房中師鷹之介旅日記「お香の純情」【R18】        作 白神貴士

旅の房中師 鷹之介
ヤクザの子分 市松
市松の女房  お香

黒駒の勝造・次郎長一家
町娘
旅籠の主人・次郎長一家
旅籠の女将
黒子・次郎長一家

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暗闇の中で始まる。

ナレーション
「江戸も終わりに近づいた頃、5大街道を渡り歩き宿場宿場で
 『房中術』を披露することを生業とする謎の男がいた。
 房中術…古代中国に端を発するという男女和合の道を極めたとうそぶき、
 吉原通いに身を持ち崩した大店の若旦那とも、
 伊賀忍者の秘術を受け継ぐ元お庭番とも、
 果てはバテレン崩れの悪魔導師に魔術を仕込まれたとも…
 様々に語り継がれたこの男、
 人呼んで『房中師 鷹之介』という…」

行灯に火が灯ると、一人の男が能面の町娘に目にも留まらぬ速度で指を使っている。
それを観ている客が数人…黒駒の勝造とその子分の市松、旅籠の主人と女将。

町娘
「嗚呼…ああああああ!」

絶叫と共に飛び散る水しぶき。
見物衆に降りかかった様子…ぐったりとなった町娘を黒子が退場させると
着物を拭っていた手を止めての拍手が起きる。

鷹之介
「この世の森羅万象は陰と陽との気から成っております。
 男女の交接は互いの身体に陰陽の気を巡らせて調和を取り
 病を防ぎ寿命を延ばすためにございます。
 互い勝手に精を洩らし、気をやっていたのでは身体を損ない
 早死にの元…そこで生まれたのが房中術、閨(ねや)の中で
 如何に我が身と相方を制するかを考え尽くし試し尽くして生まれた
 驚異の秘術にございます…尤も、先程お見せいたしましたのは
 ほんの座興、手のすさびでございます」
主人
「しかし、おぼこ娘を四半時も掛けずにあそこまで…いやはや、恐れ入りました。」

女将も上気した頬で主人の袖を掴んでいる。
黒駒の勝造はピクリとも動かず鷹之介に目を据え、
子分は額の汗を拭う。

鷹之介
「これよりお目に掛けまするのは、北宋の張伯端に始まった隔体神交法、
 帯をも解かず手も触れぬまま、気を巡らすという秘術の中の秘術、
 まさに神に通じる力、しかと目を凝らしてご覧下さいませ…」

黒子が寄ってきて鷹之介に耳打ちをする。

鷹之介
「弘法も筆の誤り、猿も木から何とやら…
 先程の娘にいささか術が効きすぎた様です。
 ここは、ひとつ女将にご登場は願えませぬか?」

一同の眼が女将に。
女将、驚き、主人に何やら囁く。

主人
「いや、これは女房の恥を曝すようですが、女将は床に馴染まず
 この年になっても、未だ一度も気を遣ったことがございません。
 その為か子も成さず、私に養子を取れと勧める始末。
 生来、そちらの道には向いておりませぬ故…ここは…」
鷹之介
「どれどれ…」

鷹之介、女将の真正面に座る。
顔を袖で隠す女将に

鷹之介
「お顔を見せて下さいな。あっしは女将さんに贈り物をしたいんでございます。」
女将
「まあ、何を?」
鷹之介
「そいつは術が終わってからのお楽しみ…女将さんの一番欲しい物ですよ。」
女将
「…鷹之介さんは心もお読みになるんですか?」
鷹之介
「女将さんの瞳の中にちゃんと書いてあるんです…あっしはそれを読んだだけで。
 尤も、漢字で書いてあったら読めなかったかも知れませんが…」
女将
「まあ、(笑)…かなで書いてあったんですか?」
鷹之介
「あい。(笑)とてもやさしい、人の良さそうな字で書いてありやした。」

主人と子分顔を見合わせて首を捻る。
勝造、じっと眼を据えている。
女将、口を隠していた袖を下ろして、目線を遊ばせながらも顔を向ける。

鷹之介
「あっしの眼の中にも字が書いてありやす…何て書いてあるのか、
 ようく見ておくんなさいな。」

女将、恥ずかしそうに笑みを含みながらも眼を鷹之介の顔に向ける。

鷹之介
「さあ、じっと眼を据えておくんなさい。眼を動かすと字が消えてしめえやす。
 見えますか?」
女将
「いえ、未だ何も…」
鷹之介
「急いじゃいけませんよね、そう、段々と見えてめえりやす。
 ぼんやりと黒い物が浮かんじゃあ来ませんか…ああ、これは字じゃねえな。
 あっしの眼の中には絵が見えてめえりやす。
 さあ、何が見えてめえりやした?」
女将
「そういえば、何だか、あの…」
鷹之介
「それは間違いなく、女将さんが心の中で望んでいることで…ございましょう…」
女将
「鷹之介さん、あたし…恥ずかしい…」
鷹之介
「大丈夫です…それが見えるのは女将さんだけ。
 ご主人にも親分さんにも見えません。
 それどころか、女将さんにはもう、ここがどこだか、廻りに誰が居るかは
 ちいっとも気になりません…ただ、あっしの声だけが聞こえる…そうでやしょ。」

