坦白

奇跡の獄

 闇の中に”1942 中国”の文字が浮かぶ。

声「それは、儀式でした。誰もが必ず経験しなければならない儀式・・・それを経験することによって初めて、日本男児として認められるといったような・・」

 猛烈な叫び声をあげて突進する塚越正男。しかし、舞台半ばで急停車する。彼を凍り付かせたのは、標的とすべき中国人の老婆、縛られた彼女の、鋭い視線である。

老婆「日本の鬼・・・日本鬼子!殺せるものなら、殺して見ろ!!」

 戸惑う塚越。上官達の声がする。

A「何だ貴様そんなチャンコロが怖いのか・・・そんなことで人が殺せるか!」

B「ぐずぐずするな!それでも日本男児か!!」

A「塚越!いけぇ!!」

塚越「・・・・くたばれぇ!!!

 塚越、老婆を銃剣で十数回刺し貫く。老婆、血の海に沈む。塚越尻餅をつく。

B「何をしている!とっとと穴に運ばんか!」

 塚越、慌てて老婆の白髪をつかみ、引きずって行こうとした時、突然すっ転ぶ・・手の中には真っ白なカツラが・・・老婆と見えたのは、若い娘だったのだ。

塚越「やったー!!こいつは八路軍の工作員だ!」

A「よくやった!これでお前も立派な帝国軍人だ!」

 暗転。音楽・映像と共に浮かび上がるタイトル。それから”1956 中国”

の文字。消えて、闇の中から叫び声。

中国人の女性「この男です。子供を並べてピストルで頭を撃ち抜きました。仲間の兵隊達と笑いながら、弾の貫通した痕を確かめていました。昨日のことのように覚えています。」

中国人男性「この日本人だ!・・私の妻を、妊娠していた妻を、軍医達と一緒になって池に突き落とした・・・銃剣を突きつけて・・妻が流産するまでじっと待っていた。池の水が真っ赤に染まったとき、こいつらは大声で笑った。鬼め・・鬼子!リューベンクイズ!」

 マー婆さんが、おぼつかぬ足取りで、舞台へ歩み寄る。そこに塚越が立っている。

マー婆さん「こいつだ!・・・こいつが娘を強姦したんだ!・・こいつらが私の家族17人を皆殺しにしたんだ!殺せ!何見てるんだみんな、こんな奴殺してしまえ!・・・それが駄目だというなら、子供を、返してくれ!可愛い孫も返してくれ!生きて・・生きて、かえしてくれ!!」

 なおも、塚越に取りすがり、拳で胸を叩く婆さんを、ユン班長がなだめて連れ帰る。悄然と立ちつくす塚越。そこは被告席なのだ。

裁判長の声「あなたは、大日本帝国陸軍・支那派遣軍・北支那方面軍・第12軍・第59師団・53旅団43大隊・機関銃中隊・塚越正男伍長ですね。」

塚越「いいえ・・私は、日本からこの国を侵略するためにやってきた、悪鬼のごとき大量殺人犯達の・・・一人であるところの・・・人間・・・塚越正男であります。」

 塚越、鼻から血を垂らし、涙と血とで顔がぐちゃぐちゃになっている。ゆっくりと顔を拭う。暗転。映像とナレーションが入る。

声「私たちの師団は、昭和20年8月15日・・・日本の敗戦を朝鮮で迎えました・・畜生!ようやく伍長になって、これから楽が出来ると思っていたのになんて事だと思いましたよ・・・ソ連軍に武装解除され、10月10日にシベリアの収容所に連れて行かれて6年いました。いままで天皇陛下万歳、大日本帝国万歳って言ってたのが、今度は共産主義万歳!民主主義万歳!てんで、反ファシスト委員会の青年委員長なんぞになって吊し上げばかりやってました。プロ野球の水原茂とかね。マルクス・レーニンを頭に詰め込まれても、ただ、天皇と入れ替わっただけでね。人間は何も変わってなかったのかも知れない。それでも、自分ではシベリア民主運動の戦士のつもりですから、共産党かなんかになった気でいる。

・・・だから、1951年の11月、ハバロフスクから汽車に乗せられたときには、日本に帰れるものだと思いこんで、喜んでいたんです・・・」

 ナレーションと映像、闇に溶ける。列車の音高まる。

塚越「井手はどこに帰るんだ。家は?」

井手「俺は北海道の美唄だ。炭坑で働いてたんだが・・どうなってるかな。」

塚越「・・6年ぶりだもんな。西尾は?」

西尾「おらぁ、飛騨の高山だ」

井手「また、ずいぶん山の中だな!」

西尾「あぁ、山奥の水飲み百姓だ。塚越さんは?」

塚越「こちとら江戸っ子よ!深川の八幡様の氏子でね。貧乏長屋で育ったんだ。・・・廻りは宵越しの銭は持たねえって奴ばかりでね。まあたいがい、銭の方で暗くなる前にいなく成っちゃうんだけど・・助け合って仲が良くて、楽しかったね。」

