秘宝館昇天堂一座1998年特別公演
「信長」 ver.5.0
作 白神貴士
信長「肝心なのは親父どーのが仏の教えを信じちゃおらんけ、わしも線香臭いのはだいだいきらいということじゃあけえ、こーんなとーこに居る気はないけえ、とっととかえるでおさらばするでえ・・・」
信長「もういやだ!親父は神様を信心しとったで、仏なんぞに葬式されても喜ばんわい!政秀、俺は帰るぞ!」
平手「信長様、これも時代の流れです。若殿もこの爺のように仏信心なされませ!御味方が増えまするぞ!子供の頃からお世話をしてきた、この平手政秀の言葉信じていただけませぬか!」
信長「いやだー!」
平手「そんなことでは立派な領主になれませんぞ!親父様は仏信心も神信心もこだわりなく、有力者の娘たちを側室に迎えたではありませぬか。あなたのお母様もこの爺の、仏信心の家の娘ではありませぬか!」
信長「ワシは領主になどならんわ!」
平手「では何になるのです。」
信長「俺は・・・・・・・」
家来達「俺は?」
信長「俺は・・・・・座長になる!」
“踊る信長”
二郎三郎「こないに山奥のカボチャ畑で稽古ばかりしておっても飯の種にはなりませぬぞ。」
信長「その通り。さて、どうした物かのう・・・」
蘭丸「あの・・・カボチャ喰ってもいいですか。」
二郎三郎「お前、さっきも喰ったろう?生はやめておけ。」
“奇蝶MYL0VE”
猿「奇蝶様おなり!」
蘭「奇蝶様とはどなたで御座ります?」
猿「何じゃ、まだ知らんのか新入り。美濃のお金持ち、信長一座の一番のご贔屓様よ!ささ、頭を低うせい。」
信長「現れた瞬間から、あなたの背景には空一杯に真紅の薔薇が咲き乱れている。風は七色の雲を運び、大気は恋の色に香っている。あなたは私の女神、恋の情熱そのものだ。カモン!奇蝶マイラブ・・・・」
奇蝶「・・・信長、マイ・ダーリン!」
奇蝶「みんなどうして浮かぬ顔をしているの?」
信長「興行が打てなくてな」
二郎三郎「座長の猿楽はあまりに新らしすぎて、どこの神社にも呼ばれないのです。」
猿「お寺のお呼びは座長が断っちゃいますし・・・」
信長「わしゃ、仏は嫌いじゃ!」
蘭丸「お腹が空いております。何でもいいですから、何かお仕事ありませんでしょうか・・・」
奇蝶「可哀想・・・・こんなに素晴らしい一座なのに。・・・いいわ、私に任せて!・・・とりあえず、これで腹ごしらえをしておいて!」
座員達「うおおー!」
“義元”
奇蝶「白拍子・静と申します、京の都に向けての御出陣、まずは、おめでとうございます。天下取りの前祝いにまかり越しました。」
義元「うむ、余が東海一の弓取り、眠れる獅子・ヨッシーこと今川義元じゃ。苦しゅうない、近うよれ。」
奇蝶「義元様、めでたき御出陣には祝宴が付き物でございますね。」
義元「そうそう、もそっと近う・・・」
奇蝶「祝宴には余興が付き物でございます。」
義元「そうそう、もっと寄ってもよいぞ。」
奇蝶「御出陣を祝い、勇壮な武者物の猿楽なぞいかがでしょう。」
義元「いいねえ、もっとぴったり近く、マイナス13センチくらい接近してもよいぞえ。」
奇蝶「武者物の得意な猿楽一座が御座います。お呼びになります?」義元「呼ぶ呼ぶ、もちろん呼ぶ!呼ぶからね、だからね・・だから、ちょっとだけ・・・。」
奇蝶「うっふ〜ん・・・それでは今宵・・・」
義元「こ、今宵・・・ね、ね、君も、君も来るんでしょ?ねえ!」
“桶狭間”
信長「なんじゃ、この奇蝶のくれた地図は!おかげですっかり遅刻だ!一体どこなんじゃ、ここは?桶狭間の近くだとは思うのだが・・・」
蘭丸「信長様、あの下に見えるのが東海一の弓取り=今川様の陣かと・・」
二郎三郎「すっかり寝静まっておられるようですな。帰りましょうか。」
信長「・・・・よーし、誠意を見せるぞ!ここを一気に駆け降りていく。急いで駆けつけましたって感じに息を切らせるんだぞ」
猿「景気づけに大声揚げていきましょうか」
信長「よし、皆声を揃えて“御免なさーい”と叫びながら降りよう。」
一同「ぐおめんなすわーい!!」
今川方の声「敵襲だー!」
猿「エー!敵襲なのー!」
蘭丸「信長様!大丈夫ですか・・・・?」
信長「大丈夫って!ら、蘭丸!?」
信長「うわー!」
義元「時に永禄三年五月十九日、東海一の弓取り=今川義元、桶狭間に散る。思えばはかない人生だった・・・・今一度・・白拍子の白い肌・・。」
今川兵Aの声「御舘様!」
今川兵Bの声「東海一の弓取り、眠れる獅子、フルネーム今川治部大輔義元様が討たれたぞ!」
猿「よ、義元お!」
信長「わあー!一体どうするのだ?」
二郎三郎「一介の河原者が殿様を殺したのじゃ、一座全員の一族皆殺し、逆さ磔・釜茹でのうえ八つ裂きの刑では、とても済みますまい。」
信長「いやだー!二度も三度も死にたくないぞ!」
奇蝶「信長、・・・・・大名になるのよ!」
信長「だ、大名だとお!?この俺にそんなことができるものか、織田の別所の跡目だって弟の物だ。」
奇蝶「私のパパ=美濃の斉藤道三が手伝うわ」
