タケルの剣             作 白神貴士

【キャスト】

タケル(ヤサカの王の息子、“地獄の王子”13歳)
スーサ(ヤサカの老王)
ソーマ(スーサの甥、ヤサカの将軍)

ナーガ(ヤアタの王女、“聖剣士”11歳)
イザーナ(ヤアタの王女、“死の女神”9歳)
サクヤ(イザーナの妹4歳)
ザン(ナーガの従姉、“聖剣士”)
ヒミ(ナーガたちの母、ヤアタの女王)

トラエモン(剣客?山賊?謎の男・・実はヤサカの忍び)
フジ(トラエモンの押しかけ女房?謎の女・・実は同上)
ボンゾ(タケルの御伽衆=道化+護衛)
ドラッキー(ソーマの姪、タケルの御伽衆=道化+護衛)

ヲヅノ(封印された“タケルの剣”を護る仙人)

ヤアタの女官
ヤアタの軍勢(基本的に女兵士)数名

ヤサカの軍勢数名

ナレーター
他に【タケルの剣の伝説】の登場人物(シルエット?)たち

____________________________

第1場【プロローグ・ヤサカの城内】

ダンス・パフォーマンス、プロジェクターの映像&字幕とナレーションを想定

ナレーター
「それは人がまだ“愛”という言葉を創り出す前の話・・・
 青い海に浮かぶ美しい緑の島々があった。
 ヤマトと呼ばれるこの島にヤアタとヤサカという二つのクニが生まれ、
 剣と魔法の長く激しい戦いが続く中、木々の緑も、海の青も、
 いつしか陰鬱な灰色に染まっていた。
 ヤアタは女王ヒミの治めるクニ。
 “死の女神”と呼ばれる強大な霊力を持つ王女“イザーナ”の誕生以来、
 有利に戦いを進めていた。
 中でもイザーナの霊力に護られて進撃する聖戦士の部隊は
 負けることを知らぬ活躍ぶりだった。
 一方、ヤサカでも、年老いたかつての英雄、
 国王スーサの若く勇敢な息子“タケル”を“地獄の王子”と呼び、
 奪われた領地を取り戻すべく反撃の準備を進めていた。
 が、タケルの本当の姿は・・・」

ナレーションの途中から、ヤサカ軍の激しい戦闘訓練がフェード・イン。
ボンゾ相手に美しい戦いぶりを見せるタケル。見守るスーサ。
突然、体勢を崩すタケル。しかし素早くボンゾの足を払い転倒させる。

タケル
「すまない。ちょっと待ってくれ。」

タケル、足元から何かを拾い上げ、高くあげて手を開く。
視線で飛び去る虫を追っている。

スーサ
「何をしておる・・・?」
タケル
「テントウ虫を踏みそうになったんだ。赤くてかわいい奴を。」

スーサ、顔を真っ赤にしてタケルを殴りつける。

スーサ
「いいかげんにしろ!!戦場でもそんなことをするつもりか!
 訓練を何だと思っている…皆、真剣勝負でやっているのだ。
 虫を踏もうが糞を踏もうが、そんなことに気をとられていては
 命を落とすということが判らぬか!

タケル、頬を押さえションボリして聞いている。

スーサ
「タケル。おまえの名は古代の英雄の名前だ。
 このヤマトの島々がまだ緑に包まれていた頃、
 まだ海が空が青々と美しかった頃、
 タケルという名の無敵の勇者がいたという。
 わしがおまえをタケルと名付けたのは、
 おまえが古代のタケルのような本当の勇者に育つことを望んだからだ!
 わしを見ろ!『破壊王』と呼ばれたのは、もう昔だ。
 だがこの筋肉をこの傷跡を見ろ!
 北の小さな部族の族長から身を起こし、
 戦場を駆けめぐってヤサカのクニを作り上げた真の勇者を見ろ!
 お前は、この勇者の息子だ!
 待って待って、やっと生まれた男の子、俺の跡継ぎだ!
 …そのお前が蝶だ花だと姉や妹たちのようなことを言っていてどうする?
 お前は戦うために生まれた『地獄の王子』なのだ。
 その名前にふさわしい男になるにはどうすればいいか…よく考えるのだ!
 よし、訓練終了だ。全隊解散!夕食にしろ!」

スーサ、タケルの頭をポンと押さえてから悠然と去る。
ドラッキーとボンゾがタケルを慰めようと寄って行こうとした時、
タケルが両耳から耳栓を外す。

ドラッキー
「おうじさまぁ?!」
ボンゾ
「このぉ!せっかく人が…」
タケル
「…慰めてくれても、いいよ。…あの人、声大きいから結構聞こえてるんだ。
 まあ、いつものことで馴れちゃったけどね。」
ドラッキー
「タケル様、お父上のことを『あの人』などと呼ぶのは如何かと、思います。」
タケル
「ドラッキーは自分の父親を何と呼ぶ?」
ドラッキー
「…え、わ、わたくしは父を知りません。
 生まれて間もない頃に戦いに倒れたと聞いています。」
タケル
「…いいね。僕の父上も死んでくれていれば、
 あんなにガミガミ言われる事もないし…
 そしたらきっと『あの人』なんて呼ばなくなる。」
ドラッキー
「何て事をおっしゃいます!
 あんな立派なお父様がいらっしゃいながら…
 死んでいればいいなんて…(涙)
ボンゾ
「タケル様あきまへんで、ドラを泣かせたら。」
タケル
「ごめんよ、ドラッキー。…冗談だ。許せ。」
ドラッキー
「〔泣く〕…冗談で済むことと…済まないことが…
 私の父も生きてさえいれば…あんな方であっただろうかと…
 いつだって…尊敬している大王(おおきみ)様を…(泣く)
タケル
「わかったよ・・もう父上の事をあの人って言わないし、
 死ねばいいなんて言わないよ・・・。ね、だから泣かないで!」
ドラッキー
「バア!(笑い顔)」
タケル
「ひどい!何て奴だ…」
ボンゾ
「王子がやさしすぎるんや!
 王様なんてのは、もっと情け無用の厳しい方やないと、あかんて。
 こんなドラ公なんかにだまされてたらあきまへん。世間は甘うないで。」
タケル
「王子なんかに生まれなけりゃ良かったんだ…」
ボンゾ
「そうかも知れん…公平にみてもわいの方が王子向きかも知れへんな。
 なあ、ドラ公そう思わへんか?
 タケルはどない見ても軍人向きやないしな。」

ドラッキー、ボンゾをハリセンでしばく。

ボンゾ
「いてっ!何すんねんな!?」
ドラッキー
「王子様とタメ口聞ける身分ですか!わきまえてください!」
ボンゾ
「えぇやないか…!わしら道化やで、表向きは!
 ドラみたいにまじめくさってガチガチやったら秘密の護衛にもならんやろが!」

ドラッキー、ボンゾを激しくしばく。

ドラッキー
「誰が“ドラ”なの…あたしの方が先輩でしょ!女だと思って馬鹿にして!」
ボンゾ
「おとなしゅしとったらつけ上がりくさって、このアマ!」

ドラッキーとボンゾ喧嘩を始める。

タケル
「やめてよ!僕のことで喧嘩しないでよ!」
ボンゾ
「おのれとはいつか決着つけなあかんと思てたんやっ!」
ドラッキー
「何が決着だ!このセクハラ男っ!」
ボンゾ
「誰が!おのれみたいなヘチャムクレに…ありがたいと思わんかい!」
タケル
「二人とも、やめてよ!僕がいけないんだ!
 僕さえ、あの人の望むような子供に生まれてたら良かったんだょ!
 だから…僕のせいなんだよ…誰も…悪くないんだよぉ・・(泣く)」
ドラッキー/ボンゾ
「…タケル様!」