井手「帰ったら、仕事はどうすんだい?」

塚越「兵隊になる前は石川島で溶接工をしてたんだが・・まあ、町工場でもやるかな・・・・おい、西尾、どうしたい?何のぞき込んでんだ?」

西尾「あの・・・これ、この磁石・・・なんかおかしくねえかな。」

井手「貸して見ろよ。・・・別に異常はなさそうだけどなあ・・。」

西尾「だったらさ・・この汽車、どっちを向いて走ってるのかなぁ?」

塚越「何だって!」

 塚越、西尾の磁石を取り上げる。

塚越「・・違う。ウラジオストックじゃない、俺達は中国に向かってるんだ!!」

井手「何ぃ!馬鹿なことを言うな!だったら、何のためにシベリアでマルクスだレーニンだって学習してきたんだよ!チャンコロに俺達をなぶり殺しにさせるためか!・・・そんな訳無いよな!嘘だと言ってくれよ!なあ・・・」

 西尾、走っている列車から飛び出そうとする。慌てて止める二人。

塚越「馬鹿野郎!何やってるんだ!」

西尾「放してくれ!支那に行くぐれぇなら、ここで死んだ方がよっぽど楽だ!」

 井手と塚越、西尾を奥に突き倒す。

井手「くそ・・・・!おかしいと思ったんだ!こんな、豚運びの貨物列車に詰め込まれてよぉ!!」

塚越「ボリシェビキの野郎!日本で頑張ってくれ、ご苦労さんなんて抜かしやがって・・・何が共産主義だ!民主主義だ!畜生!!」

 ナレーションと映像。

声「列車が中国に向かっている・・。そう判った途端、6年間勉強してきたマルクス・レーニン主義なんて、もう頭の中から逃げ出しちゃった。頭の中にあるのはただ、死への恐怖・・それだけです。自分たちが中国で何をしてきたか。どれ程たくさんの中国人民を強姦し、拷問し、虐殺してきたか・・・村を焼き、堤防を破り、毒ガスや細菌をばらまいてきたか。中国人達がどんな形相で死んでいったか・・・・そういった光景が鮮やかによみがえり、頭の中をぐるぐる回り続けました。・・・やがて貨物列車はスピードを緩め、ついたところは中ソ国境の町スイフンガでした。いよいよチャンコロに引き渡される・・・その場で叩き殺されても文句は言えない・・そう思ってホームに降りる。と、・・ソ連兵は完全武装なのに、中国側の係員は全く武器を持っていないんです。ただ一人、女の中隊長がピストルを持っているだけでね、他は誰も持っていない。そして、汽車を乗り換えて、また驚いた・・・」

 座席に三人が座っている。机にお茶とお菓子が並んでいる。井手茂が神妙な顔で湯呑みを見つめている。両側から覗き込む西尾克巳と塚越正男。井手、意を決してお茶を一口呑む。一瞬咳き込む。間があって・・・。

井手「・・・お茶だ・・・入れ立ての、おいしいお茶だ!毒なんて入ってないぞ!・・ほら、このドロップも甘いぞ!食べてみろよ!」

 西尾と塚越、お茶を飲み、ドロップを舐める。

西尾「夢みてえだ・・お茶、ドロップ、椅子にカバーの付いた一等車・・。」

塚越「確か、死刑囚には、最後の贅沢をさせるらしいよな。」

 西尾と井手、一瞬凍り付く。井手、へらへら笑って。

井手「やだな・・塚越さん、脅かさんでくださいよ・・。」

塚越「本当さ。」

 スピーカーから、アナウンスが聞こえてくる。

中隊長の声「日本の皆さん・・」

西尾「・・日本語だ!」

中隊長の声「ソビエト社会主義国連邦で長い間ご苦労様でした。我が国も革命が勝利したばかりで、まだまだ建設中です。また現在、朝鮮がアメリカと戦っているため、国家をあげて、これを援助してもおります。そのため、何でも必ず出来るというわけにはいきませんが、あなた方の要求されることで、出来ることは必ず致します。」

井手「へえー、本当かなぁ?」

 ユン班長が、テーブルに黒パンを運んでくる。

ユン「昼食です。」

塚越「あんた、ちょっと待ってくれ。」

 去りかけていたユン班長振り向く。

井手「どうするんだよ・・?」

塚越「今の放送を確かめてやろうと思ってな。・・なあ、あんた、今放送で出来ることはやるって言ってたよなあ。この黒パンな・・俺たちゃ、シベリアでさんざん喰わされてきたんだが、固いし、俺達の舌にゃ合わないんだよ。判るか?要するにな、こんなもの、まずくて食えねえんだよ!!」

