[ノクチルカ・シンチランスU]for "persona blanca" by Takashi Shirakami
 
〜男として女としてこの世を生きることに苦悩している全ての魂に〜
 
 
【登場人物】
@ラブドール・・・・・・・
AA(男・タコ)・・・・・・
BB(サメ)・・・・・・・・
CC(クラゲ・海馬)・・・・
 
 
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    観客に適当な暗さで光束の集中したライトを配って置く。
    青いフィルタを付けるか?数は多いほど良い。
    「観るためにお使い下さい」とだけ言って置く。
    
 
    音楽が始まる。
    ゆっくりと客席が闇に墜ち、波の音が空間を包む。
    額にライトを付け、顔を隠した男が
    まるで人間が入っているかのような包みを
    入れたトランクを運んできて開き、
    包みを舞台に横たえる。
    
 
 「これでお別れだ。
  お前には随分いい思いをさせてもらったけれど
  僕は部長の娘と結婚する事になったんだ。
  もう、お前と暮らすわけには行かない。
  許してくれ。」
 
    男去る。
 
    波の音大きくなり、包みが次第に揺れて、波に攫われる。
    波音満ちて空間を水で覆う。
    くぐもった波音がゆっくりと遠ざかって行く。
    包みは今、ヘリウムの魚が何匹か泳いでいる海の中。
    
 
    サメ(A)が現れて包みをつっつく。
    サメ、紐を解くと女性とおぼしき身体が現れる。
    それは男性に愛されるために作られた等身大の人形=ラブドール。
    サメ、ラブドールの周りをグルグルと回ってからお尻に噛みつく。
    どうやら美味しくは無かった様子…
 
サメ
 「ぺっぺっ!お前は人間じゃないな…非道い味だ!何で出来てる…?」
ラブドール
 「私の肌と肉はシリコン・エラストマー…
  内部の骨格はステンレスとFRPで出来ているの。」
サメ
 「何で高分子化合物が…人間の振りをしているんだ。」
ラブドール
 「人間の男性が私を愛してくれるように…抱きしめてくれるように。」
 
    サメ、じろじろと眺めながら立ち泳ぎで周りを一周して
 
サメ
 「…俺の胸ビレじゃ短か過ぎて無理だな。」
ラブドール
 「…抱きしめたいの?」
 
    サメ、横を向いて頷く。
    ラブドール、サメを抱きしめる。
 
サメ
 「嗚呼!…いいぞ…いい感じだ…もっと強く!」
 
    サメ、抱きしめられて細かく痙攣している。
 
ラブドール
 「…大丈夫?」
サメ
 「もっと!もっと…!」
ラブドール
 「もっと?」
 
    サメを固く抱きしめる。
    サメ、ブルブルと震えているがスッと力が抜ける。
    ラブドール慌ててサメを離す…サメふわりと海流に流されるが
    はっと気づき、恥ずかしそうに泳ぎ去る。
    気付くと煙のようにサメの精子(*マジックスモーク)が海中を漂っている。
    ラブドール、サメを見送っているうちに背後からの視線を感じる。
    振り返ってみるとクラゲがユラユラと離れた処から見ている。
 
ラブドール
 「こんにちわ…あなたは?」
クラゲ
 「あの…あのぉ…僕はクラゲ…ちなみにさっきの奴はサメって言う名前…らしいよ…」
ラブドール
 「側へ行ってもいい?」
クラゲ
 「あ、ダメダメ!僕に触ると刺しちゃうから…刺したくなくても…刺しちゃうから…」
ラブドール
 「(ニッコリ笑って)私は刺されても何も感じないから…」
 
    ラブドール、クラゲの側へ行く。
    クラゲ、それでも少し離れて。
 
クラゲ
 「感じないって…君は死体なの?」
ラブドール
 「ううん。元から命は授かって無いの…。」
クラゲ
 「痛くないの?平気?本当に平気?」
 
    ラブドール、クラゲに手を差し伸べて…
    クラゲを胸に抱き、膝枕をしてやる。
    クラゲ…しばらくじっとしてラブドールに撫でられているが…
 
クラゲ
 「あああああ!駄目だ駄目だ駄目だ!刺してる刺してる刺してる!
  僕の刺胞が!穴だらけだ穴だらけだ穴だらけだ!君の太股も腕も穴だらけだ!」
ラブドール
 「私は大丈夫、気にしないで。」
 
    クラゲ、ラブドールの腕を振りほどいて抜け出す。
 
クラゲ
 「こんなことしたくなかったのに!嫌だったのに!君を穴だらけにするなんて!」
ラブドール
 「私は大丈夫、気にしないで。ほら、お尻にもサメさんに噛まれた後があるでしょ。」
クラゲ
 「サメだって!あんなデリカシーの無い奴と!あああああ、僕はもうお終いだ!
  それもこれもお前が!……いや…あの…ごめんなさい!勘弁してください!」
 