信長「奇蝶!お前、斉藤道三の娘だったのか!・・・あんな大名が俺達のような別所者を相手にするのか?」
奇蝶「パパだって、もとは西岡のマムシ獲りよ。」
信長「あいつは坊主だろ・・オレは神信心だぞ」
奇蝶「大丈夫、あたしの夫に文句なんかつけさせるもんか!」
信長「お、夫!?・・そんなこと云ったって大名など俺にできるものか!」
奇蝶「根性なし!!!」
奇蝶「・・・心配せずとも、戦も、政も芝居だと思えば良いのです。裏方はこの奇蝶が集めて参りましょう。まず、あれなる学習院出、明智の光秀を制作担当にいたします。」
光秀「紹介します。尾張、美濃きっての戯曲作家、竹中の半兵衛です。私、光秀が大金でスカウトしてきました。」
信長「腕は確かか?」
光秀「何かデモンストレーションでも」
半兵衛「・・それでは、信長様のキャッチコピーを。」
信長「うむ。していかに?」
半兵衛「・・鳴かぬなら、殺してしまえホトトギス。」
信長「泣かぬなら、殺してしまえ仏達、よーし、気に入った!頼むぞ、半兵衛、光秀、奇蝶・・・」
一同「のぶながーふぁいと!!!」
蘭丸「信長一座の大ヒット名作メドレー!!」
“「復讐するは我にあり」美濃攻略戦記 ” とテロップ
信長「復讐それは・・・」
家来達「男の美学!」
信長「落とし前それは・・・」
家来達「渡世の義理!」
信長「いざ道三の敵討ち!」
家来達「おー!!」
猿「美濃の道三様は殿様の奥方=奇蝶様の父上様、つまり信長様の義理の父さん。」
家来達「そうだー敵討ちだー!」
猿「いざ義父さんの敵討ち〜いざとうさんの敵討ち〜いざどうさんの敵討ち〜いざ道三の敵討ち!」
信長「命も要らず、名も要らず、心の奥に燃えたぎる青い炎の誘うまま。」
二郎三郎「昨日は知らず、明日知らず、今日の刹那に生死を賭けて」
猿「群がる女を振り捨てて」
奇蝶「群がる男を振り捨てて」
光秀「お金もいらず涙も要らず」
蘭丸「・・・・以下同文で」
信長「いざ出陣!」
家来達「おー!!」
“前置き・鵜飼い悲話”とテロップ。
鵜飼い(の声)「お助け下せえ!おら、おら只、鵜飼いをして鮎を獲っただけだ。あんた達の場所だというのなら、鮎は返すだ!」
僧兵1「馬鹿者!ワシらは御仏に仕える身。生臭物は喰わぬのじゃ。」
僧兵2「己がどれほど恐ろしい罪を犯したか思い知るがよいわ!・・・よいか、六道輪廻の理といってな、人はその生きている間に犯した罪によって、来世、何に生まれ変わるかが変わるのじゃ。お前ら漁師のように魚を殺す殺生ばかりしておると、次の世ではその魚に生まれ変わるのじゃ・・・」
鵜飼い「ひえー!」
僧兵1「代々鵜飼いをして生きてきたお前は、何も知らずに実の親や先祖を殺してきた事になる!」
鵜飼い「・・・おらの親父は、元気で鵜飼いをしているだが・・・」
僧兵1「うるさい!益々罪深いわ!何故、平和に米を作らんのじゃ!」
僧兵2「この御山は、聖なる仏道の修行場、そこで殺生をするなど言語道断の悪行、ましてや、鵜の首に縄を付けて川に放ち魚を捕るのをたぐり寄せ、遊び半分に殺生を楽しむとは悪鬼の所行じゃ!」
鵜飼い「遊びじゃないだよ。鵜飼いをして魚を捕らないと喰っていけねえだ!親子5人の生活がかかっているだ。」
僧兵1「言い訳はもう沢山じゃ、それ御同輩、1,2,3でこ奴を魚の餌食にしてくれよう。1・2・3!!」
鵜飼い「助けてー!!」
僧兵2「これは大漁、今宵は鮎の塩焼きで・・」
僧兵1「キューッと一杯。」
僧兵2「坂本の宿で遊女の2,3人も担いで帰るか?」
僧兵1「それは傑作!ワッハッハッハ!」
信長「仏を騙る外道ども、ゆるさん!!!」
“「炎のファイター」比叡山焼き討ちへ”とテロップが出る。
二郎三郎「“百済から来た御仏に御参拝”538年の初輸入以来、生き物を殺したら畜生道に落ちる、地獄で獣に生まれ変わって苦しむなどと、さんざん我らカムイ信心の者を苦しめて参りました仏教の、一方の総本山たる比叡山、」
光秀「槍を携え酒喰らい、女人を抱き稚児を抱き、700年余の破戒三昧、」
蘭丸「無頼坊主に仏罰もあてぬ仏に用は無し!」
信長「よーし、坊主ども、派手に死ね!」
猿「キイ!比叡山の坊主どもがギャラの値上げを要求して参りました!」
信長「近頃の坊主は命を惜しみやがって!火葬代が要らないように焼き討ちにしてやるからって値切れねえか?」
猿「組合がうるそうございまして・・」
信長「えーい、構わねえ!火をつけちまえ。後はどうなと焼け野原だ!」
二郎三郎「このようなことをいたしましたら、仏信心の、武田の信玄入道が黙っておりますまい、覚悟が要りますな。」
信長「ほらよ!」
信長「親父の信秀が云うとった、仏様を粗末にすると神様のバッチが当たるのじゃ!この日の本、倭の国で仏が勝つかカムイが勝つか、とくと見物してやろうぞ!・・・狸、お前は今日から家康と名乗れ。」
家康「有り難き幸せ。このバッチ、家康末代までの宝として・・・」
伝令「信長様、信玄が上洛途上で病に倒れ、引き返しました!」
