早く!・・敵が帰って来る前に!私は食い止めに行きますので・・」
隊長
「敵か・・・わしが不覚だったのだ。まさか奴らが反乱を起こすとは・・」
シャオルン
「あの"ウォニン"ども!・・従順に見えても、所詮野蛮な土民たちでした。われら総てが騙されたのです。隊長お一人の責任ではありません。そんなことより早く!」
隊長
「シャオルン!・・・生きて会おうぞ!」

 シャオルン、ただニッコリと笑って剣を抜き去る。
 隊長、たらいの中に赤ん坊を横たえる。


隊長
「タイラン・・守り刀の一つも持たしてやりたいが・・身元が判っては却って命が危うかろう・・・。さて・・?」

 隊長、桃の駕籠に眼を止め、一瞬考えた後に桃の実をタライの中に移す。

隊長
「お前は運の良い子だ・・タイラン・・きっと助かってくれ。」

 床にある四角い井戸状の物の蓋を外すと、水の流れる音が響く。
 隊長、そこからタライを落とす。少し間があってタライが着水した音。


隊長
「タイラン!死ぬなよ!」

 隊長が蓋を戻そうと立ち上がった時、その背中に毒矢が刺さる。

隊長
「・・タイラン・・」
 
 絶命した隊長が、ぐらりと穴に消えて・・・水のしぶく音が上がる。
 暗転。




【第一章-桃の船流れて-】

 足守川→笹ヶ瀬川河口の沖にある島(現・児島半島)の磯。
 ぴちゃぴちゃと瀬戸の海のおだやかな波の音がする。
 おばあさんが手に槍を持ったおじいさんを案内してやってくる。


おばあさん
「はようこられえ、こっちじゃ、こっちじゃ!」
おじいさん
「足下がわりーのに、はよーいきょーたらあぶねーばーじゃ。そねーにせくな。」

 おばあさん、立ち止まって、海面を指さす。

おばあさん
「おじいさん、あれじゃ!よーみたら動きょーるじゃろーがな。」

 指さす先にタイランを乗せたタライが・・・
 おじいさん、ようやくおばあさんの隣に立って"それ"を見る。


おばあさん
「ほりゃ、あれじゃが!よー見られー!」
おじいさん
「・・・ありゃあ、見んほーがえーぞ」
おばあさん
「どしてでぇ?まだ生きとるが。はよーすくーちゃらんとおえんが!」
おじいさん
「ありゃあ、うみゅー渡って来たもんらーの子じゃ。見てみー。一緒にのっとんなーおーけー桃の実じゃ。あいつらーが持ってきた桃の木の実じゃ。あねーにおーけー実はこの土地にはねかった。ありゃー、ア・シモリの川からこの島へ流れて来たんじゃ。川上で戦があったゆーてよーたけー、間違いねーわ。」
おばあさん
「桃の実じゃゆーて、誰が入れたんかわからんじゃろー。誰の子か判りゃあせんじゃろ?」
おじいさん
「へたに触りょーたら、どねーなこえーことになるかわからんがな。ほってーて帰ったほーがええ。」
おばあさん
「ほってーたら、また波にさらわれて海の沖の方へ流されていくが。あの子死んでしまうが!」
おじいさん
「・・おめーは忘れたんか。あいつらに村ぁ襲われて、子供も孫も皆殺しになったんは、この前の夏じゃ。まだ忘れるほど昔じゃねーじゃろーが。」
おばあさん
「おじいさん、あの子が殺したんじゃねーじゃろ?あねーにちーせー赤ん坊に何の罪があるゆんでぇ。人の子が迷ーとったらヤマイヌじゃっても育てょーがな。何で私らーが見捨てんといけんのん?ほんまに頼むけー、助けてやって!赤ん坊に罪はねーじゃろー!おじいさんお願いじゃから・・」

 必死に頼み込むおばあさんに背を向け、たらいに槍を向けるおじいさん。

おばあさん
「あんた!何しょーん!その子を殺すんじゃったら・・」

 おじいさん、槍の穂先でたらいを引き寄せる。
 岸に引き上げられるたらい。
 おばあさん声を上げて、たらいから赤ん坊を抱き上げる。
 ぽろぽろ涙をこぼしている。

おばあさん
「良かったなー、あんた助けてもろーて良かったなー!・・おじいさん。ありがとぅ。可愛い子じゃが!・・男の子じゃ。おっきーちんちんがついとらー、おじいさん、見てみられー!」
おじいさん
「声がおーきー!静かにせー。誰かに知られたらえれーことになろーが。」