 塚越、黒パンを窓から投げ捨てる。ユン班長の顔色が変わり、車室から出ていった。

西尾「黒パンでも良かったのに・・」

井手「あんな事して殺されたらどうするんだ!」

塚越「がたがた騒ぐんじゃねえ。殺す気なら、とっくに殺されてるさ。」

 ユン班長、ピストルを腰にさげた女の中隊長を連れてくる。三人、思わず、身を固くする。

中隊長「黒パンを窓から捨てたのはどなたですか?」

塚越「俺だよ・・・」

中隊長「何か不満があるのなら、教えて下さい。」

塚越「俺達はな、シベリアで6年間、あの臭くて固いロシアパンを食べてきたんだ。それはな、好きで喰ってきたんじゃねえんだよ。ずっと我慢してたんだ。日本の内地じゃなあ、白いパンがパンなんだよ。そいつを知って欲しくてね。」

中隊長「わかりました。皆さんが食べ慣れている物が良いだろうと、わざわざソ連から購入した黒パンですが、そういう事でしたら仕方ありません。次の食事から切り替えます・・・他に要望はありませんか?」

塚越「ねえよ・・。」

 中隊長とユン班長、敬礼をして去っていく。

塚越「・・・どうだ。どうやら本気で歓迎するつもりらしいな。」

西尾「だったら・・・殺されずに済むんだろうか?」

井手「案外、ほら、溶鉱炉造ってやったり、農業教えたりもしてるし、結構日本人のこと、尊敬してるんじゃないかな。」

塚越「あれだけ、ひどい事されててもな・・やっぱりチャンコロはチャンコロだな。その辺が日本人とちがうのさ。」

 一同、安堵の笑い声。暗転。ナレーションと映像が入る。

声「死の恐怖から一転して、優しく、人間らしく扱われたとき、心の中から現れた本性は、恥ずかしながら・・こんな帝国主義的心情だったのでした。・・1950年7月21日、列車は撫順に着きました。ここは露天掘りの炭坑で有名なところですが、日本軍が3500人の中国人民を虐殺した”平頂山事件”のあった場所でもありました。人民解放軍は、日本の戦犯が965人送られてくると知って復讐の思いに燃える人々を説得し、我々を無事保護して撫順戦犯管理所に収容しました。」

ユン「おはようございます。」

 ユン班長の声に慌てて起きあがる戦犯三人。明るくなる。ここは撫順の戦犯管理所である。眠い目をこすっていた三人は、温かいご飯が湯気を上げているのを見て、俄然、色めき立つ。ユン班長、丁寧に給仕をする。