信長「よし!カムイの秒殺TKO勝ちじゃ!・・・そちの名は?」
犬千代「前田の犬千代と申します。」
信長「ようし、犬千代は今日から“利家”じゃ!」
蘭丸「ここで、CMタイムです。」
光秀「困ったな、急な戦で金がない!」
信長「そんな時でも大丈夫!」
二人「愛宕神社のムジン君!」
光秀「失礼いたします。入ってもいいですか?ハイどうぞ。ありがとう。
・・・えーと?どこに触れば良い物か・・・・?これ?」
兼見「あふん!」
光秀「きゃっ!」
兼見「訳のワカラン事をゆうとらんで、さっさと契約せんか!お前は見かけぬ顔じゃな。どこの者じゃ!」
光秀「ははっ!織田の信長一座の総合プロデューサー、明智の光秀と申します。信玄の息子、武田の勝頼が攻め寄せて来ましたが、急な戦で金が無く、こちらでお借りしようとまかり越しました。なにとぞ」
兼見「何!信長一座か!ちょうど良い。わしは吉田兼見、この愛宕神社の神主じゃ。内々の話じゃが、ワシの親方様が信長一座に興味を持っておる。付いて来られい。きっと良い話だ。」
光秀「よ、良い話?お待ち下され!兼見どの。」
“「蒼ざめた馬を見よ」長篠の合戦”のテロップが出る。
信長「朝日の昇らんとする空、黒々として稜線をほのかに染める山々、轟く武田騎馬軍団の蹄の音、遠いいななきの声・・・美しい・・これを見るのも最後かと思うと」
家康「惜しゅう御座いますか?」
信長「いや、この美しきもののふ達の滅び行く様、映画にでもして残しておきたいわ・・」
猿「そのうち成りましょう。“影武者”とか“天と地と”とか」
信長「猿、準備はいいか?」
猿「整って御座る。」
家康「しかし、いささか卑怯では御座いませぬか。この騎馬軍団を倒すに、あのような“飛び道具”とは?」
信長「家康はまだまだ頭が固い。勝つことこそ正義よ。他には何も要らぬ。」
家康「我らは良くても観客が納得するかどうか・・・」
信長「案ずるよりまず行動、やってみれば結果は知れる。猿、下知せよ!」
猿「ラジャ!」
猿「マスターモンキーよりフライングドラゴン、オペレーション“三段撃ち”を開始せよ!」
家康「あっという間ですな。いやあ、強いな在日米軍、これもニュースポンサー京の都のロックフェラー蜷川財閥のお力様々ですな。」
信長「ああ、昔、奇蝶に援助して貰っていた頃と三桁は違う軍資金が、いちいち吉田神道の愛宕神社のムジン君などに借りに行かずとも、直に入ってくる。この猿など、大道具の予算を余らせて、そのおこぼれで遊び回っておるわ。」
猿「いや、滅相もない。そんなことより、先ほどの飛び道具があれば、天下統一は成ったも同然ですな。」
信長「馬鹿者!ワンシーンゆえギャグで通用するのだ。あんなものをずっと使ったのでは角川の“戦国自衛隊”になってしまうわ!」
家康「殿、そのネタは30代以下には判りません。」
猿「ふっ・・・・綺麗な空ですな。敗れた武田勝頼は天正十年三月十一日、甲斐の天目山で自刃して果て、名門武田氏は滅亡するのだが、それはまた、先の話になる。」
信長「まとめたな。」
“「ざ・ないと・おぶ・ほんがんじ・でっど」本願寺一向一揆攻め”
蘭丸「それは、天正4年5月の事、安土に城を築いた信長様と、足利義昭・毛利輝元と結ぶ、石山本願寺=今の大阪城に立て籠もる、一向一揆衆=阿弥陀如来の治める西方浄土に生まれ変わる事を信じる、死をも怖れぬ者達との最後にして5年に渡る悪夢のような戦いが幕を開けたのだった。」
孫市「本願寺方、雑賀孫市の曲撃ちショー!」
蘭丸「敵方とはいえ孫市のショーは陽気で良かった。我々を本当の恐怖が襲ったのはその後だった。一進一退の攻防の後、我々は石山本願寺を封鎖して、兵糧攻めにした・・・場内には食料が無くなり、飢えと渇きの恐ろしい地獄絵図の中、一揆衆は、次々と倒れていった。信長様の思いつきで、“肝試し”と称し、我々は阿弥陀クジを引き、二人一組になって城内に入り、降伏を勧めて来ることになった。私と、光秀様が最初の一組。・・・石山本願寺の城内は薄暗く、時折、遠くから力無い南無阿弥陀仏の声が聞こえてきた・・・」
光秀「帰ろうか・・・」
蘭丸「・・そうしましょうか・・」
二人「うわあー!!」
信徒達「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏・・・・」
光秀「神様 !!!」
蘭丸「信長様!!!」
“髑髏の盃”
信長「お市、久しいな。」
お市「もはや私は妹ではありませぬ。あなたに滅ぼされた浅井長政の妻、いわば、私たちは敵同士です。短刀を返してさえくれれば、この場で自害いたします。」
信長「どうあってもか?」
お市「・・・はい。」
信長「蘭丸、お市を剥け!」
蘭丸「は・・・お許し下さい!何卒、それだけはご勘弁を!」
信長「狸!」
二郎三郎「あたたた、急な腹痛が・・・・!」
信長「猿!」
猿「ウッキー!」
お市「兄者!何をする!」