 おばあさん、口を押さえる。

おじいさん
「ちちゃーどねーすんなら?」
おばあさん
「ちち?」
おじいさん
「ちちじゃ。そねーにちーせー赤ん坊じゃったら、まだ乳がいろーが。」
おばあさん
「やぎの乳でも、鹿の乳でも、ヤマイヌの乳でも、わしが採ってくるから大丈夫じゃ。」
おじいさん
「桃も持って帰るかのぅ。柔らこーなったら食うかもしれんけー。」
おばあさん
「そしたら、おじいさん頼まー」
 
 おじいさん、桃を持っていた袋に入れてかつぐ。
 たらいを岸から離して去りかけた所で、
 弓矢を手にしたアッカンとベッカンが現れる。


アッカン
「じいさん、ばあさん、しばらくじゃったなー。でーれーひさしぶりじゃ。わしじゃ、岬のアッカンじゃ」
ベッカン
「わしは向こう浜のベッカンじゃ。じーさん、としゅーとったのー。」
おじいさん
「おー。おめーらもおーきゅーなったのー。こねにーにちーさかったのにのー。」

 と、指で示す。

ベッカン
「そねーにちーそーはあるまーが」
おじいさん
「おめーのかーちゃんのはらの中におるころじゃけーこのけーじゃ」

 アッカン笑う。

アッカン
「ところでじいさん、今日きたんはほかでもねー、赤ん坊をさがしょーるんじゃ。」
ベッカン
「そーなんじゃ」

 おばあさん、思わず背を向けて赤ん坊を隠すように抱きしめる。

おじいさん
「ほー。あかんぼーなぁ。どねーな赤ん坊なら?」
アッカン
「ア・シモリの川からこの海に流れてきたはずなんじゃがなぁ・・知らんかのぅ?」
おじいさん
「知らんのー」
ベッカン
「ちょーど、ばーさんが抱えとるくれーの赤ん坊なんじゃけどなぁ」

 おばあさん、びっくりして腰を抜かしかける。

おじいさん
「そねーな話は見たことも聞いたこともねーのー」
アッカン
「そーか、じいさんも知らんのんかぁ。」
ベッカン
「ところで、あの赤ん坊はでーの赤ん坊じゃろーか?なんでばあさんが抱いとるんかなあ?」
おじいさん
「あれか・・ありゃあなあ・・・ありゃあ恥ずかしながら、このわしの子供じゃ!あれは去年の事じゃった。戦のせいか崖崩れでもあったんか、川上から大きい桃がどんぶらこ、どんぶらこゆーて、ぎょーさん流れて来たんじゃ。食うてみたらおいしゅうてなあ・・・いっぱい食うたんじゃ、そーしょーたらなあ、なんと、夜になったらばあさんが、えれーべっぴんさんにみえるが。わしが小便だけに使よーたもんが若返ってしもうてのぉ・・・恥ずかしい話じゃが、ばーさんに生ませてしもうた子供じゃ・・」

 ベッカン、アッカンの顔を見る。

おばあさん
「ほれ、わしもこの年んなって乳ゅー飲ませられるたー思わなんだ」

 と赤ん坊に乳を含ませて見せる。

ベッカン
「そねーなあほげたこと・・」

 アッカンの手がベッカンの口を押さえる。

アッカン
「・・・えーか、ベッカン、よーきけ。」
ベッカン
「な、なんなら!」
アッカン
「わしの知っとるかぎりじゃったら、このじいさんは生まれてから一度も嘘をついたこたーねえ。ありゃあ、このじいさんとばあさんの子供じゃ。わかったな。ほら見てみー、乳ゅーのみょーるじゃねーか。」
ベッカン
「こんな年寄りにほんまに子供ができるんか?!」
アッカン
「じいさんが言うからにはほんまじゃ。なあ、じいさん。」
おじいさん
「・・・この子は、わしらーの子じゃ。」
アッカン
「聞いたとーりじゃ。ベッカン行くぞ。そしたら、じいさん元気でな。こどもー大事にな。」

 アッカン歩き出す。

ベッカン
「おい、アッカン・・・もー・・」

 ベッカンも追いかけて行く。
 おじいさんが声をかける。


おじいさん
「アッカン!ひとつだけきーときてーことがあるんじゃが。」
アッカン
「なんじゃろうか」
おじいさん
「そねーなちーせーあかんぼー、なんでまた、さがしょーんなら?」
アッカン
「ウラぁしっとるか?」
おじいさん
「おめーらの大将じゃろー?でーれーつえーらしーが。」
アッカン
「ウラが言うには、その赤ん坊がこのままおーきゅーなったら、いつかウラを倒す日が来るゆーてゆーんじゃ!」
おじいさん
「何でそねーなことがわかるんじゃ?」
アッカン
「ウラにゃーわかるんじゃと。・・そいじゃーな。」