ユン「朝御飯です。ゆっくり食べて、終わったら知らせて下さい。これも読んでおいて下さい。」

 ユン班長何やら紙を置いて出ていく。3人、しばらく放心したように米を見つめている。

西尾「銀シャリだ・・・。」

 塚越と井手、大盛りのご飯とおかずを瞬く間に食べてしまう。西尾、一口づつ、味わうように食べている。

塚越「・・・何だ、貧乏くせえ奴だな。とっとと喰っちまえよ。足りなきゃ、またあのチャンコロに持ってこさせりゃいいんだからよ。」

井手「そうだよ。要らないのなら俺が喰ってやってもいいぞ。」

西尾「いや、おらぁ・・もう二度と米の飯なんて、食えねえと思ってたから・・」

塚越「馬鹿やろー!そんな事ぐらいで大の男がいちいち泣くんじゃねえ!・・・この分なら、そのうちオマンコだってさせてくれるかも知れねえぞ。」

井手「そうだ!そうだ!いいぞ・・女のアソコはよぉ!久しぶりに思い出して・・・・ああー勃っちまった!」

 塚越、ユン班長の置いていった紙を読んでいたが、顔色を変えて立ち上がる。

塚越「・・おい。ちょっと、これを読んで見ろ。」

西尾「え・・ああ、これは規則じゃないのかなあ。・・第二次帝国主義戦争による中国侵略者、戦争犯罪人管理規則、第一条・・・」

塚越「誰が戦争犯罪人だとぉ!おい、他の部屋にも知らせて、この紙全部持ってこい!」

西尾「でも・・」

塚越「デモもストライキもねえんだよ!とっとと行って来い。この愚図!・・井手、お前はさっきのチャンコロを呼んでこい。飯喰い終わったとか何とか言って、連れてこい。」

井手「どうするんだよ?・・・」

塚越「こんな時に、シベリアで習った民主主義が役に立つんだ。チャンコロにでもわかるように、しっかり教えてやるんだよ!」

  二人、仕方なく出ていく。西尾、すぐに、規則の紙を持って帰る。

西尾「・・お、おら・・知らねえど。」

 西尾、部屋の隅へ行って向こうを向く。程なく井手がユン班長を連れてくる。ユン班長、紙の山を見て驚く。

塚越「飯も喰い終わったんだが、こいつも片づけてもらおうと思ってね。おい・・・俺達を馬鹿にするんじゃねえぞ!・・戦争犯罪人たあ、どういうつもりだ!・・今度の戦争の責任は全て、天皇や資本家にあるんだ。俺達はな、ただ、上の言う事を・・命令を忠実に実行してただけなんだよ。俺達はな、むしろ、戦争に駆り出された被害者なんだよ!そのぐらいのことはちゃんと勉強しときやがれ!」

 ユン班長、破り捨てられた紙を拾い、一枚一枚しわを伸ばして胸に抱いた。その両眼から大粒の涙がポロポロこぼれる。

塚越「何だ、この馬鹿!何で泣くんだ!!」

 ユン班長、涙を流しながら戦犯達をにらみつけ、部屋を出ていく。三人、ユン班長の視線に気おされるが、塚越が笑い出すと西尾と井手も笑い、その声が高くなっていく。暗転。

中隊長とユン班長が立っている。

ユン「中隊長・・・私の家族7人が日本軍に殺されたことは知っておられるはずです。父は兵隊に連れて行かれて、物言わぬ、無惨な姿にされて帰ってきた。母も姉二人も、幼い妹さえ、奴らにかわるがわる強姦された上、なぶり殺しにされた・・・それでも私は、残された祖母を喰わせるために、奴らの軍馬を洗い、残飯をもらって暮らしていた・・・それが、どんなに悔しいものだったか!けれど祖母は餓死した。・・私が八路軍に加わったのは、奴らを打倒するためだ!なぜあんな奴らに・・鬼のような奴ら、日本鬼子に、白い飯を食わせる必要があるんだ!この国で、一体どれだけの人間が白い飯を食べていると言うんだ!・・ましてや、この私が食事を運んでやらねばならない理由は無い!今すぐ鬼どもを凍土に並べて銃殺してくれ!それが出来ないのなら、せめて私を配置転換してくれ!」

 ユン班長、泣き崩れる。中隊長、彼を立たせる。

中隊長「あなたを配転させることは簡単です。しかし、それはあなたの敗北です。

中央政府からは、こういう指示が来ています。−日本人戦犯を罵ったり、手を掛けてはいけない。医療の完全を期し、一人も死なせてはいけない。食事は日本の民族習慣にあったものにすること。−私たちが戦うべき相手は、戦犯その人ではないのです。・・あなたの悔しさ、恨みもよくわかる。だが、敵討ちをするべき相手は、彼らの頭の中、心の中にある軍国主義や差別思想なのです。私たちは、これを打ち倒す為に、力を合わせて行きましょう。私は中央を信じています。私たちは、歴史上かつてない実験、かつてない戦いをしているのです。あなたは、この戦場から逃げていくのですか?」

ユン班長「・・・ミンバイラ・・・」

 中隊長、敬礼をして去る。ユン班長その場にしゃがんで鏡を取り出す。

 ナレーションと映像。

声「ユン班長が、再び私たちの前に現れるまでに3ヶ月の期間が必要でした。しかし、彼はそれから6年に渡って、私たちの良き兄弟として接してくれました。”夕鶴”で有名な木下順二さんが”鏡”というエッセーの中で、このユン班長を描いています。彼は、朝起きて顔を洗うと私たちに会う前に、強姦され、殺された妹の手鏡、既に水銀もはげ、顔も良く映らなくなった手鏡で、自分の顔、怒っているのか泣いているのかわからない顔を、じっと眺めたそうです。そうして、もう大丈夫、感情を押し殺せるだろうと思えた時、はじめて、笑顔で私たちに食事を持ってきてくれたのでした。」

 鏡を手にしたユン班長。仏のような微笑を浮かべて立ち上がり、去る。

ナレーションと映像。

声「ここで私たちの世話をしてくれた人々は、ほとんど私たちが日本軍として作戦行動をしてきた山東省、あるいは山西省の人達、私たちに肉親、親類、友人を殺されてきた人々だった。その人々の前で、我々は戦争犯罪人では無いなんて、言えるか・・・そういう事です。そういう人達が、では、どういう風に私達を扱ったか・・・・。」