信長「たった今、兄妹ではないと云うたばかりじゃ。その姿で舞を舞え。見事舞うたなら、自害の望み、考えてやってもいいぞ。」
お市「云うたな!忘れるで無いぞ・・・」
鬼気迫る舞が終わるとお市は息も荒く・・・
お市「さあ!・・」
信長「待て!見事な舞じゃ。褒美をとらせる。この盃を見事飲み干したなら、今度こそ死なせてやろう。」
お市「・・その盃、もしや!」
信長「幾百の夜、お前と添い寝した愛しき殿御、浅井長政の首よ!」
お市「信長、お前に天下は獲らせぬ!」
信長「・・・・つまらぬ。片づけい!」
信長「半兵衛!」
半兵衛「何でございましょう?」
信長「・・なぜ、このような台本ばかりを書く。なぜわしが、せっかく助けたお市を殺さねばならぬ・・・・!」
半兵衛「信長!浅井長政を攻めると決めたとき、その覚悟が無かったとでも云うつもりか!!(間)信長様、誰であろうと裏切りは厳罰に処しませねば、いづれ命取りになると存じます。時代は戦国の世、求められるのは冷酷非情に歴史を動かしていける、“クールでスマートで、デンジャラスな男”です。それが、スポンサーのご意向でもありますので・・」
信長「ワシのことは他人が決めるのか・・!?それでは、ワシは?ワシは一体誰なのだ!信長ではないのか・・・?」
半兵衛「今や、“信長”はこの国を塗り替えて行くための一大プロジェクトの名です。殿は殿であって、殿だけのお身体ではありませぬ。」
信長「・・・・・・・そうか、ワシはもうワシでは無いのか・・・。半兵衛、すまなかった・・・。そうだ、酒だ・・・酒を飲もう・・・。」
“怪物”
神主の装束の者が現れて、
兼見「道斎様、愛宕神社の吉田兼見で御座います。信長一座に天下を獲らせる企み、九分九厘まで成功いたしました。最後の作戦“Gプロジェクト”を発動いたします。」
蜷川道斎「・・・気が変わった。」
兼見「は?何と・・・」
道斎「信長は、勝手に動きすぎる。うざったい。」
兼見「・・では?」
道斎「奴が消えたら、誰が居る?」
兼見「・・さしずめ猿と狸の二匹で御座いましょう。」
道斎「何か手があるか?」
兼見「猿は、稀代の女狂いのくせに、大のやきもち焼きでございます。
狸は金勘定に細かい会計担当にございますれば、そのツボを。」
道斎「つんつんと、」
兼見「突きまする・・・。」
道斎「よし、お前に任せた。良い知らせを・・・。」
兼見「私は、親方様の笑顔が大好きでございます。」
道斎「心ゆくまで笑わしてもらおう。」
兼見「ははっ。」
“酒と薔薇の日々”
アナ「天正5年度紀伊国屋演劇賞は信長一座に決定しました!・・・信長座長手を振っております。あ、今、紀伊国屋乙女連に隠れてしまいました。」
信長「こんなもんじゃねえぞ!俺の才能はな、こんな島国にゃあ収まらねえのよ!世界だ!次は世界だ!この顔を覚えておけよ。1年後にはニューズウィークの表紙を飾るからな!まってろよ!」
アナ「カット!お疲れさまでした。」
皆 「お疲れ!」
信長「どうだった?見ててくれたか、俺の晴れ姿・・・」
奇蝶「・・・バッカじゃないの・・・」
信長「なんだよ!」
奇蝶「餓鬼じゃないんだからさ・・・自分のことばっかり・・・。」
信長「俺のキャラクターなんだよ!自信満々のカリスマ、冷酷でクレージーなキングオブキングス!」
奇蝶「これも一座のみんなのお陰ですとか、普通、ふつう、そうじゃない!何よあれ、“世界だ世界だ、ニューズウィークだ!”餓鬼丸出しでさ!恥ずかしいったらありゃしない!」
信長「奇蝶!!」
信長「・・・すまない。つい、」
奇蝶「見ないよ・・・何で見てなきゃいけないの。家には帰らない、お金は入れない、電話はじゃんじゃんかかってくるし、黄色い声で、“信ちゃんいないのー?”って、ふざけるんじゃないよ!家に帰ってくりゃ閉じこもって・・部屋の掃除をすれば、酒瓶と注射器と白い粉と変な煙草なんか山になってて・・・何様のつもりだ!あたしゃ掃除婦じゃないんだよ!!馬鹿野郎!・・・・・・もう、終わりだよ・・・・。」
信長「ばかやろ!それがスターってもんだろ!アーティストってもんだろ・・・・畜生・・・・。」
蘭丸「奇蝶様お考え直し下さい。信長様にはあなたが必要です。」
奇蝶「蘭丸、あんたには関係ないよ。」
蘭丸「蘭丸は、信長様が大好きです。命に替えても惜しくないくらい・・・でも・・・どんなに愛しても、殿は、殿の愛しているのは、」
奇蝶「いいよ蘭丸、もう云わなくても・・。でもね、駄目な物は駄目なんだよ。崩れた豆腐は冷や奴には使えないんだよ。・・・それが、どんなに大好きでも!」
蘭丸「崩れた・・・豆腐?」
“黒白”
兼見「おかわいそうな秀吉殿・・・愛したおなごに裏切られるとは・・・おかわいそうな秀吉殿・・・」
秀吉「・・・!?・・何だ、利家か・・。今、誰かがワシのために嘆いていたような気がしたが・・・」
兼見「そ、それは只のミミズの鳴く声でございましょう。」
秀吉「どうした?・・・泣いているのか?」
兼見「いえ、まさか、そのような、私が秀吉様を哀れんで泣くなんて。」