二人、喧嘩をやめてタケルの側に。

ドラッキー
「しかたないんですよ。
 スーサ様は戦場から戦場への暮らしでお城にはいらっしゃらないし、
 タケル様はお姉さまたちに囲まれて男子禁制の大奥で育てられた
 末っ子の甘えん坊なんですから…
 戦に疲れ果てたこのヤサカのクニであそこだけは別世界なんです。」
ボンゾ
「そやそや!今時、テントウ虫見つけたら
 『おお!蛋白質や、食うとこか』ちゅうのが常識やで!
 そのテントウ虫の這うてる芝生かてお城の外には生えてまへん!
 みんな味噌汁の実ぃや。」
タケル
「戦(いくさ)とは、そんなに大変なものなのか…」
ボンゾ
「まあ、知らんちゅうのは幸せな事や…」
ドラッキー
「その大変な戦を終わらせるためにも、タケル様が立派な戦士になられ、
 わがヤサカを率いて悪魔のクニ=ヤアタを滅ぼし、
 このヤマトの島々を統一しなければならないのです。」
タケル
「父ではいけないのか?父は立派な戦士だろう?」
ドラッキー
「もちろんお父上は立派な戦士です。
 剣を振るっては敵う者なく、魔力、霊力のレベルだって
 敵の女王ヒミに優るとも劣りません。
 しかし…スーサ様はお年を召されました。
 長い戦場の暮らしで身体のあちこちに古傷も持っておいでです。
 いつまで最前線で戦えるか…、
 だからこそ、タケル様の成長を待ち望んでおられるのです。」
タケル
「やはり、僕が悪いんだ…僕が勇敢な戦士の心を持って生まれてたら…」
ドラッキー
「タケル様…」
ボンゾ
「そや!思い出した!…
 タケル様、こないだ耳寄りな話を小耳にはさんだんですわ。
 ヤマトの島々をしろしめす神が棲むと言われているあのフガクの山に
 “タケルの剣”ちゅう恐とろしー武器が眠っとるっちゅう話ですわ。」
タケル
「“タケルの剣”!?」
ボンゾ
「ヤアタのさらに向こうエミシの地にそびえるヤマト第一の山、
 霊峰『フガク』の洞窟に、古代の英雄ヤマトのタケルの使った剣が
 英雄の出現を待って眠っているという話です。
 これは、一振りで10キロ四方の草を薙ぎ倒したということで『草薙の剣』と、
 また剣を使うと黒雲を呼んで、雨を降らせたということで
 『天の叢雲の剣』との名前を持つ剣やそうです。」
ドラッキー
「伝説の剣『クサナギ』…
 そんな途方もない剣があったという只の伝説でしょ?」
ボンゾ
「伝説やない!ほんまにあるんやて!
 ヤアタの霊宝“未来を知る鏡”、ヤサカの霊宝“生死をつかさどる勾玉”に
 勝るとも劣らんホンマモンの霊宝なんや!!
 フガクの洞窟で見たというエミシの商人が居たんやて。
 ヤアタの城からも調査隊が出たけど見つからなんだんや。
 どや、タケル様、そいつを探して見いひんか?」
タケル
「…たとえそんな武器があったとしても、きっと僕じゃあ駄目さ…」
ボンゾ
「ちっちっちっ…それがちゃいまんねん。
 その剣は持った者は狂戦士=狂った恐ろしい戦士に変える…
 例え子ウサギであっても熊の大群を皆殺しに出きるようになるんや!
 持つ者を選ばへん、誰でも世界一強い勇者になれる剣なんや!」
ドラッキー
「そんなドラエモンみたいな話が…馬鹿馬鹿しい。
 誰が信じるもんですか!ねえ、タケル様…あ、目がキラキラ?」
タケル
「僕は信じるよ…!
 それさえ手に入れば僕は父上の望んだ通りの英雄になれる!
 信じたいんだ。たとえ…法螺吹きボンゾの言葉でも!」
ボンゾ
「そうそう、法螺吹きボンゾの言葉でも…って、何やて!」
ソーマ
「何やら楽しそうだな。」

将軍ソーマが現れる。

ボンゾ
「これはソーマ将軍、国境の見回りに行っておられたとか?」
ドラッキー
「お久しぶりです叔父上。」
ソーマ
「うむ。タケル様、訓練は進んでおられますか?」
タケル
「…実は、その事で相談があるのです。私は剣の腕には自信があります。
 近衛兵の中に私に勝てる者はもう、おりません。
 今の私に必要なのは心を鍛えることだと思うのです。」
ソーマ
「ふうむ・・・なるほど。で?」
タケル
「クマノの森でオオカミやクマと戦って、度胸をつけたいと思うのです。
 いわば実戦トレーニングです。
 一週間ばかり行って来たいので、そう、父上にお伝えいただきたいのです。」

ドラッキーとボンゾ、顔を見合わせる。

ソーマ
「それは、また思い切った事を…なんで、また?」
タケル
「父が若い頃にはタンバやロッコで獣相手に修行したと聞きました。
 私も、父のようになりたいのです!」
ソーマ
「さすがタケル様!それでこそ、ソーマ様の息子です…。
 しかし、今は戦の最中でもありますし、
 クマノはヤアタの国境からも、さほど遠く無い場所です。
 ソーマ様のようにおひとりで修行という訳には参りますまい。
 お供はどうされます?」
タケル
「ドラッキーとボンゾが是非お供したいと言ってくれました。ねえ、ボンゾ?」
ボンゾ
「ええ、われら二人がいれば大丈夫です。
 ソーマ様、後ほど食料や必要な武器・装備を取りに参りますので
 倉庫の鍵番に伝えておいていただけますか?」
ソーマ
「なるほど、それなら心配は無用なこと。私の方から伝えておきましょう。
 ドラヒメ、タケル様をしっかりお守りするんだぞ。」
ドラッキー
 「はい…あの…」

何か言いたげなドラッキーの口を後ろからボンゾが押さえる。

ソーマ
「では王子様、失礼いたします。
 ご出発の時はお知らせください、クマノまで護衛の兵をつけましょう。」
タケル
「ありがとうソーマ将軍。よろしく頼む。」

ソーマ去る。見送る三人。あっけにとられているドラッキー。

ドラッキー
「クマノへ行くなんて聞いておりませんが…あの?」
タケル
「クマノへなんか行かないよ。」
ドラッキー
「え、でもさっき…」
ボンゾ
「勘の鈍い奴やなぁ。わしらはフガクへ行くんや。」
ドラッキー
「ええっ!?」
タケル
「今夜、僕たち三人は城を抜け出して、ヤアタの国境へ向かう。
 目指すは遙かエミシの地、霊峰“フガク”の洞窟だ!」
ボンゾ
「ドラのおとんにああ言うといたら、わしらがおらんようになっても、
 そう大騒ぎにはならんやろ。さすがはタケル様や。
 そうと決まれば倉庫へ急ぎましょう。
 ヤサカ城の倉庫ならアイテムは選り取り見取や!ドラ公いくで!」

とタケルとボンゾ行きかかる。

ドラッキー
「どうも心配だ…胸騒ぎがする。」
ボンゾ
「何、爺むさい事言うてんねん、早よ来い!」

ボンゾ、ドラッキーを引っ張ってタケルの後を追う。
ソーマ、陰より姿を現し、闇の中の声に下知する。

ソーマ
「どうも様子がおかしい。タケル王子から眼を離すな。」
声(二人分)
「はっ!」

暗転。

_________________________

第2場【ヤアタの宮殿】

舞台は変わってヤアタの宮殿の夜景。
見るからに妖しい雰囲気を醸し出す照明の中、
女王ヒミと護衛の兵士がいる。銅鑼の音がした。

ヒミ
「誰か来たようだね…。」
兵士の声
「死の女神イザーナ様のお越しです!」

リング・アナウンサーか、アニメのナレーターのような口調。
K−1ファイターの入場テーマ曲のような大仰なBGMで
中国武術かテコンドーの表演の如く華麗に空中に舞う二人の兵士に続き、
鳥頭の仮面をつけた二人の兵士の肩に乗って、
これも妖しく美しい仮面をつけた“死の女神”イザーナが登場する。
後から聖戦士であるナーガとザンが続いて登場。
イザーナ兵士に支えられて肩から降り、仮面を取ると、まだ幼い少女。

イザーナ
「何でこんなに暗いの!
 …ママ、この陰気な照明とか暗い音楽とかいい加減やめてよね!
 自分のお城でなんでこんな事いちいちやらなきゃならないの?
 もう、うんざり…」
ヒミ
「おだまり!
 壁に耳あり障子に目あり、空に星あり床下白蟻っていうんだよっ!!」
イザーナ
「寒むー!ここは日本建築じゃないからわかんないわよ!!」

女王ヒミ、気を取り直して。

ヒミ
「イザーナちゃん…あなたはね、
 その名前を聞くだけで敵国ヤサカの全軍が震え上がるという
 “死の女神”イザーナ、“暗黒の王女”“蘇るサダコ”“女ハンニバル”
 イザーナなのよ…!!」
イザーナ
「何それ!馬鹿みたい!勝手にあだ名つけないでよ!しかもセンス最悪!」
ナーガ
「イザーナ!いいかげんにしなさい!」