 早朝、夜明け前の薄明るさ。窓際で外を見ている塚越。井手と西尾は寝ている。

塚越「見ろよ・・あいつら、徹夜でやってるぜ。」

 言いながら、井手を揺り起こす。

井手「・・・・・・中庭の、穴掘りか。」

西尾「・・朝は、もう寒くなってるのに・・何のための穴かねえ?毎日毎日、一日中掘ってるんだから、きっと、大事な穴だろうねえ・・」

 塚越、西尾を、はたく。

塚越「眠たい事を言ってる時じゃねえ。・・・・あの中にはいるのは、俺達の首に決まってるじゃねえか!」

井手「処刑用の穴だったら、俺達はチャンコロに、自分で掘らしたもんだが・・」

塚越「ふん・・、日本男児はチャンコロみたいに意気地なしじゃねえからな。ツルハシやショベルで暴れられちゃあ、たまらねえと思ってんのさ。」

西尾「じゃ、じゃあ・・処刑の日取りが迫ってるから突貫工事してるのかなあ。おらたち、後何日の命なのかなあ・・・!なあ、何とか言ってくれよ!」

塚越「うろたえるんじゃねえ!日本男児らしく、覚悟を決めるんだ。チャンコロみてえに泣いたりわめえたりしねえで、男らしく死んでいこうぜ・・・知ってるか?撫順の監獄だった頃には、ここで凍死したチャンコロがいっぱいいたんだ。看守に水を掛けられたりしてな。冬が来る前に殺してくれるんだ・・感謝しなくちゃな・・・」

 塚越、寝床に横になる。暗転。

 眠っている塚越に重ねて映像。その中で、塚越、上半身裸で、日本刀を構えている。足下に縛られた中国農民が跪いている。以下、映像の中で。

農民「大人・・お願いです。どうか、私を帰して下さい。家で病気の妻が、赤ん坊と一緒に待っています。大人、何でもします!私を殴っても蹴ってもいいからどうか、命だけは助けて下さい!!私がいなくなったら妻や赤ん坊はどうやって生きていけばいい?大人お願いです!・・・お願いです・・・」

塚越「俺の知ったことか!おとなしく首を伸ばしとくんだ。」

農民「どうあっても斬るのか!」

塚越「その通りだ!」

農民「東洋鬼!」

 農民、肩からぶつかってこようとするのを、塚越蹴り飛ばし、日本刀で斬る。腕が飛ぶ。

塚越「ちっ、馬鹿野郎が・・綺麗に首を斬ってやろうとしたのに・・」

 農民、失血のため失神する。

塚越「さすがは中尉殿の日本刀だ。・・・備前長船か、大根みたいに斬れたよな。俺達の軍刀じゃこうはいかん。・・・・斬り足りんな。」

 塚越、農民を残して去る。暗転。農民の血だらけの顔が浮かぶ。

声「大人・・・大人、お願いです・・・」

塚越の声「失せろ!・・もう遅いんだ・・・お前はもう、俺に斬られて死んだんだ!失せろ!成仏しろ!」

西尾「塚越さん!塚越さん!」

 明るくなると映像消える。塚越、寝床にいる。西尾と井手が心配そうに覗いている。

塚越「お前らか・・」

井手「ずいぶんうなされてたな・・塚越さん。」

 ノックの音。

塚越「・・来たか!」

 ユン班長がやって来る。

ユン「毎晩、穴を掘る音がうるさかったでしょう。もう終わりです。今晩からゆっくり眠れます。夕方までにあそこへボイラーが入ります。昼からは各部屋に配管の工事をしますから、その間は、こちらの指示通りに移動して下さい。」

西尾「ボイラー・・配管?何のことだ?」

ユン「各部屋にスチームを通します。そろそろ、寒くなって来たでしょう?冬が来るまでに間に合わせようと突貫工事をしました。間に合って良かったです。ここは冬、とても寒くなります。・・それでは失礼します。」

 三人、顔を見合わせて、唖然としている。暗転。

 ナレーションと映像。

声「彼らが徹夜で突貫工事をしてくれたお陰で、私達は暖かい部屋で冬を迎えることが出来た。正月を迎えることが出来た。正月には・・紅白の餅をついて配ってくれた。南京豆、リンゴ、蜜柑、飴玉、タバコ・・。固くなった餅を部屋のスチームに載せとくとすぐに、暖かいお餅になって食べられる。・・そういうものを食べながら30日から七草まで、歌や踊り、文化会、スケート大会、凧上げ、独楽回し・・・こういう事をして楽しく遊びました。普段も、三食白米のご飯に、味噌汁、鶏の唐揚げ、鯉の天ぷら・・・何でも食べさせてくれたし、こちらの要求にも答えてくれました。新品の楽器、ラジオ、新聞、雑誌・・図書館もできた。・・・・・こういう中で、だんだん思い出さずにはいられない。・・・自分たちが捕虜をどう扱ってきたか、かって私達は700人の捕虜を狭い馬小屋にたたき込んで、残飯を頭の上からぶっかけた。そして、これを食事だと言っていた。栄養失調や暴行によって沢山の捕虜が死んでいきました。・・・それが当然だと思っていたのです。それと、自分たちが今受けている待遇との違い、そういったことから、私達は少しづつ人間に変わりつつはあったのです。」