秀吉「何を隠している?・・・何があったのだ?」
兼見「ああっ!情けない。私が嘘をつけぬばかりに秀吉様を苦しめるとは!それも、男女の事などで・・・」
秀吉「何だと!寧々の事か?」
兼見「どうかお願いです!この隠し事のできない舌を今の内に切り取って下さい!そうでないと、きっと恐ろしい事が・・・・」
秀吉「寧々がどうした?!まさか、私を裏切ったなどと」
秀吉「図星なのだな!?なんと・・・!!!信じられぬ・・・」
兼見「あううあううううう〜!」
秀吉「泣くな!もう良い。・・・だが、それは只の勘違いに違いない。寧々に限ってそのようなことは・・・あれは私に惚れ抜いている。」
兼見「あわわわあうう〜!!!」
秀吉「どうした!云いたいことがあるのならはっきり言え!」
兼見「相手が並みのお方なら・・私も信じは致しませぬ。でも、あのお方と知ったなら・・・秀吉様も・・・」
秀吉「何だと・・・あのお方・・・?」
兼見「秀吉様!おやめ下さい!その名を、その名を口にして仕舞ったら、もう・・・・もう、後戻りはできませぬぞ!」
秀吉「そ、それでは、あのお方とは、やはり・・・・!」
兼見「私が、私が悪うございました!お忘れ下さい!今夜のことは、もうお忘れ下さい!何も無かったのです。何もなかったことにするのです!利家は、この目で見てなどおりませぬ!寧々様と信長様の・・・!」
秀吉「利家!・・・・もう・・・云うな。」
道斎「流石じゃ!見事猿を切り離した。さて、今度は狸をどうする?」
兼見「はい、信長がブラジルのサトウキビリサイクル事業=信長ハイセルに投資して、毎月何百万貫もの金銀を無駄に棄てていると吹き込みます!しからば、御免!」
道斎「あやつ・・・・賢こすぎるのも考えものよ。」
“新星誕生”
半兵衛「その一足の草履の暖かさが、その猿面の男の心の温かさだった。足の裏から這い昇るその暖かさを感じながら、信長は雪花の散り始めた庭にじっと立ちつくすのであった・・・。」
半兵衛「やがて朝日を浴びて城が全容を現した。川の向こうから、敵方の驚きの声が上がるのに一瞬遅れて、こちら岸から天に轟くばかりの歓声があがり、固く抱きあう男達の目には涙が流れ続けていた。」
信長「駄目だな、古いんだよ猿は・・・・今時そんな、心温まる話路線が大衆に・・・」
半兵衛「いやいや、羽柴殿はシリアスでも行けます。なかなかの人材。とても大道具出身のコメディアンとは思えません。」
信長「ふん、所詮、西田敏行どまりよ。」
半兵衛「まあ、この予告編をご覧下さい。」
“浅井朝倉大脱出”のテロップ。鬨の声、合戦のノイズ。
半兵衛「元亀元年4月28日夜、越前の朝倉義景を攻めていた信長軍は妹、お市の方の婿、浅井長政の離反により挟み撃ちにされた。誰かがしんがりとなって、敵を引きつけ、退却する信長軍に逃げ延びるチャンスを与えるしかない。しかしシンガリとなった者は十中八,九の死を、覚悟せねばならない!」
「このシンガリ、どうかこの秀吉めに!・・人が死ぬより、猿が死にまする!」
“闇の中”
猿「あの方も、もう終わりかも知れませぬな。」
家康「滅多なことを・・・。」
蜷川道斎「さて、その事で御座る。信長殿が困ったことを考えて居られるのだが、御存知でしょうか?」
家康「果てさて、何のことやら・・・」
猿「信長様の考えている“金本位制”への移行の事でござるか?」
家康「ゴールドですか。南蛮貿易で稼ぐには奴らの欲しがる金で決済する方が確かに良い方法なのですが」
猿「天下の銀を一手に引き受け、愛宕神社を通じて合戦の費用を貸しだし、それで巨万の富を稼いでいる京都の蜷川道斎にとっては、銀から金に通貨が変わることは大問題じゃ。なあ、そうじゃろ道斎。」
道斎「図星で御座います。」
家康「ほう・・してどうする?」
猿「ええい、狸はまどろっこしゅうてだちかんわ!ここで蜷川の願いをきいた者が・・・次の天下人・・・と、云うことよ!」
家康「なるほど。ニュースター秀吉殿なら天下人にふさわしいと私も思います。陰ながらお力添え・・・おっと、次とはどういう意味ですかな?まるで信長様がこの世からいなくなるような・・・」
猿(独白)「ふん、古狸め!こんな事を言っている家康が、斉藤利三の娘、つまり蜷川道斎の孫娘、於福こと春日の局に子供を産ませて、三代将軍家光にするなんて事は、この時点のワシには知る由も無いことだがな。(道斎を向いて)・・で、二人を呼んだと云うことは、・・どちらを選ぶ、え、道斎!どうするつもりだ!」
道斎「騒ぐな・・猿!」
道斎「天下のことは、このワシが決める。」
家康「ごもっとも・・・」
“父と子”
娘「父様、こんな所に人が・・・」
公家「見苦しい、捨て置いて行こう・・・」
信長「誰だ・・・天下の信長を蹴飛ばした奴は・・・」
娘「まあ、父様。近頃評判の信長でございます!」
公家「いくら評判だとて、たかが河原乞食ではないか。汚らわしい、捨て置け。」
娘「・・・はい・・・」
信秀「信長どうした?何故泣く。」
信長「父ちゃん・・・また苛められたよ・・。」