 アッカンとウラが去って行く。
 ぼーぜんと見送るおじいさんにおばあさんが駆け寄る。


おばあさん
「おじいさん・・・ほんまに・・・ほんまに乳が出ょーる・・・」

 暗転。



【第二章-運命の子-】

 12年後の同じ磯。
 いささかくたびれた風情のおじいさんが
 それでも元気に銛を突いて魚を捕っている。
 おばあさんが岸にやってきて声をかける。
 赤ん坊が入っていたタライに洗濯物を入れて頭に乗せている。



おばあさん
「おじーさん!魚ぁとったかな?」
おじいさん
「おー、おばーさんか!・・とったこたーとったけど、もっと獲ったろー思ーて、つきょーるんじゃ。もーっちょと、まっとってくれー。」
おばあさん
「そねーなことゆーても、もーばんの用意せにゃーおそーなってしまうが。そのくれーで、えーことにしょーやー。」
おじいさん
「しゃーけど、モモがよー食うけー、ぎょーさん獲ってやりてーんじゃが」
おばあさん
「そりゃーモモはよー食わー食べ盛りじゃけー」
おじいさん
「ほんまに、でーれーおーきゅーなったもんじゃ。」
おばあさん
「そりゃーもう12才じゃもん。おおきゅーもならー。力もぼっこーつえーし、ほんまにおじいさん、えー跡取りが出来たなー。」
おじいさん
「まだまだ。銛で魚ぁ突かせても、弓矢で鳥ゅー落とさせてもわしにゃーかなわん。教えとかんといけんこたー山のよーにある。」
おばあさん
「ふふっ(笑い)」
おじいさん
「何がおかしーんなら。」 
おばあさん
「ありゃー、おじーさんの前じゃけー、わざと外しょーんじゃが。おじーさんが『もーわしゃーよーがねー』ゆーてぼけてしもーたらいけんからな。こねーだ、こっそり覗いとったら、いっぺんも外しゃーせなんだ。えー腕じゃ。」
おじいさん
「モモが、・・・・・そねーなことがあるもんか。」
おばあさん
「・・はいはい。そーゆーことにしときましょー。」
おじいさん
「じゃけど・・・モモはほんまにやさしー子に育ったのー。」
おばあさん
「そりゃもーわたしらの子じゃもん、あたりめーじゃが。ありゃあ、話しょーる間に陽が落ちてしまよーるが、おじいさん、もー魚が見えまー、あきらめられー」
おじいさん
「もー、おめーがよけーなことばーゆーからじゃ。」
おばあさん
「はいはい。そーゆーことにしといたげらー。」
おじいさん
「しといたげらーゆーて、どーゆーことなー・・」