 塚越、井手、西尾、部屋で寝ている。井手茂、脂汗を流してうんうん呻いている。

西尾「塚越さん・・。井手さん、またやったんじゃねえかなあ?臭わねえか?」

塚越「馬鹿!・・大きなこえ出すんじゃねえ。起きてるとなりゃあ、世話しなきゃならんだろうが。少々臭いのは我慢して、寝たふりしとくんだよ。」

西尾「でも、苦しそうじゃねえかなあ。」

塚越「自分で鯉を食い過ぎて下痢したんじゃねえか!自業自得なんだよ。」

 解放軍の女医が、ユン班長と一緒に巡回にやってくる。臭いに気づいて顔をしかめる。

女医「誰か具合の悪い人がいるのかしら。」

ユン「臭いますね・・」

 女医、井手のシーツをめくり、ユン班長にささやく。

女医「温かいお湯をバケツに汲んできて下さい。タオルと毛布と替えのズボンもお願いします。」

ユン「わかりました。」

 ユン班長、出ていく。解放軍の女医、井手茂の汗を拭いてやり、下半身の衣服を脱がせる。そこへユン班長が頼まれたものを持ってくる。

ユン「持ってきました。」

女医「有り難う。」

 女医、井手の身体をお湯で濡らしたタオルで拭き始める。

声「私達は寝た振りをしていました。井手の野郎、旨いことやりやがって・・と、いうぐらいの気持ちでした。井手茂も、最初の一日、二日はゆうゆうとしていました。”当たり前だ、俺は病人だから当たり前だ”しかし、三日たち、四日たちするうちに 、たまらなくなってきた。”私の体を拭いてくれている人は誰だ?中国人だ・・・人民解放軍の女医さんだ・・・俺は一体、中国の女に何をやってきたのだ!”そして4日目の夜・・・・」

 下半身を拭かれている井手の背中が小刻みに震える。

女医「どうしたんですか?」

 井手茂、絶叫し、廊下に飛び出すや、部屋の中、解放軍の女医に向かって土下座し頭を床に擦り付けた。

井手「許してくれ!もうやめてくれ!どうして俺に親切にするんだ!俺が、俺がどんなことをしてきたか、知ってるのか?俺は・・あんた達の仲間、人民解放軍の女兵士を強姦した。何人も何人もで繰り返し、その若い娘さんを汚し、しまいには銃剣を突き立ててその命を奪った。それだけじゃない、・・泣きながら死体に駆け寄った彼女の幼い弟を、逆さに持ち上げて井戸の中に叩き込んだ!・・俺は、俺はそんな犯罪を数え切れないほど犯してきたんだ!!・・・許してくれ!・・許してくれ!!」

井手、号泣する。女医、井手の肩に手を置いて。

女医「よく言ってくれました。あなたは、そのことを、皆さんの前で話してくれますか?」

井手「話します・・・!必ず・・話します!」

 井手茂、女医の手を取り、両手で握りしめて何度も頷く。

女医「有り難う・・・じゃあ、とにかく・・・替えのズボンを履いて下さい。」

 暗転。ナレーション。

声「翌日、大衆集会と言ったものが開かれました。そこに彼は立った。そして、自らの犯罪を暴露した。このことが発端となって、私達の中に自己暴露、自己告発の大衆運動が起こりました。これが、私達のいわゆる思想転変の第一歩だった。これを坦白(タンバイ)運動と言います。坦白は、私達を目覚めさせ、さらに人民の道に導いてくれた。しかし・・鬼から人間になっていくことは簡単ではありませんでした。・・・ある日、私達は、ちょっとしたイタズラのつもりでした、ある事を見つけられ、解放軍の女医さんの部屋に呼ばれました。」