ナーガがイザーナの両腕を捕まえて叱る。

イザーナ
「姉さんなんて大嫌い!みんな…大っきらい!!」
ナーガ
「イザーナ・・あなたの気持ちは判る。けれど今は普通の時じゃないの。
 あなたが“死の女神”として敵を震え上がらせているからこそ、
 ヤアタが勝ち続けていられる…たくさんの味方の命が助かるの、わかる?」
イザーナ
「なら、ならナーガ姉様が“女神”になればよかったのに!
 ナーガが断るから、何も知らなかった私が…。姉様がなればよかったのに!」
ナーガ
「…イザーナ…」
ザン
「イザーナ様。この戦が終わるまでがまんするのです。
 ヤサカの悪魔たちも“地獄の王子”タケルをリーダーとして
 反撃の準備をしているとのウワサです。奴らが反撃してくる出鼻を挫き、
 総攻撃をかけて一気に戦のカタをつけるために全軍が集結中です。
 今少し、今少しの辛抱です。」
イザーナ
「本当・…?もうすぐなのね?もうこんなドレス着なくてもいいのね?
 人の命を吸い取ったり、心を凍らせたりしなくてよくなるのね?
 昔の本にあるように笑ったり、遊んだり、おしゃべりしたり、
 男の子を好きになったりしていいのね?…もうすぐなのね?」
ヒミ
「一週間…いや五日もあればカタはつく。確かにお前たちにも苦労をかけたね。
 長い戦いだった。けれど本当に終わりだ…で、今日は何かあったのかい?」
ザン
「はい、先程イザーナ様の鏡が未来を映し出しました。」
ヒミ
「おお、そうか。ヤアタの鏡が像を結ぶのはクニの行く末に重大な事の起きる徴。
 一体、何が映ったのだ?」
イザーナ
「ヤサカの若者数人がフガクの山を目指して進む姿…」
ヒミ
「フガクとな!?間違いないか?」
ザン
「はい、わたくしの目にも確かにフガクかと。
 ヤサカからフガクに向かうにはわがクニを通らずには行けぬはず、
 一体どうやって…」
ヒミ
「そんな事はどうでもよい、問題はフガクじゃ!
 ヤサカの者をフガクに近づけてはならぬ!おそらく奴らの狙いは“タケルの剣”、
 ヤサカの手に落ちれば戦の勝敗もわからぬわ…
 わずかな人数でヤアタを突破する程の敵、手強いに違いない。
 が、総攻撃の兵を裂くわけにもいくまい。何かよい思案があるか?」
ナーガ
「私が参ります。“聖戦士”の称号にかけて、
 そのタケルの剣とやら、ヤサカの手には渡しませぬ。」
ヒミ
「ナーガなら間違いはないでしょう。剣の腕も霊力もヤアタのクニで一、二。
 ナーガで駄目なら誰が行っても同じ事でしょう。では、この使命はナーガに。」
ナーガ
「早速、出発いたします。では…」

ナーガ、出発してゆく。サクヤが入れ替わりに女官といっしょに現れる。

ヒミ
「サクヤ!お前はどうしてここにいるの?
 カミシマの叔母様の所にいたはずなのに…?」
サクヤ(おつきの女官が代弁してもいい)
「おかあさまがケンカしてる夢をみたの。
 『やめて!』と思ったら、ここに来ちゃってたの…」

ヒミ、サクヤを抱き上げる。

ヒミ
「幼いうちから、霊力が強すぎるのも困りものだ。わたしはもう休みましょう…
 イザーナ、お前も明日は全軍の指揮をとらねばならぬ。
 ゆっくり休んでおきなさい。」
イザーナ
「はい、女王様…」

女王ヒミ、サクヤ・女官・護衛と共に退場する。
イザーナ見送ってから

イザーナ
「ザン…」
ザン
「なんでしょう?」
イザーナ
「これを持って、ナーガについていって。」

イザーナ、“ヤアタの鏡”をザンに渡す。

ザン
「これは“ヤアタの鏡”…総攻撃にお持ちになるのでは?」
イザーナ
「これがいるようなら、鏡の方から知らせてくれるでしょう。
 きっとナーガ姉様に必要になるはず…不吉な予感がします。
 ザン、姉様を頼みます。
ザン
「わかりました。イザーナ様もお気をつけて。戦の勝利を信じております。
 急いで使命を終え、なるべく早く合流いたします。では、行って参ります。」

ザン、鏡を懐にして出発する。

イザーナ
「ザン!」

ザン、振り返る。

イザーナ
「くれぐれも姉を頼みます!」

ザン、うなづいて旅立つ。暗転。

_____________________________

第三場【ヤアタとエミシの国境】

タケル、ボンゾ、ドラッキー、狩人の姿に変装して歩いている。
ボンゾ竹筒の水を飲んで、先を行くドラッキーに声をかける。

ボンゾ
「ドラちゃん。なんやフガクのお山がえらい近う見えへんか?」

ドラッキー、足を止めて振り返る。

ドラッキー
「もう少し行ったらヤアタのクニを抜ける。
 あの川を越えたらエミシの地。フガクも近い。」
ボンゾ
「ここまで、えらい簡単すぎるで…そう思わへんか?」
ドラッキー
「確かに…兵士を見かけないのはおかしい。
 軍が動いているのかも知れません。
 タケル様、ヤサカに知らせた方が良いのでは?」
タケル
「こんなところに居るのがバレたら連れ戻されちゃうよ。」
ドラッキー
「あ、…そうですね。」
ボンゾ
「ドラのアホ…死んでまえ。」
声(兵士A)
「死んでもらおう!」

驚く三人。あたりをヤアタの兵が取り囲んでいる。
慌てて剣を構えるドラッキー。

兵士A
「お前たちは何者だ?ただの猟師ではあるまい。」
ボンゾ
「いやいやいや、いえいえいえ、“何者”ではございません。
 わしらはただの“猟師”でございますがな。」
兵士B
「ならば、なぜ剣を構える?」
ボンゾ
「ドラのアホ…死んでまえ!」
兵士A
「死んでもらおう!」

兵士たち斬りかかる。
ボンゾとドラッキー懸命の防戦。

ドラッキー
 タケル様、今のうちに・・・!

脱出しようとしたタケルの前に二人の兵士が立ちふさがる。
やむなく剣を抜くタケル。しかし、気迫に押されて追いつめられる。
敵の猛攻に剣を飛ばされる。絶体絶命。

声(トラエモン)
「待てぇ!」

一同、動きが止まる。一陣の風のように何かが…

トラエモン
「と、言われて待つのは愚か者…」

トラエモンが刀を鞘に納めると、タケルに迫っていた二人の兵士が倒れる。

声(フジ)
「ねえ、ちょっとぉ〜」

フジ、短い衣裳の裾をまくるそぶり。
一瞬、気をとられるボンゾ、ドラッキー、残りの兵士。
トラエモンが風になる…

トラエモン
「と、言われて見るのも愚か者…」

4人(とも)倒れる。

ボンゾ
「お前…どっちの味方や…」
トラエモン
「俺の剣には見境がない…」
ボンゾ
「…何えらそにゆうとるんや…!」
トラエモン
「安心しろ、峰打ちだ。」
ボンゾ
「早よいわんかい!」

ボンゾとドラッキー糸操りの人形のように立ち上がる。
ヤアタの兵たち悪態をついて逃げ去る。

ドラッキー
「どこのどなたかは存じませんが…」
タケル
「助けてくれてありがとう。」

タケル頭を下げる。
ボンゾとドラッキーも慌てて頭を下げる。

ドラッキー
「我々は南の森から獲物を追っているうちに迷い込んだ狩人です。
 名前は…」
トラエモン
「その辺でやめておけ。」
ドラッキー
「は?」
トラエモン
「いいかげんな話を聞くのも時間の無駄。お客様も退屈だ。
 素性を明かしたくなければ、それも良いではないか。
 別に知りたいとも思わぬ。わたしは諸国放浪の剣士トラエモン。
 こちらは…」
フジ
「女房のフジでございます。」
トラエモン
「誰が女房だぁ!?」
フジ
「まあまあ、あんたぁ、いいじゃないのぉ。
 その話をしてたら日が暮れるしね。そういうことにしておけば…」
タケル
「僕の名はタケル、こっちがボンゾでこっちがドラッキー。
 僕たちは捜し物をするために遠くから来たんだけど…
 良かったら手伝ってもらえませんか?」
ボンゾ
「ちょちょちょっとぉ!」
トラエモン
「金目のものか?」
タケル
「え?」
フジ
「捜し物は金目のものかって、聞いてんのよ。」
タケル
「あ、うん、金目のものだよ。」

ボンゾとドラッキー、タケルの袖を引っ張って離れる。

ボンゾ
「金目のもんやなんて言うたらあきまへんて!」
タケル
「え?…剣てぐらいだから金属じゃないの?」
ドラッキー
「いや、金目のものと言っても金属のことではなくてですね…」
フジ
「(ふいに顔をのぞけて)何のご相談?」
一同
「わっ!!」
フジ
「だんなさまが引き受けてもいいって。
 その代わり山分けね。ね、いいでしょ?」

タケル、元気よくうなずく。

フジ
「商談成立ねっ!」

フジ、トラエモンに駆け寄ってしなだれかかろうとするが
“肩すかし”でトラエモンの勝ち。
それを遠目に見ながら

ボンゾ
「山分けはあかんやろ!山分けは!
 大体、一本の剣をどないして山分けにするんや!
 聞かしてもらおか!」
タケル
「…一緒に探すんじゃなくて、山を分けて、
 それぞれ受け持ち区域で剣を探そうって事だろ?
 それでもいいと思って…」
ボンゾ
「…だぁっー!!!!気が狂いそうやーっ!!!!」
ドラッキー
「…まあそのことは、剣が見つかった時に考えましょう。」
タケル
「そうそう、先のことばかり考えても頭が禿げるよボンゾ。
 じゃあ、トラちゃんもフーちゃんも出発するよー!」