 などと痴話喧嘩しながらおじいさんとおばあさんが急ぎ足で帰った後に
 モモが走ってくる。


モモ
「あれ、今、ここでおじいさんとおばあさんが話ょーたと思ーたんじゃけど。もー帰ったんじゃろーか?・・・おっ、銛ゅー忘れて帰っとるが。」

 と、おじいさんの忘れた銛を手にする。
 海面を覗いて一閃させると、ピチピチの大きな魚がとれている。



「さすがタイラン!」

 モモ、声の方を向いて身構える。
 これも12年分年をとったシャオルンが現れる。


モモ
「老師(ラオシィー)・・、わしの名はモモじゃゆーてなんべんゆーたらわかるんじゃ。」
シャオルン
「タイランというのは長男=最初に生まれた子供の愛称でございます。タオ・タイラン(逃太郎=桃太郎も同じ音)、いやモモ・タイラン。」
モモ
「そねーなこたーどーでもえー。もーあんたとはあわんゆーたじゃろ。武術の稽古は遊びじゃおもーとったけー面白れかったけど、わしがおじーさんやおばーさんの子じゃねーとか、変なことばー言い出すんじゃから、もーあいとーねーんじゃ。」
シャオルン
「嘘ではありません。証拠はあのばあさんが持っていたタライです。あれは12年前に私が探してきたタライ。本当のお父上がタイラン様を乗せて逃がしたタライに間違いありません。この2年、わずかな期間で上達された武術の腕も、間違いなくお血筋があればこそ。あなたの本当のお父様はリィェン(戀)というお名前で我々の隊長だったのです。お父上はあなたを逃がしてすぐに殺されました。あなたは仇を討たねばならないのです。」
モモ
「そのはなしゃーもーきいたけー。ア・シモリの川上のお城のウラが、仇じゃゆーてゆーんじゃろ。」
シャオルン
「そうです。あの反乱によって奪われた城、今は倭獰(=wo-ning=ウォニン)のものになった城の主、ウラこそ、憎むべきお父上の仇なのです。」
モモ
「ウラゆーたら、わしらの頭じゃけど、えー人じゃゆーてみんなよーるで。あんたら海を渡って来たもんらーは、城を造らせたり、沼を作らせたり、しんでーことばーさしょーたけど、ウラはそんなことせーいわんし、沼に植えた草の実も刈りとって集めるだけじゃのーて、自分らーで食うてもえーゆーことにしてくれたし。あんたがわしのとーちゃんじゃゆー人より、よっぽどえー人のよーに思うんじゃけど。」
シャオルン
「あの草の実、米は戦に備えて保存しておくための食料、食べてしまっては何にもなりません。ウラは知らないだけなのです。」
モモ
「戦ゆーて・・それは、あんたらーがやる事じゃろ?ウラはもー戦はせんよーるし。前にあんたらーの軍隊が来た時も言葉と言葉のウコチャランケで帰らしたし、どこにも攻めてはいかんもん。とっとかんでもいらんが。」
シャオルン
「それがウラの馬鹿なところです。じきに本当の戦になれば米が何より役に立ちます。戦の間は腹が減ったからといって狩りや魚取りをしたり、のんびりドングリの灰汁抜きをしている暇はないのです。」
モモ
「じきに戦になるゆーて・・どーゆー意味でぇ?」
シャオルン
「われわれヤマトの軍勢はもはや、この吉備の周りをすっかり占領してしまいました。戦って皆殺しになるよりはと、出雲からの軍勢も、この島の部族の長老たちも、ア・シモリの部族の長老たちも、蔭でこちらに協力すると言って来てくれています。この12年、ウラのために潜伏していた我々も、ついに反撃のノロシを上げるときが来たのです。」
モモ
「戦をしたら人がいっぱい死ぬんじゃろう?わしは戦は好かん。」
シャオルン
「・・タイランがたとえ戦をお嫌いでも、戦になればウラはタイランを殺しにやってきます・・!」
モモ
「・・・!・・なんでじゃ?」
シャオルン
「タイランが城から逃がされたと知って、ウラはタイランを探させました。・・・見つけだして殺すためです。」 
モモ
「・・・ほんまに?」
シャオルン
「本当です。戦死したリィェン隊長の子供であるあなたが、必ず復讐にやって来る、復讐のシンボルとなってわれわれ全軍の兵士を奮い立たせる・・それを恐れたのです。」
モモ
「ウラがわしを殺しに来る・・・?」
シャオルン
「タイランだけではありません、あなたを匿って育ててきたのですからおじいさんもおばあさんもきっと殺されるでしょう。」
モモ
「そんな!あんなにやさしゅーてえーおじいさんとおばあさんを、ウラは殺すん?なんでそねーなことが出来るん?!」
シャオルン
「それがクニを束ねる指導者の義務だからです。クニを危うくする物は取り除かねばなりません。情けなどかけていては戦に敗れてしまいます。ウラもまたクニの指導者です。」
モモ
「・・どねーしたらえーんじゃろうか・・・ここまで育ててくれたおじいさん、おばあさんがわしのためにそねーなことになったら・・・わしは、わしは・・・」
シャオルン
「道はひとつです。それを選んでくだされば、このシャオルン、命がけであなたがたをお守りいたします!」

 シャオルン、直剣を差し出す。受け取るモモ。

シャオルン
「お父上の形見の剣です。」

 モモ、ゆっくりと剣を抜き夕陽にかざして見つめる。
 悲しげな顔。 
 暗転。




【第三章-旅立ち-】

 その夜の同じ浜。小船が着いている。
 浜にシャオルンと荷物を担いだモモ。
 見送りに来たおじいさんとおばあさん。
 船の中に狗(ゴウ)、猿(ホウ)、雉(イエ・チィ)の三人がいる。