 明転。3人、女医さんの部屋の中でキョロキョロと辺りを見回している。ノックの音がして女医さんが入ってくる。三人、緊張した面もち。

女医「よくいらっしゃいました。・・皆さん、どうして来てもらったか、わかりますか?」

井手「いや、何だか、よくわかりませんが・・・」

塚越「馬鹿!・・白々しいんだよ。あの事に決まってるだろうが。」

井手「わからないだろ!聞いてみなきゃ!」

西尾「・・・あの、麻雀の牌のことでねえか?おらたちが、ちょろまかした御飯で作った牌のことでねえかなぁ?・・・・」

井手「・・この正直者・・・」

 女医、3人を見ている。

塚越「用件は何でしょうか?」

女医「・・まず、座って下さい。」

 三人、腰を下ろす。

女医「今日は討論をしましょう。」

塚越「何ですか?討論とは?」

女医「そうですね。まず、この部屋を見て何か気が付いた事はありませんか?」

井手「ベッドが・・・私達のはちゃんと作ってあるのに、ここのは蜜柑箱に板が乗せてあるだけです。」

西尾「毛布が、毛布が二枚しか無いです。おらたちは、毛布を3枚に布団を一枚もらっております。」 

塚越「それから、夕食だと思いましたが、粟の、粟のマントーとザーサイだけでした・・・、あの、申し訳ありませんでした・・・皆さんも、我々と同じ食事をされてるものだとばかり・・思ってたんで・・。あの、井手が、やっぱり、ちゃんと立つ牌で麻雀がやりたいと、そう、言いましたので、なら、米で作れるんじゃねえか、と、言っただけでして・・・井手さえあんな事を言わなけりゃ・・」

井手「いえ、私は只、やれたらなあ・・と、そう思っただけで・・・米を盗んだのは西尾ですし・・・」

西尾「えぇ!おらぁ、只、この二人が盗んでくれと頼むから、それで・・」

井手「米を固めて、乾かして、削ってと、指図したのは塚越ですし・・」

西尾「んだんだ!」

塚越「いい加減なことを言うな!喜んで作ってたじゃねえか!」

 3人、責任をなすりあっている。突然、女医が歌い出す。

女医「おどま、かんじんかーんじん、あんひとたちゃあよかしゅー」

 五木の子守歌である。3人驚いて立ちすくむ。女医歌い終えて・・。

女医「日本にも、貧しい人達が沢山居ました。自分たちが米を作っていても、一生お米を食べないまま死んでいく人達が居ました。その人達の娘さんは、わずかなお金と引き替えに故郷を離れ、自らの身体を売って生きていました。・・わかりますか?お米というものに込められた思いを・・・私は粟マントーを私達が食べているという事を見せるために、あなた達を部屋に案内したわけではありません。私達中国人民は未来に希望を持っています。また、今は粟マントーで暮らしていても、皆さんが中国全土を荒らし回っていたときよりも、ずっと幸せであり、満足しています。・・・しかし、日本人であるあなた達はどうですか?粟マントーばかり喰わせやがってと言うことになるのではないですか?・・・あなたは工場の労働者ですね。あなたは炭鉱の労働者、あなたはお百姓さんでしたね。ここにいる日本人の人達にも、様々な階級の方がおられるだろう。しかし、日本にいるときはおおむね白米を食べて生きてこられたのだろう・・ならば、日本にいるときと同じように扱ってあげよう。・・・そういう上級の指示で、東北地区の同志が丹精込めた白米を、私達は皆さんに食べてもらってきました。・・あなた達は、本当にお米がどうやって作り出されるか知っていますか?この労働の困難さ、尊さを本当にわかっていますか?・・・・」

 西尾克巳、ポロポロと涙をこぼす。

西尾「おらぁ・・・飛騨の高山で生まれたです。飛騨で、おらぁ・・・兵隊にはいるとき、生まれて初めて、お米さ喰っただ。うまかっただ・・。こんなうめえもんがこの世にあったなんて知らなかっただ。お父とオッカアが、おらの手を握りしめて、きっと生きて帰ってけ、そしたらまた米さ喰わしてやるから・・て・・・高山に、米袋ってのがあるだ・・。一生、米喰わねえまま死んでくおっ父やオッカアの枕元に、これが新米だぞって、耳元に置いて・・冥土さ送るだ・・・・おらぁ・・・わかっただ・・おらたちが戦ってきた・・殺してきた相手は、天皇に逆らう悪いチャンコロなんかじゃなかった・・・あれは、狭ぇ田畑にしがみついて汗水垂らして働いてるおらの、お父や、オッカア、爺ちゃや、婆ちゃだったんだ・・・・・」

 女医、西尾の肩を抱く。

女医「・・みなさんは、白米が労働の結晶だということを、知っています。それをなぜ、自分たちの遊び、賭博の道具にしようとしたのか、皆さんの中のどんな心がそれをさせたのか・・これを考えて下さい。」

 暗転。塚越だけが残る。

塚越「そして、一人、また一人と、私達は、自分の罪を告白していきました。それは、集会であるだとか、また、所内放送でやりました。だんだん、わかってくる・・自分達が、なぜ、あんな事が出来たのか、自分達がしたこととは何だったのか・・。」