一行出発する。
こめかみに青筋を立て、開ききった眼を血走らせて硬直しているボンゾを
ドラッキーが引きずって行く。
その様子を物陰から見守っているナーガとザン。

ナーガ
「奴ら、人数が増えたね。」
ザン
「はい。しかし、新しい二人は剣の腕はマスタークラスでしょうが
 霊力は感じられません。おそらく魔術も知らぬはず。
 あの中では男の子に強い霊力を感じますが、未だ、」
ナーガ
「まだ使えぬと?」
ザン
「はい。霊力を使うほどには精神の力が熟しておりませぬ。
 おそらくは2対5とはいえ、正面から攻撃してもこちらは負けぬはず。
 …ただ、奴らの弱いところを突いた方が作戦としては上策です。」
ナーガ
「弱いところ?」
ザン
「(笑)おっと、見失っては、元も子もありません。
 追いかけながら話しましょう。」

二人、追いかけて去る。

___________________________

第四場【フガクの麓】

タケルたち一行が反対側から現れる。
照明の変化(紗幕とかセットを変えられれば更に良いかもしれませんが)等で、
ここはフガクの麓の森。一行は休憩をとり、食事を始める。
(セリフ等アドリブ進行でいかがでしょう?)
一息ついて木の葉を風が渡る音、小川のせせらぎの音など聞きながら
しみじみと語り出す一行。

ボンゾ
「フガクが近うなったら、まだこんな緑の美しい森が残っとるんやなあ!
 気持ちがええわ…。」
ドラッキー
「昔はこんな森がヤマトの島々をすっかり覆っていたものです。」
タケル
「いつからあんな事になったの?」
ドラッキー
「ちょうど、タケル様が生まれた頃の話です。
 ヤサカの王妃ミコ様…タケル様やお姉様たちのお母様が
 タケル様の誕生を祝い、将来を祈るために、このフガクに参られたのです。」
タケル
「ここに来たの?」
ドラッキー
「はい、ヤサカしか大きなクニが無かった頃、いえ、そのずっと前、
 この島々にクニが出来る前からフガクは神の山として
 人々の信仰を集めているのです。
 しかし、ミコ様はお山から降りられようとされた時に
 “森の神”に出逢われて・・命を落とされたのでございます。」
タケル
「森の神…そんな恐ろしい神が棲んでいるのか?」
ドラッキー
「はい、どのような神か、さだかにはわかりませんが…
 さぞ恐ろしい神だったのでしょう…お供の者達もちりぢりに逃げたため、
 王妃ミコ様が肌身離さずお持ちになっていたヤマトの霊宝=聖なる宝の
 一つが失われました。」
ボンゾ
「まさか、それが“草薙の剣”やないやろな?」
ドラッキー
「違います。今はヤアタ勢力の手に落ちている、霊宝“未来を見る鏡”です。」
タケル
「ええっ!じゃあ…」
ドラッキー
「ヤアタの女王ヒミは、ヤサカの王妃ミコ様の宝を奪ってクニを興した…
 そういう事です。ヤサカの王、スーサ様に逆らう各地の勢力を吸収して
 強大な軍事国家を作り上げた女王ヒミはヤサカに攻め込んで、
 この島を二つに割る大戦争を始めました。
魔術、霊力を交えた長い戦いのうちに、いつしか美しかった島々も
大半は鉛色の重苦しい風景に変わってしまったのです。
 すべてはヤアタのヒミが始めた事です。」
ボンゾ
「“公式見解”って奴やね…」
ドラッキー
「違うというのか?」
ボンゾ
「別にぃ…」

トラエモンがザッザッと近寄る。ボン・ドラびくっとする。

トラエモン
「小便に行って来る。」
ボンゾ
「あ、はい…わざわざご丁寧に…」

トラエモン、くるりと振り向いて去る。

フジ
「あたしもぉ〜♪・・行って来るねっ!」

フジくねくねっと後を追う。

ドラッキー
「どうして、いつも一緒に行くんだろう。」
タケル
「仲がいいんじゃないの?」
ボンゾ
「…あほくさ…」

ザザザーっと茂みを何かが移動する音、

ボンゾ
「トラちゃん紙なら持ってないで…」

とんでもない所からナーガが跳び出してタケルに打ちかかる。
慌てて剣を抜き応戦するタケル。

タケル
「何するんだっ!」

ザンも走り出る。
ようやくボンゾとドラッキーが剣を抜いたタイミングで
ナーガがザンに声をかける。

ナーガ
「一対一だ。手を出すな!」

タケル剣の腕ではひけをとらない。
しかし、つい攻撃をためらってナーガに優勢をとられる。

タケル
「見てないで助けてよ!」
トラエモン
「タケル殿、どうした?」

トラエモンとフジが帰って来る。ザンそれを見て

ザン
「間違いです!ナギ、その方は父様の仇ではありません!」
ナーガ
「ナミ姉さん、本当?」
ザン
「よく見なさい!その方はまだ若い…5年前にお父様を殺した敵とは思えません。
ナーガ
「そういえば…」

ナーガ剣を収める。タケル地面に尻をついて荒い息をしている。

ナーガ
「大変失礼いたしました。どうか、お許しください。」
ザン
「あまり父の敵に似ておられるように見えましてつい…申し訳ございません。
 女二人の旅で道に迷い、妹も気を張っておりましたので、いきなり…
 どうか、お許しください。」
ボンゾ
「ずいぶん童顔の敵やったんやねえ。」
タケル
「ああびっくりした…ナギさんていうの?」
ナーガ
「はい(にっこり)。」
タケル
「強いね。まだ若く見えるけど。」
ナーガ
「そんな。あなたが手加減してくれたからです。」

トラエモン、いつのまにかザンの手を取っている。

トラエモン
「美しい女性がこんな森の中を二人だけで旅をするとは心細かろう。
 よろしければご一緒に…」
ザン
「はい…よろこんで。」

一同、口あんぐり状態。

フジ
「トラエモンの馬鹿っ!!!」

暗転。

_____________________________


第五場【フガクの洞窟の中】

暗転のまま。

トラエモン(の声)
「秋の日はつるべ落としとか、山の日の暮れるのは早いと申すが
 …本当に急に暗くなったな…?」
フジ(の声)
「それは、ねっ!…あんたが前を行く誰かさんのお尻ばーっかり眺めてて、
 みんなで洞窟に入ったことにさえ気づかなかっただ・け・な・のっ!!」
ザン(の声)
「あら♪(赤面…しても見えないが)」
ボンゾ(の声)
「ほんまにひどいやつやねトラは、ねえフジさん♪」
フジ(の声)
「でしょでしょでしょっ!♪」
トラエモン(の声)
「…お前ら!手など握っておらんだろうな?」
ナーガ(の声)
「…タケル殿、何か明かりをつけましょう。」
タケル(の声)
「そうだな。ドラッキー頼む。」
ドラッキー
「はい、確かこの辺に…ゲジゲジボタルの尻子玉(しりこだま)を
 しまっておいたはず…ありました!
 皆さん、明るくなりますよ〜。
 明るくなったら困るような事はさっさと止めて下さいね〜」

ドラッキーの手に持った怪しげな照明器具があたりをほんのりと明るくする
…と一行はワケノワカラナイ物にすっかり取り囲まれている!驚く一行。

ボンゾ
「な、なんやこれ〜っ?!」

ボンゾの声でざわめくワケノワカラナイ物たち。

タケル(小声で)
「しっ…静かに。」

静かにしているとじっとしているワケノワカラナイ物たち。

トラエモン(小声で)
「刺激しないように、そっと歩いて逃げてみよう…」

一行、抜き足差し足で静かに歩き出す。
と、ワケノワカラナイ物たちも同じように付いてくる。
気づいて方向を変えてみても、やはり同じようについてくる。
一行、一旦停止する。

トラエモン(声を出さずに手真似と口の形で)
「よし、走るぞ」
タケルたち(声を出さずに手真似と口の形で)
「走るの?」
トラエモン(声を出さずに手真似と口の形で)
「せーの・・」

一斉に走り出す(その場で走っている形の方が面白いかも)。
ワケノワカラナイ物たち、懸命に追ってくる。
方向を変える、懸命に追ってくる。スピードを上げる。
みんな死にものぐるいで走る!ワケノワカラナイ物たち遅れ始める。
脱落する物が増える。いいぞ!っとばかりにさらにがんばると、
ついにワケノワカラナイ物たち見えなくなる。
よかった…とスピードをゆるめると一体だけ迫ってくる。
慌ててスピード・アップしても追いつかれそうだ。
必死になっていると追い越してゆく…
一行、ようやく足を止める。

ボンゾ
「ゼイゼイ、なんやったんや…あれ…」
タケル
「わかんないよ…」
トラエモン
「…いかん!ここはどこだ!」
ナーガ
「わかって走っていたんじゃないのか?」
ザン
「トラエモン様、冗談ですよね?」
フジ
「とらちゃんに計画性なんてないわよ…」
ドラッキー
「こんな事もあろうかと入り口から糸を…あ…切れてる…」
ボンゾ
「わしら洞窟で迷子になったんや〜!
 もう二度とお陽(ひ)さんの顔見ることもでけんまま死んでしまうんやー!」