 モモ、おじいさん、おばあさんと抱き合って別れを惜しむ。
 おばあさん、モモの涙を拭ってやる。


おばあさん
「・・泣かんでもえーじゃろう。帰ってくるんじゃから。」
モモ
「うん、ぜってー、ぜってー帰ってくるから・・・」
シャオルン
「タイランを大切に育てて頂き誠にかたじけない思いです。その大切なお子様を戦にお連れすることになり、申し訳ございません。心からお詫びいたします。」
おじいさん
「モモの血・・モモの運命・・モモが引き受けるしかねーことなんじゃろう。・・皆様のお役に立つんなら・・・連れて行ってくれりゃーえー。じゃけどな、モモ!」

 と、モモに呼びかける。モモ振り向いておじいさんを見つめる。

おじいさん
「誰の血が入っとろーとのぉ。おめぇはわしらーの子じゃ。それを忘れるんじゃねーぞ。のーモモ!」

 モモ、おじいさんを見つめてうなずく。
 おじいさん、ニッコリ笑って

おじいさん
「行って来いモモ!」
シャオルン
「参りましょう、タイラン。全軍があなたを待っております。」
 
 シャオルン、モモを船に乗せて、もやい綱を解く。
 船が岸を離れてゆく。
 (船が動くか、岸が動くか、おじいさん、おばあさんが動くか、照明?)


おばあさん
「もぉもーぉっ!(泣)」
モモ
「行ってくるでーぇっ!」

 おじいさんが後ろから、そっとおばあさんの肩を抱いてやる。
 二人の姿が見えなくなるまで、モモは岸を見つめていた。
 シャオルンが、モモの肩に手を置く。


シャオルン
「さあ、今からはタイランは総大将でございます。戦が終わるまで、あのお二人の事は忘れていなければなりませぬ。いいですかな?」

 モモ、おずおずと頷く。

シャオルン
「タイランと私を守る護衛たちを紹介いたしましょう。櫓を漕いでおりますのが狗(ゴウ)、死ねと命令すれば喜んで死ぬという忠義の男です。」
ゴウ
「ゴウでございます!タオ・タイランのためならこの命は安いものでございますぅ!」
モモ
「よろしく・・」
 
 舳先で物見をしていた猿(ホウ)、客席にささやく。

ホウ
「へん、オベッカ野郎め!むかつくんだよ!」
シャオルン
「何か言ったか?」
ホウ
「いえ、あっ!あそこ!」
シャオルン
「何!」
ホウ
「・・あ、いえ、ただのスナメリ・イルカでございました・・」
シャオルン
「びっくりさせるな(笑)。タイラン、あの者がホウ、めはしが利きすばしっこいことこの上なしの智恵者。きっとお役に立ちましょう。」
モモ
「よろしく」

 ホウ、聞えないふりで物見を続けている。

シャオルン
「この者が雉(イエ・チィ)、身の回りのお世話をする婢(はしため)でございます。」
モモ
「よろしく」
イエ・チィ
「よろしくお願い・・可愛らしい坊ちゃん。なんでも言いつけてくださいまし。」

 と、色気たっぷりにしなだれる。

ゴウ
「タイラン様、お気を付けください。その女はいささか下品な職業出身ですので、あまり近づかない方が・・・」
ホウ
「どうした?ゴウ、お前この毛も生えてない"お子さま"とイエ・チィーの仲を焼いてるのか!こいつはお笑いだ!」
ゴウ
「何だと、この礼儀知らずのエテ公!その無礼な舌を切り落としてやろうか!」
ホウ
「おっと返り討ちだ!お前の股間にぶらさがっているその粗末なものを切り取ってやる!」
シャオルン
「馬鹿者!やめんか二人とも!どなたの前だと心得る!お前ら二人とも首を切り落とすぞ!」

 と、シャオルン、剣を抜く。
 イエ・チィー、クスクス笑って


イエ・チィー
「シャオルン様も・・」

 シャオルン、剣を納めて

シャオルン
「・・・申し訳ございません、タイラン様・・何しろ戦場しか知らぬ荒くれ達でございまして、失礼をいたしました。」
モモ
「腹が立つんは、腹がすいとるからじゃゆーて、おじいさんがゆうとった。おばあさんが持たせてくれたダンゴがあるんじゃけど・・みんな、食わん?」

 と腰に縛っていた布袋からダンゴを取り出す。

シャオルン
「それは黍のダンゴですな。そのような粗末なものを食わずとも、本陣に着けば御馳走を用意してありますが・・」
モモ
「これはなぁ、おばあさんが作った奴じゃから、とってもおいしいんじゃ。わしの大好物なんじゃ。」

