【新訳】ロミオとジュリエット バルコニー場面のみ

W.シェークスピア:作
白神貴士:翻訳



【登場人物】
ロミオ
ジュリエット
乳母(の声)


第2場 キャピュレット家庭園

ロミオ入って来る


ロミオ
 あいつは痛みを知らないから人の傷跡をえぐれるんだ…….
 (ジュリエットが二階の窓に…)
 おや!窓から光が洩れた。東側か…ジュリエットこそ太陽だ
 穢れなき太陽が昇り、哀しみに蒼ざめた嫉妬深い月を消し去る。
 月光に照らされているしもべたちは主よりマシだろうが、
 月のしもべになることはない。その青白い嫌な色のお仕着せを
 脱ぎ捨ててしまえば良いのだ。(ジュリエットに気付いて)
 あれは!…彼女だ…私の愛する人…この心は伝わっているはず。 
 何もしゃべらない、話してはいないが、それが何だ。
 眼が語っている…それに応えよう…いや、待て待て。
 彼女が語っているのではない、天界で最も美しい星二つが
 用を済ませて戻るまで、代わりに光っていて欲しいとでも
 彼女に頼んだのだろう。
 彼女の瞳が天空で、星が彼女の顔で光るとしたら、どうだ…
 昼間に灯したランプの様に、ジュリエットの頬の輝きに
 星たちは顔色を失くすだろう。逆に天空は彼女の瞳に照らされ、
 鳥たちは夜明けの歌を歌い始めるに違いない…
 見て!彼女が手に頬を乗っけた…ああ、手袋になれたら、
 あの頬に触れられるかも知れないのに……


ジュリエット
 ああ……!

ロミオ
 声が聞こえた。もう一度聞かせて 、輝ける天使!
 頭上に聞こえるその声は天国からの翼の生えた使い…
 夜に栄光をもたらし、眼を白黒させて見上げる者たちの頭上で
 緩やかに流れる雲を見下ろしながら天を渡ってゆく…

ジュリエット
 ロミオ、ロミオ! 何であなたはロミオなの?
 あなたがお父様とその名前を捨てたら…
 それが駄目でも、私と愛を誓ってくれるなら、
 私はすぐにキャピュレットで無くなるだろうに……
 

ロミオ
[傍白] これ、聴いてていいのか?…返事すべきかな……

ジュリエット
 これは私の敵の名前…でもあなたが『モンタギュー』じゃない。
 あなたはあなた自身。『モンタギュー』って何?
 手でも足でも腕でも顔でもない。
 切り離せない身体の一部という訳じゃない。
 名前って何? 別の名で薔薇を呼んでも
 姿も香りも変わらない。
 その名前を捨てても、あなたはパーフェクト。
 名を捨てて…私の全てを奪って!

ロミオ
 奪います!お言葉に従います!
 恋人とお呼びください。
 その言葉で、生まれ変わります。
 もはやロミオではありません。

ジュリエット
 闇にまぎれて聴いていたのは誰?
 私の秘密を…

ロミオ
 名前では…私が誰かを伝える術がありません。
 聖なるあなた…私は我が名を憎みます。
 あなたの敵の名前ですから…
 ああ、我が名を引き裂きたい。

ジュリエット
 お話になったのをそんなに聴いてはないんですけど…
 聞き覚えがあるお声…もしかして、モンタギューの、
 ロミオ様なの?

ロミオ
 どうでしょう…清らかな方, もしあなたが嫌いな名なら…

ジュリエット
 どうやってここへ?なんで来てしまったの?
 あんなに壁も高いのに…大変だったでしょ?
 それに、ここは死の危険のある場所。
 あなたが誰かって事を考えなかったの?
 もし、誰かに見られたら……

ロミオ
 愛の翼で軽々と超えて来ました。
 石造りの境界などで愛を締め出すことは出来ません。
 愛に出来る事は進むことだけ、あなたの親族だって
 止める事は出来ません。

ジュリエット
 もし見られたら殺されます。

ロミオ
 20本の剣より、あなたの眼の方が怖い。
 その甘美な視線が彼らの敵意に勝ります。

ジュリエット
 何が有っても見つけさせたくない。

ロミオ
 夜のマントに隠れましょう。
 けれどもし、あなたが愛してくれるなら
 彼らに見つかって殺されるのも素敵な最期です。

ジュリエット
 誰が、ここを教えたの?

ロミオ
 愛です…私に促し、知恵を貸し、眼になってくれたのは。
 私は航海士ではありませんが、大いなる岸辺より大海の彼方へ、
 遥かなるあなたを求めて冒険の航海に乗り出したのです。
  
ジュリエット
 夜の仮面が私の顔を隠してくれてますよね?
 じゃなかったら、とても恥ずかしい…
 あなたに聴かれてしまったもの…もう嘘だとも言えない。
 礼儀作法とおさらばして、ずばり聞きます…
 私を愛してる? …知ってる、答えは「うん」ね。
 そう信じてます…でも誓わないで。
 恋人たちが誓いを破るのは神様も笑って許すというから…
 ロミオ、優しい人…愛してるならはっきりそう言ってね。
 それとも、それじゃあんまりすんなり行きすぎると思ってるなら
 怖い顔して拗ねてあげる…(笑) そうじゃないのなら…
 本当に大好き過ぎます…モンタギューの良い人。
 明け透けすぎて「どういう娘だ」って思った?
 でも信じて!もっともっと真実を証します。
 世の中のずるい人たちよりも、
 普段の私はもっと余所余所しいタイプだけど
 あなたには私の本当の愛も情熱も知られてしまったから。
 だから、許してね。そして、夜の暗さに誘われた
 軽はずみな恋だとは思わないでね。

ロミオ
 レディ、祝福された月の女神よ。
 私は誓います…あの銀のしずくのような果樹のてっぺんの…
  
ジュリエット
 おお、月に何て誓わないで!あんな移り気な天体に!
 毎月、あれほど姿を変える球体に!
 あなたの愛がどんどん変わってゆくと誓っているようなものです!