一行、がっくりと肩を落とす中、ナーガとザン目くばせを交わす。
ザン、“鏡”を取り出す。
ナーガが見つめると鏡がぼんやりと光を発する。

ナーガ
「この先に二股に分かれたところがあります。
 そこを右に曲がって少し行くと泉がわいていて…
 そこに剣の事を知っているおじいさんがいるようです。」
ボンゾ
「何でそんなことがわかるんや?」
ドラッキー
「もしや!それは“未来を見る鏡”?!」
ザン
「いえ、これは…“行く先を知らせる…お盆”です!」
ドラッキー
「…そうですよね、こんな所にヤアタの霊宝が在るわけはない…
 失礼な事を申しました。」
タケル
「でも凄いや!もう、迷わなくていいね。行こう!」

タケル、自然にナーガの手を取る。
ナーガ一瞬ためらうが握り返して歩き出す。
ゲジゲジボタルの尻子玉の明かりが去るといったん暗転になる。

____________________________

第六場【洞窟の泉】

水面の反射のような明かりがゆらゆらと明るくなる。
洞窟の中に湧く泉が光っているようだ。
ドラッキーを先頭に入ってくる一行。
ドラッキー、明るいので尻子玉をしまう。
空間に波紋がたったように光が揺れ、仙人のような老人が現れる。

タケル
「こんにちわ。僕、タケルといいます。」
ヲヅノ
「…うむ。わしはヲヅノと申す世捨て人じゃ…
 ここに何か用があって来られたのか?」
タケル
「はい。僕たちは剣を探しています。
 草薙の剣とか、天叢雲剣とか呼ばれている剣です…
 ご存じですか?」
ヲヅノ
「お前の言っているのは“タケルの剣”のことだな。」
タケル
「はい、僕と同じ名前の剣です。」
ヲヅノ
「…ここまで来られたという事は、
 お前さん達は只の人間ではあるまい。
 剣が欲しいだけでは、ここには来られぬからな。
 だが…あれがどんな由来を持つ剣かその素性を、
 知っていて来られたのかのう?」
タケル
「詳しくは…知りません」
ヲヅノ
「では、まずそれを語って進ぜよう。聴かれるが良い。」
タケル
 はい。

ヲヅノが語り出すとシルエットや映像で
物語りに合わせたものが(例えば背景に)映し出される。

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【タケルの剣の伝説】

ヲヅノ
「タケルの剣・・・それは青白い光を放つ魔剣であった。
 森に棲む小さな人々の島“ヤマト”に渡来した最初の大王(おおきみ)が
 ここに初めてクニを建てて、12代目の大王の時の事だ。
 大王の双子の王子の一人、兄のオオウスは父の妃候補の娘と恋に落ち、
 ニセの娘を仕立てて父の所に送り、自分は本物の娘と館にこもっていた。
 それと知った父王の怒りに触れて、
 オオウスと娘が引き裂かれる事を心配した弟のヲウスは
 兄達をミノの地に逃がしてから、父に、こう言った。
 『兄は不埒な行いがあったので私が手足を引きちぎり
  薦に包んで川に流しました。
  娘は後を追って川に飛びこみ死んでしまいました。』
 しかし、ヲウスの嘘を見抜いて怒った父王は、
 勝つあての無い戦=西の大国クマソの征伐をヲウスに命じたのじゃ。
 父王は島の元からの住民達に似て小さく弱々しく見える、
 やさしい気性の双子を好ましく思わず、
 次の子に王位を継がせようと考えていたのだ…。
 クマソのクニの少女の姿に化け、
 油断させてクマソのタケルを倒したヲウスは
 “ヤマトのタケル”=ヤマトきっての英雄と呼ばれるようになり、
 頭を使って各地の反大王派のリーダーを倒した。
 さあ、これで大王に誉めてもらえると思って都に凱旋したのだが、
 しかし…
 タケル=ヲウスの人気を快く思わない父王は都へ入る事も許さずに、
 すぐさま、今度は東方のまつろわぬ神々を討ち滅ぼす戦を命じた。
 タケルは絶望した。
 「私に死ねと言われているのだ」
 涙にくれるタケルを叔母のヤマトヒメが慰め、
 古代の英雄の武器“アメノムラクモノ剣”を授けて言った。
 『この剣がきっとお前を助けてくれますよ。』
 東の地に行ったタケルが部下に裏切られて野原で火攻めにあった時、
 この剣であたりの草を薙ぐと黒雲がわき、雨を招いてタケルの身を救った。
 助かったタケルは剣を“クサナギ”と名づけた。
 タケルはこの長い苦しい旅の間に恋もしたのだが、
 恋人はタケルを救う為に犠牲となって海に沈んだ。
 悲しみを背負って、タケルはやっとの思いでヤマトの都に帰りつき、
 遠征の成功を知らせた。
 さあ、父王はどう答えたか?
 『よくやった。都でゆっくり休みなさい』と言っただろうか?
 いや、違う。大王はこう言った…
 『それら戦の手柄は全て“剣”の力によるものだ。
  お前がわしの子供なら、剣を置いてイブキの山の神を倒し、
  真の英雄となって帰って来い。』
 こんなひどい事を言ったのだ。
 『ようし、やってやる。やって私を認めさせてやる!』
 タケルは剣を置いて素手でイブキの神に立ち向かったのだが、
 …猪の頭を持つ人の姿で現れた神は
 なぜかその手に“クサナギ”を持っていた!
 剣は太陽の如くに輝き、たちまち気を失ったタケルの身体を
 黒々とした雨が濡らしてゆく…
 やがてタケルは目が覚めた…
 『イブキの神は倒せなかった。
  こうなったら、いいつけを守れなかったと大王に殺されてもいい、
  一目、故郷を見てから、死のう…』
 そう思ったタケルは山を降り、懐かしい故郷に向かって歩いたが、
 なぜか足どりは、しだいに重くなってゆく…。
 『私の足は三つに折れ曲がったのだろうか…
  ひどく疲れてしまった…』
 タケルはついに故郷まで後少しの、
 ノボノというところで動けなくなっってしまった。
 クサナギの降らせた雨の毒が身体に回ったのじゃ。
 タケルはなつかしいわが家の方角を見つめて歌を歌った…
 『ヤマトよ 美しい島 青々と重なる山々の
  森にかこまれるヤマトよ その美しさよ
  あの雲は 故郷から流れて来たのだろう』と歌った。
 そして
 『…床辺に置いた 剣がなぜ…」と歌って、こときれた。
 …タケルの魂は白い鳥になって天上に消えたとも伝えられる。
 その無念の想いはどれほどのものだったろう…
 残された剣にはタケルの想いがこもり、
 火事が出たり、病人が出たりと、不思議な出来事が続いたのじゃ。
 あやしんだ人々が神の託宣をあおぐと
 『この剣は恐ろしい力を持つが、 恐ろしい災いもおこす。』
 『この剣を使う者は自らの父親を殺す』
 『この呪いを解くには、剣を使う者を一番愛している者が、
  その命を投げ出すしかない』
 との託宣が出た。
 以来、タケルの剣は呪われた剣として、使うものもなく、
 このフガクの洞窟に厳重に封印されたのだ。」

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光が再び揺らいで元に戻る。

ヲヅノ
「わかったかな?…わしはかつて、同じように剣を取りに来た
 そなたの父スーサにも、この話を聞かせた。
 スーサはあきらめてヤサカに帰った。
 お前もあきらめたが良かろう…ヤサカの王子タケルよ。」
タケル
「僕の事、知ってるの?」
ヲヅノ
「ああ、一目見てわかった。」
タケル
「僕は…あきらめたくない…!」
ヲヅノ
「お前に扱える剣ではない。命を落とすぞ。」
タケル
「僕には必要なんだ!」
ヲヅノ
「誰にもあんな物は必要無い。ここまで言ってもわからぬか?
 …ミコの子を死なせたくないのだ。」
ボンゾ
「そないな事ゆうて…
 何とかあきらめさそうと思うて、
 ええ加減な事言うてるんとちゃいまっか?」

ヲヅノの指が向けられると、ボンゾの身体が後方へ吹っ飛ぶ。

タケル・ドラッキー
「ボンゾ!」
ボンゾ
「…へへ…、ほら、図星や…」
ヲヅノ
「わしはお前達とは違う。わしの言葉はすべて真実だ…
 帰ってスーサに無駄な戦をやめるように伝えよ。
 いくつクニを滅ぼそうが、いくつの部族を根絶やしにしようが、
 スーサの望むような世などやっては来ぬ…とな。
 あの残虐非道な王にしかと伝えよ!」
タケル
「…父は残虐でも、非道でもない!勇敢で立派な王だ!」
ヲヅノ
「タケル・・お前が知らぬだけのことよ。
 スーサは征服欲と支配欲の固まりだ。
 ヤアタがなければ今頃海を渡って大陸を軍馬で駆けているだろうよ。
 どれほどの血が流れ、どれほどの墓が並び、
 どれほどの人が家を失うことになっていたか…
 考えても恐ろしい限りじゃ。」
タケル
「父を侮辱するなぁっ!
 父は平和な世界を造るために戦っているんだっ!」
ヲヅノ
「すべてをスーサへの恐怖が支配する平和な世界を…な。」
タケル
「ヲヅノ!許さん!!」

タケル腰の剣を抜こうとする。
しかし、ヲヅノが手を広げると全員が立ったまま金縛りになる。
ナーガとザンも慌てるが動けない。
ヤアタの鏡がザンの懐で光り始める。
ヲヅノ鏡を取り出して眺める。
何やらぼそぼそとつぶやく。
                          
ヲヅノ
「なるほど、そうか…この世の理とは、良くできているものだ…
 すべて何者かに仕組まれた筋書きのようにも思えてくる。」

ヲヅノは大きなため息を洩らしてから、鏡をザンの懐に戻す。
ヲヅノは何を見たのだろう?