女将、こくりと頷く。

鷹之介
「おっと、両の瞼が重くなって来やしたね…どんどん重くなる…ほら閉じた。
 そのまま、そのままで結構…そのまま。」

鷹之介、黒子に眼で合図すると、黒子が女将を背から支えてゆっくりと横たえた。

鷹之介
「女将さん、何だか気分が良さそうですね…いい心持ちだ…
 日頃の憂さもどこかへ行っちまいましたね。
 お顔がすっかり柔らかいや…首も肩も力が抜けていい気持ちだぁ。」

女将うっとりとした顔で眼を閉じている。
鷹之介、目を丸くしている主人と勝造に目で「ココカラデスヨ」と合図する。
主人と勝造、思わず頷く…と、鷹之介の手が着物の上から
女将の下腹ぎりぎりに迫る。

鷹之介
「女将さん、聞こえてますか。」

女将、頷く。

鷹之介
「今、あっしの掌が女将さんの一番柔らかい処の真ん前にごぜえやす。
 其処から『陽』の気が出てめえりやす…陽は太陽の陽、
 ぽかぽかと暖かい気が出て参りやす。女将さんの其処は陰の気、
 柔らかい虚ろな処が物を引っ張り込む気でございます…
 ほら、あっしの手から出た陽の気が、陰の気に曳かれて
 女将さんのそこにどんどん入ってめえりやす…」
女将
「…はぁ…」

女将の口から吐息が漏れ、身体がゆっくりとくねり始める。
益々目を丸くする主人、思わず勝造の腕を掴んでいる。

鷹之介
「ポカポカの陽の気がさねの回りに集まってめえりやした。
 さねが陽の気にさすられて、何だかムズムズして来やしたね…
 ムズムズして何だか太股を摺り合わせたくなってしまいますね…
 ムズムズするけど、何だかさねが熱くなって気持ちがいい…
 堪らないくらい気持ちが良くなって来やしたね…ああ、もう堪らない…」
女将
「…嗚呼…嗚呼…」
鷹之介
「女将さん、腰が動いてますよ、色っぽい腰つきだねぇ…
 どんどん激しくなってきた、激しくなってきましたよ。
 あらら、大事な処がえらいことになってますなぁ…大水だ。
 どんどんどんどん、溢れてくる…もっともっと溢れてくる。
 子壺の中で陰陽の気が混じり合い、ぐるぐるぐるぐる廻って
 どんどんどんどん熱くなる…熱くなって切なくなる…
 濡れた穴ん中がひくひくひくひくと動き始める…動き始める…
 どんどんどんどん気持ちが良くなって良くなって…
 陰陽の気がどんどん膨らんでゆく、堪らない堪らない堪らない…
 まだまだ、まだまだ膨らんでゆく…ああ息が止まる、堪らない!
 ぎゅーっとぎゅーっと我慢して我慢して我慢して…解き放つ!」

女将
「あ、逝く!」

女将、断続的に全身を痙攣させ、それが次第に小さくなって動きが止まる。
主人、腰が抜けた様にへたり込み、勝造の口から長い息が漏れる。
子分、股間を押さえて身体が揺れる。
鷹之介、女将の耳元に顔を寄せる。

鷹之介
「あっしが三つ数を数えると女将さんはすーっと目が覚めます。
 今のことは頭から全部忘れて、心晴れ晴れとすっきりした按排で…
 けれど女将さんの身体は覚えておりやす。
 旦那さんに抱かれたら、さっきの気持ちよさが蘇ってめえりやす。
 気持ちよくって気持ちよくって堪らなくなりやす。
 心が開き、子壺も開いて旦那さんの精を思いっきり吸い込みやす。
 このことは身体の奥に仕舞われておりやす。
 目が覚めても抱かれるまでは思い出しやせん…さあ、ひぃ、ふぅ、みぃ!」