 と、差し出す。

イエ・チィー
「頂きます・・折角こう言ってくださってるんだから、ねえ。・・あら、おいしい!」
ホウ
「キビダンゴがぁ?・・・おっ!こいつはいける!」
ゴウ
「モモ様、頂きます。おー!こんなにおいしいダンゴは食べたことがございません!もうひとつ!」
モモ
「シャオルンも食わん?」
シャオルン
「はあ・・・うん?これは・・本当にキビのダンゴですか!?」
モモ
「おばあちゃんが山鳩の卵や蜂蜜や、色んなものを使おて、三日かけて作ってくれたもんじゃ・・おいしいじゃろ?」
シャルン
「これはうまい!・・おお!申し訳ございません!タイランのお食べになるダンゴが残っておりません・・お前らバクバク食いおって・・・」
モモ
「ええんじゃ。」
イエ・チィー
「でもモモ様の大好物なんでしょ?ごめんなさいね。」
モモ
「おばあちゃんがいつも言うとった。自分が一番欲しーと思うもんを人にあげられーゆーて。じゃから、みんながおいしゅー食べてくれたら、それでええんじゃ。」
ホウ
「坊主、見直したぜ。」
シャオルン
「こら、なんて口の利き方だ!」
モモ
「えーが、わし、まだ子供じゃし、"坊主"ゆーて呼んでもかまわんよ。」
ホウ
「くー」
イエ・チィー
「なんて良い子なんでしょ・・。」
ゴウ
「ホウとは器が違う。」
ホウ
「お前ともな。」

 ゴウ、一瞬にらむが

ゴウ
「うん・・そうだな。」
シャオルン
「さすがリィェン隊長のご子息・・わずかなキビダンゴでこの曲者どもを手なずけてしまうとは・・・感服つかまつりました。」
モモ
「わしはただ友達になりとーて・・」
ゴウ
「われわれはタイランの部下でございます。」
モモ
「部下ゆー言葉はよーわからんのじゃけど、仲間ゆーこと?」
ホウ
「そう!我々は仲間でございます。力を合わせて一緒に戦いましょう!」
モモ
「うん。」
イエ・チィー
「まー可愛い!」

 イエ・チィー抱きしめる。

ゴウ
「こら馬鹿!やめんか色きちがい!」
イエ・チィー
「なんだって!」
モモ
「いけんいけん!喧嘩はいけん!仲よーしょーやー。」
ゴウ
「はい!申し訳ありません!」

 一同笑う。
 突然、ホウが行く手を指さす。


ホウ
「あれを!」
シャオルン
「おお!ウォニンの城の方向に火の手が上がっている。先駆けが見つかったか、誰ぞ功をあせる者がでたか・・仕方がない。本陣へ寄っていては間に合わぬかも知れません・・いささか危険ではありますが、このまま城へ向かいます。」

 一同、うって変わって緊張した様子。
 暗転。





【第四章-鬼の城へ-】

 闇にとどろく声。

ウラの声
「この安らぎの里の平穏を破るもんには死をもって報いるぞ!」

 闇の中に現れるヤマトの兵3人。


「なんだ今の声は・・」

 悲鳴とともに一人の兵士が倒れ川へ落ちる。


「吹き矢だ!伏せろ!」

 と、伏せたところを背後から忍び寄った
 アッカン、ベッカンに首を切られて川に落ちる。
 アッカン、たいまつに火を付けて死体を確かめる。


アッカン
「口ほどにもねーわ・・これでよーせめてきたのぉ」
ベッカン
「ウラ。これで全部かのぉ?」
ウラの声
「・・油断すな。気配がしょーる・・」

 突然、たいまつの灯りが消え、闇に矢の飛ぶ音。
 
アッカン
「うおっ!」

 アッカン矢に射抜かれて倒れる。
 大量の矢の飛ぶ音。
 あたりに炎が燃え上がる。
 矢ぶすまになった戸板を持ち上げながら何者かが立ち上がる。
 戸板をはねのけて現れた偉丈夫は・・先住民の武器=棒を持ったウラだ。