ヲヅノ
「タケル…聞くが良い。
 剣はお前を待っていたようだ。剣を探し、手にするが良い。
 そして運命と闘い、お前の道を切り開くのだ。
 …剣はこの先だ。風に揺れていよう…」

闇に溶ける様にヲヅノの姿が見えなくなると皆の金縛りが解ける。

_____________________________

第七場【蜘蛛の棲処】

一同、歩き始める。

ボンゾ
「なんやけったいな爺さんやったな…」
タケル
「あの人はいったい何を見たんだろう。
 ナミさん、それにはもう映ってないの?」
ザン
「このカ…このお盆は心を持っていて、
 自分で知らせたい時にしか景色を映し出さないのです。」
トラエモン
「とにかく、これ以上われらの邪魔をする気はないようだから、
 急いで爺さんの気の変わらないうちにお宝を持って帰ろうぜ。」
フジ
「風に揺れてるってどういう意味?」
トラエモン
「知るもんか。何の事だろうな?」
タケル
「ああ!…あれだ!」

舞台奥に巨大な蜘蛛の巣が出現する。
まるでロープのように太い糸で出来ている。
その中心に大ぶりの古風な剣がからまっている。

ドラッキー
「あれは一体…」
ボンゾ
「おもろいやないか!」
トラエモン
「お宝が蜘蛛の巣にかかってるとはな…」
ナーガ
「よし、わたしが行こう。」

ナーガ、蜘蛛の巣に触れてみる。

ナーガ
「もう古いのだろう…ほこりが積もって手にもくっつかない。
 …よし、登ってみよう。」
トラエモン
「巣が古いということは、蜘蛛はもう、いないという事か…」
タケル
「気をつけて!」

ナーガ、蜘蛛の巣を中心に向かって登り始める。
ひとかたまりになって見守る一行。
剣に手が届くところまで登ったナーガ、
剣を吊っている糸を山刀で斬ろうとする。

タケル
「もう少し…」

その瞬間、
タケルたちの頭上に網状の巨大な蜘蛛の糸が降ってくる!
タケルたち身動きを封じられる。

ナーガ
「タケル!」

ナーガの山刀を持った前腕部にも
いつの間にか太い糸が絡みついている。
ナーガ外そうとするがますます絡みついてゆく…

ナーガ
「くそ!…あっ!!」

その糸がピンと張られる。
蜘蛛の巣の上部に巨大な蜘蛛の二本の前足が、
そしてランランと光る六つの目を持った頭部が見えてくる。
ナーガ山刀を持った手をとられ、
もう片手は巣を持って支えているので動きがとれない…

タケル
「ナギ!」
ボンゾ
「あかん、みんな喰われてまう…(泣)」
フジ
「ようし、こんな時は、あたしの色気で!
 …だめだ、服が糸にくっついて脱げない…」
トラエモン
「脱いだって、蜘蛛の美意識が人間と同じはずないだろうが…」
ボンゾ
「なに、こんな時に冷静な意見を述べとんのや!
 なあ、ドラッキー…あかん…失神してる!」
タケル
「ナギィー!逃げろー!」

ナーガにじりじり迫る蜘蛛の大顎…ぎりぎりまで引きつけるや、
ナーガ、蜘蛛の糸に巻かれた腕で身を支え、
山刀を別の手に持ちかえて蜘蛛の目に突き立てる。
洞窟に響き渡る蜘蛛の悲鳴…蜘蛛、上空へ消えてゆく…
ナーガ、“タケルの剣”を背中にさして巣を降りてくる。

タケル
「ナギ!」
ボンゾ
「ドラッキー!助かったでぇ!」

ナーガ、糸を切ってみんなを助ける。
タケル、ナーガを抱きしめる。
ナーガ、とまどった表情・・

タケル
「ナギは凄いね!怖くなかったの?
 あんなのがすぐそばまで寄ってきたのに!」

ナーガ、やんわりとふりほどいて、

ナーガ
「あのヲヅノに逆らったタケルの方が、よっぽど怖い物知らずだ。
 ヤマト一の霊力と魔力を持った仙人に立ち向かおうとしたんだから…」
タケル
「だって、そんなこと、知らないもの…
 ありがとう!君のおかげで剣が手に入ったよ!見せてくれる?」
ザン
「…ここに居たのでは、いつまた蜘蛛が襲って来ないとも限りません。
 外でゆっくりご覧なさい。外まで、このままナギが持ってゆきます。」
タケル
「そうだね。じゃあ、早く外に出よう。みんな、行くよ!」

われさきに駆け出すタケル。

ボンゾ
「やれやれ、行くぞ、ドラッキー!」
ドラッキー(目を覚まして)
「え、まだチョコパフェ来てないのに?」
ボンゾ
「そんなもん来るか!寝ぼけんな!」

ボンゾどついて連れて行く。
みんな追いかけて駆けだして行く。
ザンとナーガ目くばせをして後を追う。
暗転。

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第八場【洞窟の出口】

洞窟の出口から中をうかがうヤアタの兵たち。

女兵士B
「よし、来たぞ!隠れるんだ!」

兵たち、あたりに身を潜める。
やがて、タケルが駆け出てくる。
立ち止まって振り返り、

タケル
「早く〜!みんなおそいよ〜!」
ボンゾ
「あんたが速すぎるんや〜!」

一行、息を切らしながら出てきたところを
突然現れたヤアタの軍勢に取り囲まれる。
ザンとナーガは“剣”を持ったまま軍勢の側につく。

トラエモン
「どういうことだ…ナミ殿…」
タケル
「ナギ?!」
ザン
「嘘をついてすまなかった…私はヤアタの聖剣士ザン、
 こちらは同じく聖剣士にして
 ヒミ女王陛下の王女であらせられるナーガ様だ。
 今頃、お前たちのクニ、ヤサカは我がヤアタの総攻撃を受けている。
 “剣”もわれらがいただいた。
 もはやお前たちが勝利する可能性はない。あきらめて降伏しろ。」
タケル
「そんな…!」
フジ
「そんなことだろうと思ったのよ!
 やっぱあんた、女見る目ないわ…」
トラエモン
「うるさい!…ヤアタの聖剣士となれば、相手に取って不足はない…
 このトラエモンの刀の錆になってもらう!」

可愛さ余って憎さ百倍。トラエモン、ザンに向かって行く。
これをきっかけに一同、入り乱れての乱戦になる。
なかなか決着がつかない。

ナーガ
「タケル!来い…」

ナーガ青白く光る剣を抜いて、タケルに突きつける。
剣の光りに圧されてじりじり下がるタケル…
ナーガ、突然悲鳴をあげて剣を放す。

タケル
「この剣は俺の剣だ!」

剣をとったタケル。しかし、痛みに顔をしかめる。

タケル
「…なんだ、この熱さは…」

ザンが斬りつけた刃を剣で受けるタケル。
はげしく弾かれて驚くザン。ナーガの叫び。

ナーガ
「ザン、気をつけろ!それは魔剣だ!」

剣の光りがタケルの全身に移ってゆく。
タケルの雄叫び。

タケル
「俺は…俺はヤサカのタケルだ!!みんなまとめてかかって来い!」

兵士B
「ヤサカのタケル!?…じ、地獄の王子だ!」
ザン
「何を言う!相手は子供だ!行け!ヤアタ魂を見せてやれ!」

ヤアタの兵たちが一斉にタケルに斬りかかる。
が、そこにいるのは、もはやタケルではなかった。
狂戦士と化したタケルの前に軍勢ひとたまりもなく吹っ飛ぶ。
ザンも深手を負う。

ナーガ
「ザン!」

ナーガ、ザンを抱き起こす。
タケルの剣が轟音と共に光りを発すると、
ヤアタの軍勢は炎に包まれたように灼熱して姿が消える。
ボンゾ・ドラッキー・トラエモン・フジは、
とっさに物陰に隠れて難を逃れる。
ザンとナーガ、飛ばされながらも、かろうじて霊力で持ちこたえた。
タケルがうめくように口を開く。