ロミオ
 あ、じゃあ何に誓えば…?

ジュリエット
 「誓わないで」って言ったよね?
 誓いたいなら優雅なあなた自身に誓って。
 あなたは私のアイドルなんだもの。
 それなら信じます。

ROMEO
 マイラヴ…もし私の心が…

JULIET
 ああ、やっぱり誓わないで。お気持ちは嬉しいけれど
 今夜すぐ誓いを立てたいとは思いません。
 早すぎます。アドバイスもないし、突然だし…
 まるで稲妻みたい。軽すぎると思いません?
 恋しい人、おやすみなさい。
 今夜芽生えた愛の芽は、次にお会いする時には
 夏の熱い吐息の中で美しい花びらを開くかも知れません。
 さよなら、おやすみなさい!
 甘い慰めと安らぎがあなたの心と私の胸に宿りますように。

ロメオ
 ああ、満たされぬまま別れるのですか?

ジュリエット
 今夜、どんな満足を欲しいというの?

ロメオ
 「誠実な愛の誓いの交換」です…

ジュリエット
 それはもうあげたはずですが…?
 やりなおしましょうか?

ロミオ
 あ、撤回するんですか?なんのために?愛?

ジュリエット
 素直に聞いて下さいね…取り返さずに、もう一度あげるんです。
 私の恵みは海のように汲んでも汲んでも尽きないのです。
 私の愛はうんと深いんです…もっともっと差し上げます。
 どちらも無限にあります。
 (乳母の呼び声)
 何か聞こえる…さよなら恋しい人。
 (乳母に)アノン判った…(ロミオに)愛しいモンタギュー、信じて。
 ちょっとだけ待ってて。また来るから。

出て行く

ロミオ
 何という素敵な夜だ…怖ろしい。
 夜だけに、これは全部夢じゃないだろうか…
 あまりに都合よく、信じられぬくらい甘美すぎる…

ジュリエット、再び入って来る。

ジュリエット
 三つだけ、愛するロミオ、それで今夜はさよなら…
 あなたの愛が本当で、結婚が目的なら、
 明日、言葉を送って下さい。使いを送ります。
 何処でいつ式をあげましょうか?
 私の未来は全てあなたの足元に投げ出します。
 どこまでもあなたについて行きます。
 私の世界の支配者に…

乳母
[中で] 御主人様!

ジュリエット
 今行きます、アノン…
 (ロミオに)もし気に喰わなかったら、どうか…

乳母
[中で] 御主人様!

ジュリエット
 行ってるところです…
 (ロミオに)この話を断って、私が嘆こうが放っておいてください。
 明日、使いを送ります。

ロミオ
 心がはやる……

ジュリエット
 千回のおやすみを!良い夜を!

出て行く

ロミオ
 千回の寂しさだ…あなたの光が欲しい。
 恋人は恋人に向かう、生徒が教科書を離れる時の様に嬉し気に
 恋人が恋人から離れる時は、登校時のように暗い顔だ。
 
下がる

階上にジュリエットが再登場

ジュリエット
 (口笛) ロミオ(口笛) 鷹狩りの匠のように呼び戻せないかしら…
 雄の鷹のように帰っておいで!
 囚われの身は辛い、か細い声しか出せないもの…
 そうで無かったら山彦の住むという洞窟を壊し、山彦の声を奪って
 ロミオの名を大声で繰り返し叫ぶのに!

ロミオ
 
 魂が私を呼んでいる。
 銀の鈴のような音色…夜の恋人の歌う甘い調べが耳にささやく

ジュリエット
 ロミオ!

ロミオ
 愛しき人?

ジュリエット
 明日、何時に使いを送りましょう?

ロミオ
 9時に。

ジュリエット
 明日じゃなくて20年後の話でも絶対に間違いません。
 …あれ、何で呼び返したんだったっけ?

ロミオ
 思い出すまで、ここに居ます。

ジュリエット
 あなたに居てもらいたいから、忘れていようかな。
 どれほど一緒に居たいかを覚えてもらうために…

ロメオ
 留まります。あなたに忘れていてもらうために。
 ここ以外に家のある事も忘れます。

ジュリエット
 もう朝が来る…あなたを行かせなくては…
 ワントンの鳥みたいね。誰が飛ばせるかしら。
 哀れ囚われた鳥、身体を懸命にねじっても
 脚に結んだ糸で引き戻される…
 羽ばたこうとする彼の自由に嫉妬して。

ロミオ
 私はあなたの鳥です。

ジュリエット
 愛しい人…そうならいいのに…
 でも私なら、もっと大事に慈しんでから殺さないとね。
 おやすみ、おやすみなさい! 別れはこんなにも甘く哀しい。
 明日まで…おやすみなさい。

去る。

ロミオ
 その眼に眠りを、その胸に安らぎを!
 私がその「眠り」と「安らぎ」になれるものなら、どんなに心が休まるか…
 さて、私は神父の処に行き、この幸福を語り、アドバイスをもらおう。

退場。

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