    クラゲ、逃げるように去ってゆく。
    途方に暮れて見送るラブドールの背後から
    鞭のように8本の触手が絡みつく
    舞台に巨大なタコが出現し、ラブドールを押し倒す。
    
タコ
 「大人しくしろ!暴れると怪我するぞ!」
ラブドール
 「乱暴はやめて…あなたが私を抱きたいのなら、」
タコ
 「『抱かせてくれる』ってのか…笑わせるな!獲物の分際で!
  何様のつもりだ…!息の根を止めてやろうか…」
 
    タコの触手がラブドールの首に巻き付き締め上げる。
    ぐったりとしたラブドールを思いのままに弄ぶタコ。
 
タコ
 「俺様に生意気な口を利いた罰だ…その裂け目を胸元まで広げてやろうか…
  それとも手足をもぎとってダルマ女にしてやろうか…」
 
    片足を怖ろしい力で引き抜かれかけた時、絡みついていた触手が…!
 
サメ
 「大丈夫か!今のうちに逃げるんだ!」
 
    サメの鋭い歯が足を一本食いちぎった。
 
タコ
 「おいおい…弱虫の癖に女の前だからってイイカッコをしてくれるじゃないか。
  …そんなに死にたいのなら殺してやろう!」
 
    サメとタコの死闘…触手に絡めとられたサメ…
    しかしタコの足を根本から食いちぎってゆく…
    這々の体で逃げ出したタコ…息も絶え絶えのサメ。
    ラブドール、サメを抱き起こす。
 
サメ
 「どうだい…俺だって結構やれるじゃないか…やってみるもんだな…へへ…へへ…」
 
    サメ事切れる…死に際の習性か精子が漂っている。
    サメ、海流に乗って深みへと消えてゆく。
    サメの消えた深海から夜光虫の光に包まれて
    海馬が現れる。
    
ラブドール
 「あなたは神様ですか?」
海馬
 「神ではないが海神ポセイドンの使いとして来たのだ。
  お前は何か願いを持ってこの海の底へ降りて来たのだね。
  その願いを叶えてあげよう…言ってごらん。」
ラブドール
 「でしたら…私に命をお与え下さい。
  私を人間に変えて下さい。」
海馬
 「人間になっても良いことはないよ…それでも良いのだね…
  お前は造形設定通りの18歳の女性として命を得るだろう。
  助けられて入院した病院の26歳の男性看護師と恋に落ち結ばれるが
  婚約を男性の恩師に報告に行く途中交通事故で男性は死亡。
  お前は頭を打って右眼の視力を失う…
  20歳の時アルバイトをしたスナックで歌手として芸能プロにスカウトされるが
  社長が借金を抱えて夜逃げし、知らないうちにAVに売られていた事を知る。
  半年で企画物を含め22本に出演した後にストリップ嬢へ転身。
  26歳のクリスマス、新潟の劇場で踊っている最中に火事に遭い、
  2階から飛び降りた時に右足を複雑骨折し舞台を引退。
  28歳で有名な官能小説家と知り合ってゴーストライターになるが
  不倫関係を彼の妻に知られ出刃包丁で刺されて彼の子供ごと子宮を駄目にする…
  32歳の時だ。偽名で福島の温泉宿に女中として住み込み44歳になった年に宿が廃業。
  山奥で一人暮らしの67歳の男性と同居を始めるが男性が71歳で死んだ後、
  土地を相続した孫に追い出されて東京に舞い戻る。
  不況で仕事が無く、上野公園にテントを張って暮らし始めて4ヶ月目に
  悪ガキ共8人に暴行を受け脳出血で人生を終えるのが50歳の誕生日だ…。
  どうだ?それでも人間になりたいのかい?」
ラブドール
 「はい。どうか命を与えてください…私を人間にして下さい。」
 
    海馬の周りを取り囲んでいた夜光虫が広がり、
    ラブドールの心臓へと集まり始める。
    音楽が高まり、ラブドールは気を失う。
    ひとしきり夜光虫が海中を舞う。
    
ラブドール
 「気が付くと私は波打ち際にいました。
  沖遙か水平線を越えて流れ落ちる銀河のしずくのように
  波が私に打ち寄せるたびにキラキラと夢のように光っていました・・
  ああ、これは夜光虫なんだこの青白く光る小さな虫が
  幾万匹も私の体内に潜んでいて
  私にこんな夢を見させているんだ・・
  こんなに居るのなら仕方がない
  こんなに居るのなら仕方がない
  こんなに居るのなら仕方がない
  そう思うと何だか心が落ち着いて
  左の乳房の下辺りから心臓の音が聞えてきました
  ほら、あたしはいきているじゃない
  ほら、あたしはこんなにもいきているじゃない・・」
 
    ラブドールにっこり笑って立ち上がり、
    客席の間を通って劇場から日常へと侵入する。
 
 
    音楽続いてゆく。
    やがて客席がゆっくりと明るくなる。
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