タケル
「ナーガ…消えろ…お前は斬りたくない…だが、
 今から、おれの目の前に立つ者は、誰であろうと死ぬ…」

タケルの剣が不気味な地鳴りのような音を高め、
ザンとナーガの方に先端を向けようとする。
ザン、鏡を取り出してナーガをかばう。轟音、灼熱の光。
二人の姿は消えている。

タケル
「ナーガ…!!」

ドラッキー達、おそるおそるタケルに近づく。

ドラッキー
「…タケル様…」
タケル
「寄るな!…死ぬぞ。」

タケル、不気味な唸りをあげる剣とともに駆け去る。
あたりが急に暗くなり雨が降り始める。

フジ
「雨が…確かにタケルの剣…伝説通りなのね。」
ボンゾ
「どこ行ったんやろ?」
ドラッキー
「おそらくヤサカの城へ…」
トラエモン
「あの剣を持っていては馬には乗れまい。
 こちらは馬に乗って先回りをしよう。」
フジ
「時々いいこというね!」

一同、ヤサカの城の方角に去る。

_____________________

第九場【フガクにほど近いヤアタ領】

闇に鏡の光が現れる。
その背後にナーガとザンの姿が見えてくる。

ナーガ
「ここは…?」
ザン
「フガクがあそこに見えます…おそらくヤアタのクニ境かと…
 鏡が運んでくれました。」
ナーガ
「剣を手に入れることができなかった…どうするか、
 イザーナとお母様に聞いてみたい。」
ザン
「鏡の霊力により月光を使って通信して見ましょう。」

鏡を寝かせて月光に当てると反射して、
ヤサカに攻め込んだイザーナの姿が映し出される。

イザーナ
「姉様、ザン…大丈夫ですか?お母様に代わります。」

イザーナに代わってヒミが現れる。

ヒミ
「我々は、今ヤサカの城のすぐ近くにいます。
 勾玉とスーサの霊力に阻まれて今まで足止めを喰いましたが、
 スーサも寄る年波に勝てぬのだろう、ようやく霊力が消えました。
 これより突入するところです。
 お前たちはどうなの?」
ナーガ
「タケルの剣は恐ろしい武器です!
 人を狂戦士に、いえもっと恐ろしい魔物に変えてしまいます!
 タケルが剣を持って真っ直ぐヤサカの城の方角に向かって行きました。
 誰も止める事はできないでしょう…逃げてください!」
ヒミ
「ここまで来てチャンスを逃す事はできない。
 タケルが剣を持ったということはヲヅノが渡したという事ね?」
ナーガ
「はい…。由来を語り、父を滅ぼす呪いがかかっているとも伝えましたが
 タケルはかまわず手に取りました。」
ヒミ
「ならば…その事にも意味があるはず…ナーガ、ザン、
 お前たちもヤサカに急ぎなさい。
 タケルの行く手には軍勢を残しておきます。
 可哀想だが時間は稼げるでしょう…ヤサカに来なさい!」

映像消える。

ザン
「ナーガ様、お聞きの通りです。
 ヤサカに急ぎましょう!あちらに馬が見えます。」
ナーガ
「…ヤサカに何が待っているのか…謎は解けるのか?」
ザン
「ナーガ様、早く!」

二人消える。馬のいななき。暗転。

________________________________

第十場 【ヤサカ城内】

ヤサカの城内、ヤサカの兵とヤアタの兵(複数)の戦いが通り過ぎる。
老王スーサがヤアタの兵(多数)に囲まれてやってくる。
ソーマ将軍が槍を持って駆けつけ、王と二人で敵兵を蹴散らす。

ソーマ
「スーサ様、お怪我はありませんか?」
スーサ
「ああ。腕も身体も若い者には負けぬ。
 だが、魔術の呪文が思い出せぬし、霊力が続かぬ。
 もう5年も若ければ、奴らを城になど入れぬものを!」
ソーマ
「脱出用の抜け穴を作っておきましょうと、あれほどお勧めしたのに。
 いや、内緒にでも作っておくべきでした。」
スーサ
「スーサが逃げ道を作ったなどと、
 後の世の連中に笑われるくらいなら死んだ方がましだ。
 だが、命の火の消えぬ間は勝つために戦おう。
 この玉座の裏に隠れるのだ。」

スーサとソーマ、玉座の裏に隠れる。
間なしにヒミとヤアタの女兵士3人が現れる。

ヒミ
「スーサの姿は?」
女兵士A
「どこにも見あたりませぬ。城の外に出たのではないでしょうか?」
ヒミ
「馬鹿な!
 私の知っているスーサなら玉座を捨てて逃げるような男ではない。
 たとえ両手両足を失っても戦場にとどまり勝利を疑わぬ男だ。
 探せ!全軍に探させよ!」
女兵士A
「はっ!」

女兵士A出てゆく。
ヒミ玉座に登り、腰をおろす。
残りの兵士二人は玉座の左右に陣取る。

ヒミ
「スーサの温もり、スーサの匂いが感じられるような気さえする。
 間違いない…あの獣(けだもの)は、まだこの城にいる…」

サクヤが飛び出して来る。

ヒミ
「サクヤ!なぜここに?」
サクヤ
「怖い夢…みたの。ママを捜して…ここに来てしまったの…」

ソーマが玉座の前に駆け出てサクヤを腕に抱える。
槍を構え、呼ばわる。

ソーマ
「ヤアタの女王ヒミの娘、ヤサカの将軍ソーマがもらい受ける。
 女王・・お覚悟!」

護衛の女兵士たちとソーマの戦い、
女兵士たちサクヤがいるので攻撃できない。

ヒミ
「サクヤ!」

玉座から見守るヒミの首元に背後から剣が回り込む。

スーサ
「ヒミ…いや、ミコ…久しぶりだな。
 またわしの息子を生みに来てくれたのか?」
ヒミ
「卑怯者!この人でなし!タケルはどこだ…
 私はタケルを連れ戻しにここまで来た。
 お前の邪悪なクニを滅ぼし、戦の無い世の中を作るために来た!
 サクヤを放し、あきらめて降服しろ。」
スーサ
「相変わらず気の強い事だ。お前の娘がどうなってもいいのか?
 …わしにとっては、この世でお前だけが男の子を産む妻だった。
 また、わしの妻になる気はないか?
 二人が組めば海の向こう、唐天竺までも征服できるぞ!」
ヒミ
「女がなぜお前の息子を生まぬかわかるか?」
スーサ
「…なぜだ?その理由を知っているのか!」
ヒミ
「女は生き残る子が欲しい、
 戦場で戦って死ぬために生まれてくる子は作りとうないのよ。
 お前の息子なぞ、誰が生むものか!」
スーサ
「では、タケルはどうだ?なぜお前はタケルを生んだ!
 神はスーサに跡継ぎを造られた、これが天の意志だ。」
ヒミ
「鏡が教えてくれたのよ…私がお前に生まされる男の子、
 タケルはかならずヤサカのクニを滅ぼすと… そして今、タケルの手に入れた剣は父を滅ぼす呪いの剣と

いう。
 予言の意味が今わかった…
 タケルはあの剣でお前を殺すために生まれてきたのだ!」
スーサ
「なんだと!!」

動揺したスーサの隙をついて玉座を飛び降りたヒミ。
しかし、ソーマと、駆けつけた生き残りのヤサカ兵に進路を阻まれ、
降りてきたスーサの腕に捕らえられる。

スーサ
「戯言でわしを惑わそうとしてもそうはいかぬぞ。」
ヒミ
「信じたくないだろうが真実だ!ヤアタに帰って私が生んだ娘たちも、
 お前を倒すためにこの島で最も霊力の強い父親を選んで生んだ娘たちだ。
 ヤアタのクニはお前を倒すために造った!
 毒をもって毒を制す・・・クニを滅ぼすためのクニよ!
 スーサ、サクヤを放せ、運命には逆らえぬものと知れ!」
スーサ
「世迷い言はわしを倒してから言え!」
ヒミ
「出よイザーナ!…聞け!ヤサカのウジ虫ども!
 “死の女神”を直に見た者は眼から腐れて死ぬのだ!」

イザーナ、死の女神の扮装で鳥頭の兵士の肩に乗り登場。
壮麗な音楽。慌てて眼を瞑るヤサカの兵たち、ソーマ将軍。
サクヤ、ヒミの元へ走る。

スーサ
「惑わされるな!ただの小娘だ!」

スーサ、ソーマ将軍の目をこじ開ける。

ソーマ
「おおっ!」

イザーナの指がヤサカの軍を指す。
眼を開けていた兵士が悲鳴をあげ眼を覆うと、
指の間から夥しい血が流れ出す。
兵たちどよめく。

スーサ
「うろたえるな!ただの霊力だ!
 一人づつしか倒せぬ。一斉にかかれ!」

鳥頭の兵士たち、イザーナを降ろす。
剣を振るい両軍入り乱れる。
ヒミとサクヤを奪い返そうとするヤアタ軍。
寄せ付けないスーサとソーマ。

その時城外で悲鳴が上がり、ヤアタの将軍が転がり込んで来る…

将軍
「何か恐ろしいモノが近づいております!
 あれが預言者のいう世界の終わりでしょうか…。
 それが近づくだけで草木は枯れ、飛ぶ鳥は地を這い、
 虫は光に焼かれて滅んでゆきます…
 城を囲んでいるヤアタ軍が枯草に火を放ったように薙ぎ倒され
 光は強さを増しながら近づいております!ヒミ様!直ちに撤退命令を!
 さもなくばヤアタ12万の将兵は全滅してしまいます!
 いえ、兵だけではありません!…この世の終わりです!
ヒミ
「なんと…なんという事だ…」