ウラ
「しまった罠じゃ・・・!川に飛び込め!」

 ベッカン、矢を受けて転がるように川へ。

ウラ
「えーい、ぬかったぞ!」

 ウラ、ざんぶと川に飛び込む。

ヤマトの兵の声
「逃げたぞ!探せ!」

 しばしの沈黙。
 川をモモたちの乗った船がやって来る。


ホウ
「御大将!さっきの戦いの最中、俺の動きがどんなに素早かったか見てくれたか!」
ゴウ
「ああ、逃げるのだけはな!」
ホウ
「お前にきいてるんじゃねえよ!お前はな、馬鹿正直で機転がきかねえんだよ!攻め出したら、そればっかり。おかげで御大将が危なかったじゃねえか!」
ゴウ
「御大将を守る役目はお前だっただろホウ!お前が先に逃げてどうする!」
ホウ
「敵がおおすぎたんじゃねえか!一人じゃ守れないとわかったら、お前も守れよゴウ!」
シャオルン
「静かにしろ!お前達が頼りにならないのはよーくわかった!タイランの弓矢の腕が無かったら、わしらは今頃三途の川だ。」
イエ・チィー
「ほんと、ほんと。モモ様の強いこと・・惚れ直しちゃった・・」

 と、しなだれかかる。

イエ・チィー
「おやどうしたの?元気がないじゃないか」
モモ
「うん・・あんなあ・・」
シャオルン
「どうされました?・・もしや吹き矢でも!?」

 モモ、首を振る。

モモ
「・・わし、さっきなあ・・初めて弓矢で人を射ったんじゃ・・・みんながあぶねえ思うて、必死で射ってしもおたけど・・・わしの射った人たちは、死んだんじゃろ・・わし、もうこんなこと、しとうねえ。」

 モモ、弓矢を川に投げる。

ホウ
「御大将・・何すんだ!」
シャオルン
「タイラン・・確かに、初めての戦ゆえ、タイランは馴れておられぬのじゃ。戦とはこういうものでございます。勝つためには敵を殺さねばなりません。だが、それによって味方の命を守れるのです。殺さねば、殺される・・それが、戦というもの・・。」
モモ
「けど・・わしらーが攻めなんだら戦にはならなんだんと違う?」
シャオルン
「こちらが攻めなければ、奴らが攻めてくるのです。」
ゴウ
「そうそう、先手必勝という言葉があります御大将!」
モモ
「じゃけど・・」
シャオルン
「ヤマトは破竹の勢いであたりのクニを滅ぼしております。やがて、この島すべてがヤマトになれば戦もやみましょう。」
モモ
「どうしてクニを作らんとおえんのん?クニが出来る前は、みんな平和に暮らしとったが・・」
シャオルン
「タイランの父上や私たちがやって来た海の向こうにはもっともっと大きなクニがいくつもあります。クニを大きくして戦の準備をしなければ海の向こうから攻めてきて、われわれは殺されたり奴隷にされてしまうでしょう。」
モモ
「じゃけーゆーて、もともと住んどったもんを殺してもええん?」
シャオルン
「あれは我々と同じ人間ではありませぬ・・ウォニンであり、土蜘蛛です。文明を知らない野獣のような野蛮人たちです。現にあなたを殺そうとした・・」
モモ
「わしは?」
シャオルン
「あなたはタオ・タイラン、お父上は我らの隊長、ヤマトの王のお子様の一人、尊いお血筋です。」
モモ
「おじいさんとおばあさんは?」
シャオルン
「・・・・・・・野蛮人ではありますが・・タイランのおそばに仕えておった者。歯向かう奴らとは、違います。」
モモ
「わしの・・・本当のおかあさんはどねーな人じゃったん?」
シャオルン
「・・・・・そ・・れは・・」
ホウ
「ありゃあなんだ!」

 水の中から棒を掴んだウラの腕が伸びている。
 船を近づけて棒を掴んだホウ、悲鳴と共に水中に振り落とされる。
 船に躍り上がってきたウラは、
 ゴウ、イエチィを船から川に放り出し、

ウラ
「こどまー邪魔じゃ!」

 とモモを岸に投げ上げる。
 斬りかかるシャオルンを殴り倒して剣を奪い、
 その喉元に突きつける。


ウラ
「シャオルンか・・貴様を逃さなんだら、今日の日は来なんだかも知れなんだんじゃ・・」
シャオルン
「無駄だ・・・いつかヤマトのクニはこの島々を覆い尽くす・・誰も止めることなど出来ぬわ・・」
ウラ
「ほざくな!」