鷹之介が手を打つと女将目を開く。

女将
「…あら、あたし、どうしたのかしら?疲れが出たのかしら寝ちゃうなんて…
 ごめんなさいね。もう覚悟は決めたから始めて下さいな。ね、いいでしょあなた?」
主人
「お前…何も…あ、いや、何もせんでもええ…ワシも何か疲れてしもうた。
 帰ってゆっくりしたい。な。…親分さん、お先に失礼いたします。」
女将
「…え、そうですか…あの、ごめんなさいね。主人もこう申しますので…
 あたしは今寝ちゃったからかしら…とっても気分が良いんですけど…
 折角…贈り物を…って…それでは御免遊ばせ。」

毒気を抜かれた主人、小判の包みを置いて先に立つ。
手を引かれて、何やら未練があるように振り返りながら帰って行く女将。

黒駒の勝造
「鷹之介さんとやら…面白かったわ。来たときは、また呼んでくれ。」
鷹之介
「ありがとうございます。ますます精進いたしやす。」

勝造と子分も一礼して帰って行く。
灯りを大きくし、あたりに散らばっていた
(行商もしてるらしい)性具を片付ける鷹之介。
子分が帰って来る。鷹之介に頭を下げる。

鷹之介
「何か忘れ物ですかい?ここには無かったようですよ。
 お代でしたら旅籠のご主人にもらっておりやすんでご心配なく…」
市松(黒駒の勝造の子分)
「いや…あんた…独り身かい?」
鷹之介
「女房・子供が居るように見えやすかい?…天涯孤独の身の上で。」
市松
「そいつは良かった…実は折り入って頼みてえことが有るんだが…」
鷹之介
「頼み事ですかい?」
市松
「荷物が片づいたら、ちょっと来てもらいてえ場所があるんだ、
 何、要件は歩きながらでも、ぼつぼつ…お願い出来るかい?」
鷹之介
「わかりやした」

市松、鷹之介の荷物を持ってやって、二人、歩き出す。
しばらく黙っていた市松だが、

市松
「済まねえが、おいらの女房をもらってやっちゃあくれねえか?」
鷹之介
「そいつはまた…どういう訳ですか?」
市松
「猿橋の銀次というけちな渡世人が居りやして…
 黒駒の勝造親分が銀次の兄貴分と兄弟杯を交わしてるのを当てにして
 清水の次郎長一家と事を構えやがった…。勝造親分は銀次を嫌ってて
 助っ人なんざ送りたくもねえが、義理もあるんで形だけはと…
 下手をうって破門寸前のおいらが負けを承知で助っ人に行くことになっちまったんで。
 銀次には…勝造一家で一番強えぇ十人力の鬼松って、
 触れ込みばかりは勇ましくても、
 おいら自慢じゃねえがオギャアと生まれて今まで、
 只の一度もケンカに勝った事がねえ色男の市松だ。
 次郎長一家は本気の出入り、大政、小政に森の石松、鳥羽熊、鬼吉、丑五郎…
 おいらが頼りと前に出されりゃ、とてもじゃねえが命は無ぇ…
 まま、そんなおいらも渡世人の端くれ、勝造親分には恩がある、
 どこでくたばろうが覚悟の上だが、可哀想なは女房のお香…
 『あんたが死んだら生きていられる物か、他の男なんて目にはいりゃあしない。
 あたしも包丁で喉をついて後を追う』って、
 恋女房にそんなこと言われた日にゃあ、心配で死ぬことも出来ねえ。
 おいら、くたばった後まで夫だ妻だと操を立ててもらおうなんざ真っ平御免だ。
 お香にはさっさと嫁ぎ直して幸せになってもらいてぇ…そう思ってるんでございます。
 何とかお香に生きていてもらう算段はねえもんかと思ってたら…
 『冥途の土産だ。お前に珍しい物を見せてやろう』と親分が連れて来てくれたのが、
 此処だったって…そういう訳でござんす。」
鷹之介
「しかし…なんであっしなんかに…」
市松
「お香は、あいつは…生まれついての好き者で日に二度三度と抱いてやらなきゃあ、
 あっしの物を放しゃしねえ…『あんたのこれが無かったら一日も生きられない』って
 そういうんです…だが鷹之介さんの房中術なら、あの手管で抱いてもらったら…
 きっとあいつも気が変わるに違いねえ…そう思ったんですよ。
 …ここがあっしのねぐらでござんす。
 汚ねえあばら屋ですが上がってやっておくんなせぇ。
 俺だ。今帰ったぜ。」

お香、出て来る。

お香
「あんた、お帰りなさい。あら、お客様かい。」
市松
「ああ、大事なお方だ。失礼の無え様にな。
 と、いっても酒の肴も無えだろう、これで何か買ってきてくんな。」