一瞬、気をとられたスーサとソーマの隙をつき、
ナーガとザンが現れてヒミとサクヤを取り返す。
ヒミ、サクヤを安全な所に“送る”。
取り返そうと攻め込みピンチを迎えたスーサを
トラエモンとフジが助ける。
ソーマ合流して守りを固める。戦いながら言葉を交わす。

ソーマ
「帰ったかトラエモン、タケル様は?」
トラエモン
「それが…」
フジ
「逃げてください!まもなくタケル様が剣を持ってやって来ます!」
スーサ
「ならば、こちらの勝ちではないか!」
トラエモン
「いえ、あの剣の凄まじきこと、もはや勝ち負けではありませぬ!」
ボンゾ・ドラッキー
「タケル様が・・タケル様が来ました!!!」

ボンゾとドラッキーがこけつまろびつ絶叫しながら登場。
一瞬の後、壁が轟音と共に崩れ、
まばゆい光と土煙の中、タケルが現れる。

スーサ
「タケル!」
ヒミ
「近寄るな!それはもはや私の生んだタケルでは無い。
 ただ地上の全てを破壊せんとする・・・戦の鬼じゃ!」

タケル、唸りをあげている剣を大きく振りかぶり
ヤアタの軍に向かって振り下ろす。
轟音と炸裂する光、ヤアタの軍、宙に舞う。
ヒミ、イザーナ、ナーガ、ザン、かろうじて踏みこたえる。
タケル、同じようにヤサカの軍に向かって振り下ろす。
ヤサカの軍もスーサとソーマを残して、
突風に見舞われた木の葉のように吹っ飛ぶ。

スーサ
「離れていてもこの威力、直に剣を合わせればどうなる…!何という剣だ!」
ソーマ
「スーサ様!ここはいったん引きましょう…」
ヒミ
「待てば、ますます力を増すのがわからぬか!
 今、この場で止まらぬものならヤマトは灰になって海に沈むわ。
 イザーナ!ナーガを霊力で護れ!私はザンを…
 二人ともヤアタの聖戦士の戦いを見せてやれ!」

イザーナとヒミに霊力でバックアップされたナーガとザン、
タケルに立ち向かう。激しい攻防。

ナーガ
「タケルぅ!」

タケル、もはやナーガを誰とも思っていないかのように
悪鬼のような形相でナーガとザンに打ちかかる。
ナーガとザン、最初こそコンビプレーで互角の戦いをしているが
しだいに受けきれなくなり、押されてゆく…

スーサ
「ソーマ行けぃ!わしが霊力で護る。タケルを倒すのじゃ!」

意を決しタケルを背後から襲うソーマ。
だが、振り向きスーサと視線をぶつけ合ったタケルは
一段と輝きを増してパワーアップしたようだ。
縦横に振られた剣を受け止める間も無く、
ザンとソーマがパワーに圧されて吹っ飛ぶ。

ナーガ
「ザン!!」

タケルの剣がナーガの胸を刺し貫く。

イザーナ
「ナーガ!!」

駆け寄ろうとしたイザーナをナーガの血を吸った剣が貫く。

イザーナ
「…ナー…ガ…」

イザーナの身体が剣をすべり地に崩れる。

タケル
「ウァーッ!!!!」

人のものとも思えぬ異様な雄叫び
(それは本当にタケルの喉から発せられたものなのか!)、
振り向いたタケルを、スーサとヒミ、
ソーマとザンがやっとの事で抑えている。

ヒミ
「スーサ!あなたとわたしの子が…
 今、この島に破滅をもたらそうとしている…
 私たちはどこで間違えたのか…!」
スーサ
「…もっと早く気付けば良かった。父を殺す剣というなら…
 それを果たせば呪いもおさまるかも知れぬわ!」

タケルの剣、パワーを増し、4人が弾け飛ぶ!!
スーサ、ゆらりと立ち上がると剣を捨て、
タケルの前に膝をついて見つめる。
タケル、唸る剣を振りかぶる。
剣は妖しい輝きを四方に放ち、黒雲を呼び天が渦を巻く…
その渦を集めて剣がゆっくりと円を描く。雨が降り始める…

スーサ
「さあ、剣よ…わしを殺せ!呪いを成就しろ!」

タケル剣を振り下ろす。
眼を瞑るスーサ、永遠とも思える一瞬の時間が過ぎて…
眼を開けたスーサの寸前で刃が静止している。
スーサの胸にすがりつくヒミ=ミコの顔が見える。
スーサとともに斬られようとしたのだ。
スーサ天を仰ぎ、ヒミの上にハラハラと涙をこぼす。
そして表情のないタケルの顔に、静かに語り始める。

スーサ
「わしが間違っていた…
 お前に語るべき事を何一つ話していなかったのかも知れない。
 今、この馬鹿げた人生を終える前にお前に言っておきたい。
 お前は可愛いわしの息子だ…たとえお前がどうなろうと、
 わしはお前を想うている。
 おまえを只の一度も…この腕に抱いてやらなかった事を悔やんでいる。
 タケル…すまぬ。今、わかった…
 私はお前を戦の道具のように扱ってしまった…
 わしが間違っていた。 その剣で、わしを斬れ。
 そしてわしのあやまちを許してくれ…

タケル、剣を下げる。

ヒミ
「スーサ…タケル…」

スーサ
「五歳の時に、住んでいたムラを焼かれた。
 海を渡ってやって来た“クニ造り”たちの仕業だった。
 その時以来、求め続けてきた何よりも強い“力”は、
 …しかし、その剣のような力ではなかったのだろう。」

ヒミ
「あなた…!」

スーサ、ヒミを抱きしめる。

スーサ
「わしは力が欲しかったのだ。
 平和な暮らしを消し去ったクニ造りたちを恨み、
 奴らに負けぬクニを造ろうとした。
 誰にも攻められぬ強いクニ、世界一の力を手に入れようと暴れ回って来た。
 だが…戦に勝つための“力”など及びもつかない真実の力を…
 わしは今見つけた。この力こそが本当に戦をなくすための力だったのだ。
 それは一瞬にして勝利を得る凄まじい力ではない…
 それはどこにでもある。
 ありふれた小さな力、
 だが、これを大切に思うことが、ゆっくりと世界を変えて行く。」

スーサ、ヒミをやさしく見つめる。
ヒミ、スーサに答え、タケルに語る…

ヒミ
「それは…互いを想い合う心……。奪い合うのではなく、与え合うこと…
 傍らにいる人にやさしくすること。
 …幸福という名前の鳥を、人はいつも空の高みに捜してしまうけれど、
 いつだって鳥は、目覚めると…窓辺で歌っている。」

剣がタケルの手から離れゆっくりと床に落ちる。
雨音が消えてゆく…
タケルの身体がゆっくりと母、ヒミのの胸の中へ吸い込まれる。
静かに妻と子を抱きしめる父王スーサ。
スーサが首にかけた“ヤサカの勾玉”が浮き上がり、光り輝く。
床に倒れ血の海に沈んでいたはずの人々すべてをやわらかな光が包み、
人々は立ち上がりタケルとスーサの周りに集まって抱き合う。
その人々の間から不意に剣が現れる。
剣、宙に浮いて輝きを増しながら上昇してゆく。

ナーガ
「剣が…」

皆が見上げる中、剣は白鳥に姿を変えて天に昇って行く。

全員
「時は流れ…やがて人は“想い合う心”を“愛”と名付け、
 その言葉に呪文をかけた…
 この言葉を忘れぬ限り、
 きっといつの日にか、幸福な世界が帰ってくると…」

タケルの剣に殺された人々、全て蘇えり、
長い戦に汚(けが)された、灰色の空も海も、
涙がでるほど美しい青さを取り戻してゆく…
森の枝枝は若葉の緑をこぼれさせ、野には花々が咲き出る。
人々は敵もなく味方もなく入り乱れ、
この美しい島々に生まれた喜びを歌い踊る…

倭は 国の真秀ば

たたなづく 青垣

山隠れる

倭し 麗し

命の 全けん人は 畳薦

平群の山の 熊白壽の葉を

ウズにさせ 其の子

愛しけやし 我が家の方よ 雲居立ち来も

嬢子の 床の辺に 我が置きし 剣の大刀

其の大刀はや





参考:
歴史読本平成元年六月号『伝説の英雄ヤマトタケルの謎』
HP 古事記の世界
アイデア提供:
時伊織 様 (お祭り工務店)/田中裕子 様