 ウラがシャオルンを刺そうとした時、
 岸からモモが船に飛び移る。


シャオルン
「タイラン!」
ウラ
「何!この子が・・」

 身体ごと体当たりするようにモモの突きだした形見の剣は
 あっけなくウラの身体を突き通す。
 ウラ、剣を落とし、広げた腕でそのままモモを抱きしめる。


ウラ
「お前は・・」
モモ
「わしは、わしはモモ・タイランじゃー!」
ウラ
「・・お前の顔は・・・母親にそっくりじゃ・・・」
モモ
「・・母親?おかあちゃんのこと!?」
ウラ
「お前をこの世に生み出すんと引き替えに、あの世にいってしもうたお前の母親は・・・・リィェン隊長に奪われた・・・わしの妻じゃった・・・」
モモ
「・・ウラ?」
ウラ 
「こうなる事はわかっとった・・・知っていたんじゃ・・じゃから、お前を捜させた・・殺すためじゃねえ。お前を渡来人たちから守り、この手で育てたかったんじゃ・・お前に狩りや・・魚取りを教えたかったんじゃ・・・」
モモ
「ウラ!」

 モモ、剣をウラの胸から抜いて放る。
 ウラが崩れそうになるのを支える。


モモ
「ウラー!ごめん!知らんかった、知らんかったんじゃー!(泣)」

 ウラ、微笑んでモモの頭を撫でる。
 その手がゆっくりと落ちる。

  
 暗転。

【終章-別離の時-】

 夕暮れの島の磯。
 船が着いている。様々な宝を積んでいる。
 船にはゴウ、ホウ、イエ・チィー。
 岸にシャオルンとモモ。
 向かい合って立つおじいさんとおばあさん。


シャオルン
「では、どうあっても、この宝物を受け取っては下さいませんか?これはウラから奪ったものではない。元々、我々があの城に蓄えていたもの・・何の心配もいりません。」
おじいさん
「別に心配はしとらん・・わしらが暮らしてゆくにはいらんもんばかりじゃ」
シャオルン
「じきに、このあたりもヤマトのクニなりますれば、これを使って色々な物を手に入れることも出来ますぞ。お二人がみたこともない珍しいものや役に立つものを・・」

 おじいさん、首を振って。

おじいさん
「暮らすのにいるもんは、もう持っとるけー。それより、モモ・・どうしても行かんといけんのか?」
モモ
「うん・・」
シャオルン
「ウォニンの王、ウラを倒した"モモ・タイラン"はヤマトの英雄。民衆の憧れでございます。これからはクニのために働いてもらわねばなりません。」
モモ
「じいちゃん、ばあちゃん・・わしといっしょに行かん?狩りや魚取りをせんでも、色々な珍しいものを食べさせてくれるし、夜も暖けー布団で寝られるし・・じいちゃんもばあちゃんも、もう年じゃし、楽うさしてあげられーゆーてくれるんじゃ。都へも連れて行ってくれるんじゃて。お城より大きー建物や、でーれー奇麗な町があって仰山人がおって、歌ったり踊ったり、それは楽しいところじゃてぇ。どねーな?」

 おじいさん、黙って首を振る。
 おばあさんがつと近づき、傍らに置いてあった桃の駕籠から一つ取る。


おばあさん
「こりょーひとつもらいますらー。それでえーじゃろ?・・・わしらーはこの桃を食うて種ょーこの山に植えらー。やがて芽を出し、葉が生えて、桃の木はモモのようにぐんぐん育って、春にゃー花が咲くじゃろう・・・そして桃の実がなるたんびに、わしらはきっと・・モモのことを思い出すじゃろぅ。・・モモの進む道はわしらーとは違う。そりゃーしょーがねえことじゃろう。じゃから、わしらーはふたありで、この森で入り江に沈むお日ぃさん眺めながら暮らしてゆかぁ。・・なあ、おじいさん。」
モモ
「ばあちゃん・・・」

 モモ、涙ぐんでいる。

モモ
「ちょっと、待っとって・・」

 モモ、船から金の甲を取ってくる。

モモ

「そしたら、せめてわしの身代わりに、この金の甲を桃の種と一緒に埋めてくれん?・・どねーに離れてとってもわしの心はいつまでもじいちゃん、ばあちゃんの傍におるよ・・・どうか、ずっとずっと、達者で暮らしとってな・・。たまには会いにくるけーな。」

 おじいさん、ゆっくり首を振る。
 おばあさん、おじいさんを見てモモを見てうなずく。
 シャオルン船のそばに立つ。


モモ
「・・じいちゃん・・ばあちゃん・・・そしたら、わし、行くからな・・さよなら・・元気でな(泣)」

 泣きながら船に乗り去ってゆく桃太郎
 手を振るおばあさん
 夢のように美しい瀬戸の夕焼けの海の果てに
 だんだんと小さくなってゆく船を
 二人の老人はいつまでも見つめていた。


 溶暗。
 

 幕。