信秀「そうか、また苛められたか。」
信長「父ちゃん・・・どうしてワシらは苛められるのじゃ、蔑まれるのじゃ?猿楽は乞食の所行か?卑しい身分なのか?」
信秀「・・・信長、この景色を眺めてみろ。ほれ、見えるか?」
信長「何がじゃ?何が見えるのじゃ?」
信秀「お前には何が見える?」
信長「空と、山と、トンビと・・・後は一面の田んぼじゃ。」
信秀「昔は田んぼは無かった。そこは一面の森だったのじゃ。」
信長「それでは米が作れぬ。戦が出来ぬぞ。」
信秀「その頃は戦はなかったのじゃ。クニもなかった。人も少なかったがな。そこに住む八百万のカムイを信じる人々は森の恵み、川の恵み、海の恵みで生きていた。人は生きることと楽しむことで暮らしていた。釣りをして魚を喰らい、狩りをして獣を喰らい、木の実を拾い芋を掘ってな。」
信長「ワシの好きな事ばかりじゃ!」
信秀「米を作り、クニを作り、戦をするようになって辛いことばかりが増えた。奴隷百姓として暮らすことは辛い。・・・わしらは楽しみのために生きる。人を楽しませるために生きる。人を楽しませて食い扶持を稼いでおる。」
信長「人を楽しませることは卑しい所行なのか?」
信秀「そう教えてきたのじゃ。奴隷百姓に米を作らせてきた者達が、戦に米のいる連中がな。“あのような河原乞食は、楽しそうに見えても卑しく、汚らわしい者達じゃ。殺生の因果で地獄の畜生道に堕ちて行く運命の者達じゃ。お前達百姓は今は苦しくても死んだら極楽へ行く、精を出して働くように”・・・・・わしはこれでも東海の龍といわれた“飴箱一座”、関東の王者“野田地図之介一座”と並び、尾張の虎と呼ばれた“織田の信秀一座”を率いてきた一流の猿楽者じゃ。織田の別所を守るため、町内会の役員になって武将、領主の真似事を始めたのが運の尽き、今ではこの有様よ。様々な者達が様々な欲望を持って、ワシという御輿を担いでおる。どこへ行くかはもう分からぬ。だが、この地位となった今でもワシは“役者上がり”と馬鹿にされ、仏信心の者達の“いずれは畜生道に堕ちる者”という蔑みの目に耐えねば成らぬのよ。」
信長「わしはカムイを信心する、一座を作る!」
信秀「そうか・・・そうか・・・。」
“お寧々への手紙”
信長「誰じゃ・・・」
お寧々「籐吉郎改め羽柴秀吉の妻、寧々にございます。」
信長「寧々か・・・よう来た。猿も何やら偉そうな名前になったな。日吉丸の頃が懐かしいわ・・猿は元気か?」
お寧々「・・・存じませぬ。家には寄りつきませぬから。」
信長「・・何やら、昔聞いたような話だ。耳が痛いわ・・・して今日は何の用向きじゃ?」
お寧々「御舘様が近頃お鬱ぎの様子と伺い、これをお持ちいたしました。」
信長「おおっ!これは・・・永谷園の“湯漬けの素”ではないか!・・・ワシはこれが大好物じゃ!よう持ってきてくれた、さすが寧々じゃ!」
お寧々「それはようございました。・・・実は、それは奇蝶様にことづかりました。」
信長「・・・・・・濃にか・・・」
お寧々「奇蝶様は、ずっと、信長様の事を気にかけておられます。寧々は近頃、奇蝶様の気持ちがよく分かるようになりました。」
信長「濃は元気か?」
お寧々「はい。」
信長「ご苦労であった。濃に信長が礼を云うていたと伝えてくれ。」
お寧々「かしこまりました。確かにお伝えいたします。それでは失礼いたします。」
蘭丸「お呼びでしょうか?」
信長「墨と硯と筆を持て。」
信長「悪い、紙と机も。」
信長「もういいぞ、下がれ。」
蘭丸「はっ・・・」
信長「久しぶりに逢ったが、お寧々が以前より美しく見えた。賢く立派に見えた。お寧々ほどの細君はあの禿鼠には二度と見つけられまい。秀吉はあのように女好きだが、軽はずみに焼き餅など焼かず、鷹揚に構えていて欲しい。秀吉もきっと・・・・」
信長「いつか後悔をする。船は七つの海を巡るが、帰る港は一つだ。・・・この手紙は秀吉にも見せてやって欲しい。」
蘭丸「お呼びですか。」
信長「稽古じゃ、相手をせい!」
蘭丸「はい!」
“信長復活”
信長「半兵衛、俺は座長としてあれ以上の物をやりたい」
官兵衛「私は官兵衛、黒田官兵衛です。半兵衛殿は前作“ラスト・オブ・ニンジャ〜伊賀総攻撃”の不入りを恥じて切腹いたしました。」
信長「まあ、あれは致し方ない。無惨な力攻め、皆殺し物だったからな・・・死に急いだものよ。残念だ・・・では官兵衛、そちに頼む。よい本があるか?」
官兵衛「脱出物ですか、供は少数、裏切りで不意打ち、あっと驚くような火薬の大爆発で全天を紅蓮に染め絶体絶命と、思っていたら御生還・・という筋でいかがでしょう?」
信長「いいのう派手で、近頃流行のフロイスとオルガンチーノのバテレン・サーカス団みたいじゃのう!」
官兵衛「ゴホゴホ・・!二郎三郎改めて家康殿が通い詰めているとか・・フロイスは、信長様にご執心だったのでは?」
信長「なあに硝石欲しさに遊んでやっただけだ。結局、役立たずでな。」