と、お香に銭を渡す。

お香
「そうかい…この辺りじゃロクな物もありゃあしない。
 お前さん、ちいっと時間が掛かっても大丈夫かい。」
市松
「いいとも。ちびちびやりながら待ってるからよ。」
お香
「それなら、行って参ります…何も無い家ですがごゆっくり。」

市松、お香の後ろ姿を目に焼き付けるようにじっと見送る。
振り返って。

市松
「じゃあ、後は頼みます…これであっしも思い残す事はねえ…」

と出て行く市松。
見送り、置いてある黄表紙をめくったり、着物の柄を観たり、干してある腰巻の匂いを嗅いでみたり…
あちこちを鷹之介が調べていると…帰って来るお香。

お香
「お前さん、ちょうど角を曲がった処で行商の魚が買えたんだよ。これで作るからちょいと…あれ?
 お前さん?あの…うちの宿六、どっかへ…」
鷹之介
「市松さんなら用足しに出たよ…実はちょっとお願いがあるんだが、良いかい…
 どうも目にゴミがはいっちまったらしくて、さっきからゴロゴロしてこまってるんだ。
 ちょいと見てくんねえかな…」
お香
「あらあら、そいつはいけないね。こっちの明るい方へお出でな。」

お香、鷹之介の眼を覗き込む。

お香
「…見えないねえ…どの辺り?」
鷹之介
「この目の目がしらの辺りなんだが…動いちまったかも知れねえ…
 すまねえがお香さんのべろで舐めとっちゃあくれないか…
 お袋は目にゴミが入ると、いっつもそうしてくれてたんだ…」
お香
「え…べろで?…そりゃあいいけどさ…べろで?」
鷹之介
「ああ、そっと、優しい心持ちでお願えしやす…」

お香、鷹之介の眼球を舐める。

鷹之介
「…ああ…いい気持ちだ…お香さん、念のため、もう一度お願えしやす…」

お香、舐める。

鷹之介
「…ああ…とてもいい…お香さん、もう一度…」

お香、舐める。

鷹之介
「そのまま…お香さん、こうして舐めてると、だんだんと…だんだんと…
 ああ…気持ちよさそうだなあ…と…
 自分が舐められたらどんな心持ちがするか…気になって…めえりやせんか?」

お香頷く。鷹之介、さっと体を入れ替えて、ゆっくりと顔を近づけ、お香の眼を舐める。
お香の口から吐息が漏れる…暗転。

市松闇の中にスポットで浮かぶ…必死に戦っている。
だが多勢に無勢、腹を突かれ足を斬られ、眉間に傷を追い…
市松の耳にはお香の喘ぎ声が聞こえている。

市松
「お香!股ぁ開いてるか!…男の腰を引き寄せて、ぐっと捕まえたら、
 金輪際放すんじゃねえぞ!幸せに暮らすんだぞぉ!」

一際高いお香の叫び声と同時に、市松の腹から竹槍が飛び出す。

市松
「お香…」

市松絶命する。暗転。

灯りがつくと鷹之介の技で散々昇天させられたお香が夜具の上にだらしなく寝転んでいる。
傍らで酒を呑んでいる鷹之介に

お香
「あーあ、台無しだぁ。
 あの人…良い人なんだけど、馬鹿正直で裏も表もわかりゃしない人なのさ…
 あたしが死ぬわけないのさ。ただね、そう思ってて欲しかったの。
 俺が死んだら女房も後からすぐ来るって、そう思ってにっこり死んで欲しかったのさ。」
鷹之介
「じゃあ…」
お香
「初七日までは張り方でも何でも使って誤魔化すが、それが済んじまえば、またどっかで
 良い男を見つけるさ。あたしゃ、この道が好きすぎて13の歳に自分から女郎になり、
 三島の宿でちったあ名を売ってたぐらいなんだよ。男無しじゃあ三日も持ちゃしないさ。」
鷹之介
「なんだか、そんな気がしておりやした。」
お香
「あたしにもおくれよ…あの人の弔い酒だ」

と飲み干し

お香
「さてと、黒い紋付きでも着て、あの人の骨…拾いに行ってやろうかね…」

と言いながら布で涙を拭う。

鷹之介
「お香さん…そいつは、」
お香
「てやんでえ。女郎が客のフンドシで涙を拭って、何の不思議があるもんか!
 亭主の逝った日にあたしをこんな目に遭わしたんだ…責任取ってもらうよ…」

お香くるりと転んで鷹之介の腿を枕にし、陽物を弄ぶ。

鷹之介
「参ったなぁ…こりゃあ…」