官兵衛「ふむふむ・・・場所は本能寺、ブルータス、つまり敵役は明智光秀、日時は六月二日、正親町天皇をお呼びいたしまして天覧合戦と云う事でいかがでしょう?」
信長「よし、後は任せる。早速、準備にかかれ。台本が上がり次第蘭丸に渡してくれ。」
官兵衛「御意。」
“天正十年六月一日”
光秀「おや、秀吉殿は毛利攻めではなかったかな?」
秀吉「いやいや、この一大イヴェントを見逃しては一生の不覚。高松城の水攻めには影武者を立ててござる。」
家康「私など、戦場はもとより、妻妾に一人づつ十五人からの影武者をつかっております。」
光秀「よくばれませんな。」
家康「床上手とナニの立派な男を揃えておりますのでな。」
秀吉「コツですな。」
家康「コツです。」
光秀「・・・!秀吉殿!」
秀吉「どうなされた?そのように慌てて・・」
光秀「この火薬の量は尋常ではない!・・・一体、何を考えておらるるのか!事と次第によっては、光秀、この場でお主達をたたっ斬り、信長様に報告せねばなるまい・・・」
家康「光秀殿、その事については、いささか子細のある事。しかも、それはお主の事でもあるのだ。実は、お主に会って、天下の大事を相談したいという方が居られる。」
光秀「天下の大事・・・私のことだと・・・?」
家康「まずは、これへ・・」
秀吉「さっさとせい!」
家康「静かにせい!尊きお方の御前ぞ。」
天皇「夜もすがら仏法僧と鳴き渡る鳥の羽音にジンジンバブバブ。」
道斎「最近、我が先祖がこの国に招来した仏の道を仇おろそかにする者がいてジンジンバブバブな事だ。」
天皇「雨上がり夜空を映す水たまり木枯らし吹けばジンジンバブバブ」
道斎「さらに、事もあろうに自らのことを神と崇めよと云う者がいて、私の地位も風前のジンジンバブバブだ。」
天皇「ときは今あめが下知る五月哉、一夜なりとも天下びとびと」
道斎「私の悩みを青空のように消し去ってくれたなら、お前を征夷大将軍にしてやろう。とのお言葉である。光秀、有り難くお受けせよ。」
光秀「そ、それは・・・!」
天皇「光秀が二つ返事で受けてくれ、朕の心も和む付けてね。」
道斎「光秀が二つ返事で受けてくれて、私の心も安心安心!」
家康・秀吉「いやあ、良かった良かった。」
天皇「今は行きたい丸山ゴーゴー!」
道斎「さあさ、固めの盃と参りましょう。」
光秀「お待ち下され!拙者はまだ何も待って、待てよ、おい!!」
蘭丸「聞いてしまった恐ろしい企み事だ。今すぐ殿にお知らせせねば!」
蘭丸「待てよもし、お知らせしなければどうなるだろう?」
蘭丸「本能寺のセットの中に残るのは、殿と私の二人だけ燃え上がる炎あっ熱いと、殿、何者かに謀られました!もはやこれまででございます。無念、蘭丸は無念でございます。天下統一の偉業を前にして“蘭丸、そんなことはどうでもよい。この一面の炎はわしとお前の愛の炎だ。お前とこうして抱き合って死んでゆけるなら、この50年の生涯に何の不足もないわ!”殿!信長様それほどまでに私のことを!(我が身を抱きしめる)天正十年六月二日、本能寺は無惨に焼け落ちたが信長と蘭丸二人の名は永遠の恋人達として戦国の歴史を彩り、舞台になり、歌になり、映画になり、TVになり、ゲームになり、歴史読本の増刊になり、この国の歴史に永く語り継がれていったのだ!!」
“天正十年六月二日”
信長「光秀!」
光秀「うわああ!」
信長「どうした?」
光秀「いえ、何でも御座りませぬ」
信長「朝から、顔が青いぞまあ、初の主役だ、緊張するのも無理はないな。俺も桶狭間の頃はよく本番前にゲロ吐いてたよな。」
光秀「はあ」
信長「今日は仕掛けが多いからな。段取りを間違えないようにな。あとは、どーんと構えてろ。よけいなことを考えずにな。」
光秀「」
信長「この舞台にな俺は役者生命賭けてるからな。一座の将来がかかってるからな。しっかり頼むぜ。アガッて台詞かんだりすんなよ。」
光秀「はい。この光秀も一命を賭けております。」
信長「それだ!その意気だよみっちゃん。それがないから、今まで地味だったのよ。これから、バンバン使ってやるからよ!」
蘭丸「信長様、光秀様、御支度を。本番五分前で御座います。」
信長「よし、光秀、頑張ろう。」
光秀「はい!」
蘭丸「御武運を。」
蘭丸「御支度を。」
光秀「この光秀、信長様に仕えて以来、一度も二心を持ったことはない。断じてない。その私がよりによって主殺しとは・・気が重いことでござる。」
蘭丸「光秀殿、芝居で御座る。二枚目も居れば、敵役も居りまする。裏切り者もいれば恋人達も。」
官兵衛「公演に先立ちましてお内裏様=正親町天皇陛下の入場です。御起立下さい。はい、これより、“君・・・”失礼いたしました、君が代はまだありません。お座り下さい、座って下さい。続きまして、歴史の黒幕・蜷川道斎様の入場です。観客の皆様はなるべく何も無かったように、お姿を見ないように後ろ指を指す程度でお迎え下さい。」
官兵衛「お待たせいたしました。これより信長一座が自信を持ってお贈りする問題作、“本能寺の変〜炎の大脱出”の開幕です!」
官兵衛「座長、関白、太政大臣、征夷大将軍選り取りみ取り候補にして、日本国王並びに第六天魔王、織田信長公の入場です!」
官兵衛「天正十年五月二十九日、信長公は京都四條六角油小路の本能寺に入り茶器名品の展覧会を催していた。そして、運命の日、今日六月二日夜明け前・・・」
軍兵「クオバディス!光秀様、ここからどこへ?」
光秀「・・・・敵は本能寺にあり!」
兵達「おーっ!」
光秀「天をも怖れぬ不埒者、お前の剣は民人の血で真っ赤に染まっている。お前の来た道には髑髏が敷き詰められている。今ぞ天誅の時、我が腕にて回天の車輪を回さん!」
官兵衛「点火は特別ゲスト、ファーマー・ヘビークラス・ワールド・チャンピオン。モハメド=アリ!!」
信長「わが衣に火をかけんとするのは何者ぞ?我が魂を炎に包まんとするのは誰ぞ。我が志を灰の中に葬らんとするのは何処の軍勢ぞ!」
蘭丸「惟任日向守、明智の光秀めの旗印と見えます。」
信長「是非もない。我が喉に突きつけられる刃として、願ってもない男。第六天魔王信長の首、落とせるものなら、落としてみよ!」
四方八方から炸裂する蜘蛛の糸。信長の高笑いが響く。信長、本能寺より出て、最後の踊りを踊り、また、入って行く。この間に建物の屋根が膨らんで行く。
光秀「信長、成仏せい!!」
秀吉「おのれ主君を裏切ったな!」
秀吉「ダーッ!!!」
群衆「ひーでよし!ひーでよし!ひーでよし!・・・・」
秀吉を讃える群衆の声。燃え落ちる本能寺をバックに秀吉、群衆とともに去って行く。見送る家康と道斎。
家康「禿鼠め、大喜びでございますな。」
道斎「妬けるか?家康。」
家康「いえ、慌てる乞食はもらいが少ないと申します。」
道斎「家康はもっと貰うのか?」
家康「はい、家康は全部、戴きます。」
道斎「いつか、天下の総てが、この道斎の首さえもお前の蔵に並ぶかも知れぬな。ワシは今の今まで自分のことを日の本一孤独な男だと思っていたが、間違いだったようだな。ワシは先に行く。正親町が待っていよう。」
半兵衛「“本能寺の変”私の最高傑作かもしれんな。だが、惜しいキャラクターではあった。信長後世の観客にはわからんだろうが、あやつが居なかったらこの国は恐ろしいことになっていたはずだ。日の出の勢いだった本願寺の一向一揆衆、堺の商人たちと組み京の都を手に入れ掛けた法華宗、これを追い払った比叡山の僧兵達、火薬を土産に大名に近づくキリシタンのバテレンたち。いずれが戦国大名とつるんでも激しい宗教戦争が巻き起こり、多くの民衆が犠牲になっていた。また勝ち残った者どもは己の宗派を押しつけて他の宗派の信者を弾圧し魔女狩りのような有様にも成ろう。おそろしやおそろしや。信長は神や仏で国を建てようとする者達を見事に潰していった。だが、歴史に果たした己の役割を、おそらく信長自身は知りはしまい。なあ、光秀殿。」
光秀「私を助けたのはそなたか?」
半兵衛「はて?何処やらで狸が刀をいじっておったような」
光秀「家康殿か・・・何のために。私にこれから何をしろというのだ。」
光秀「これは・・・“天海僧正物語”!」
半兵衛「長いぞ・・・後50年は生きて貰う。」
光秀「私が、一体誰で、何を為したのか考える時間は、たっぷりあるというわけだ。」
“エピローグ”
奇蝶「馬鹿・・・馬鹿・・・うつけ・・たわけ・・あんぽんたん!」
奇蝶「あんたー!生きてた!生きてたんだ!」
信長「蘭丸は?」
信長「そうか、燃え落ちる前に蘭丸に全てを聞いた。あんなに可愛がった猿や狸が、俺を裏切るとはなあ・・・。言葉も教えて、人間以上に可愛がったのにな。・・・蘭丸も変な奴だ。逃げだそうとした俺に泣きながらしがみついて来るんだ・・・でも、柱が倒れてきた時に、俺をかばって死んでいった。ニッコリ笑って・・・。」
奇蝶「変じゃないさ。・・ちっとも変じゃないさ・・。あんないい子はいないさ・・。」
信長「何もかも、夢か幻だったような気がする。俺の野心も、理想も・・あの炎の中に消えてしまったのだろうか?あんなに多くの命を奪い、仲の良い友達や、血を分けた兄弟と命のやりとりをして、・・・結局、俺には誰もいなくなってしまった・・・。考えてみれば、これは、俺の夢だったのか?お前の夢だったのか?なあ、奇蝶・・この夢はもう・・いいか?」
信長「空があんなに青い。雲が流れて行く。雲は白いぞ・・・何だか初めて目にするような気がする。なあ、空は昔からあんなに青かったのかなあ?」
奇蝶「わかんない。私にはただ、今この時、信長と眺めている空があんなに綺麗で・・・涙が出てきた。」
信長「ああ、非道い目にあった。もう、武将はこりごりだ。これからはどこか人のおらぬ島に行って、陽が昇り、陽が沈むまで、あの空を眺めて暮らす。」
奇蝶「空だけか?」
信長「空とお前。」
奇蝶「嘘をつくな・・」
信長「信じろ、二人で行こう。」
奇蝶「信じはせぬ。誰が信じるものか・・・・ただお前の嘘が嬉しくて、また、涙が止まらないのだ。」
エンディングの総踊りへ。