 井手が浮かび上がる。手に原稿を持っている。

井手「私達は軍隊に入った時から、殴られ、蹴られ、怒鳴られ、いじめられ、辱められ・・・虫けらのように扱われながら、軍人精神を叩き込まれました。上官の命令には、どんなことでも絶対服従です。同期の中では何もかもが競争でした・・飯を食う事、服を着ること、糞をすることまでが競争です。人を出し抜いて成績を上げることばかりを考えていました。実際、分隊や、班の中で、何かがなくなったとしたら、こっそり、他からチョロマカして数を合わせるのが新兵の仕事でした。古参の兵の楽しみは、夜毎、新兵にビンタを食らわし、様々な体罰を与えて、涙でゆがむ顔、滑稽な顔を見て、その苦しみを笑うことでした。我々新兵が、唯一いびられない時間、それは戦闘に出かける時間だけでした。我々は積もり積もった鬱憤を敵に、天皇陛下に逆らう虫ケラ、獣のような奴らにぶつけていきました。”お前らが居るから俺達の苦しみが終わらないのだ!””早いとこ白旗ふるか皆殺しになっちまえ!”そう思うしかありませんでした。いつもトゲトゲ、ギスギスした気持ち、賭事や、酒、女でうさを晴らし仲間の失敗を笑い合う・・・それが私達の生活、”鬼の生活”でした。」

 井手が消え、塚越が浮かび上がる。

塚越「私たちが戦った戦争、これは”三光”と呼ばれる政策に依るものだった。第一に共産ゲリラ=八路軍の、出没する地区の人間を殺し尽くす事、若い男だけは、日本内地の労働力として捕まえて送り込む。若い女は、一晩慰み者にしてから、口封じに皆殺しにする。あとは、拷問したり、試し斬りにしたり・・・第二は物資を奪い尽くす。1941年以降、私たちの軍は”現地調達”と言うことを申し渡されました。日本から、或いは部隊からは何も持っていかない。全部、現地で・・調達といえば言葉はいいが、部落から略奪するわけです。米、麦、家畜、火薬の原料になる綿花・・着物とか、宝石とかも盗ってきて小遣いにする。第三に焼き尽くす。こういう作戦を終えると、畑に毒ガスを撒き、一軒一軒に火をつける。たいまつを投げ込んでね。部落を焼き尽くして人が住めないようにする。こうした無人地区を広げて、八路軍が隠れられなくする・・・皆殺し作戦だ。これで、中国人民を1200万人殺してます。私たち日本軍がね。・・誰が殺したんじゃない・・私たちが殺した。私自身でも百数名殺している。そういう中で自分達が犯した犯罪。これは、無惨なものだった。軍隊の中で、虫ケラとして扱われている私達が、虫ケラの如くに中国人を殺していった。」

 塚越が消え、西尾が浮かび上がる。

西尾「中国の人から見ると私たちは”鬼”でした。逆に私たちは”チャンコロ”

と呼び、同じ人間とは考えませんでした。それは、私たちが差別していたわけです。差別思想を生まれたときから叩き込まれて来たのです。人には、生まれながらに貴い人と、卑しい人が居ると教えられてきたのです。中国人、朝鮮人を差別し、部落を差別し、女性を差別し、金持ちと乞食とで差別し、血統・血筋で差別する。・・最たるものが天皇制であり、優秀な日本民族が劣った他民族を支配して、平和な世の中を作るという大東亜共栄圏、八紘一宇などの、ブルジョア民族排外主義でした。・・こいつらは日本に逆らう悪いチャンコロだ。死んでも仕方のない畜生だ。それを、骨の髄まで叩き込まれてきて、初めて出来た戦争でした。しかし、中国人民解放軍の人達は、大変な努力・我慢の中で私たちを人間に、中国の人民と同じ人間なんだと云うところへ変えてくれた。一対一、同じ人間に対してやったこととして、私たちは自らの悪鬼の所業を思い起こし、自分で自分を告発した・・これが坦白という運動の意味でした。」

 西尾が消え、塚越が浮かび上がる。

塚越「坦白は、もの凄く厳しく苦しい自己闘争だった。自分の罪行を暴き出す中で錯乱状態になって行く人もかなり出ました・・自殺した人も8人いるんです。私も三日間、飯が食えずに鼻血を出してぶっ倒れた。そのくらい、自分の神経が蝦蟇の油じゃないけれど、四方を鏡に囲まれて、その中でトロリトロリみたいなものがあった。殺された人の眼で、殺した自分を見る・・・・そして、その責任を負っていく。思想改造というのは大変きついものでした。けれど私たちは、励まされ、助け合いながら、なんとか、これをやり遂げました。・・・そして、そうした記録を基に裁判が開かれることになりました。」

 暗転。ナレーションと映像。

声「1956年=昭和31年6月、審陽市、中国最高人民特別軍事法廷において、1062名の戦争犯罪人の一人として、私は裁かれたわけです。・・戦争犯罪とは何だかわかりますか?戦争にもルールがあるって知ってる?毒ガスや、細菌兵器を使うこと、一般人を殺したり、財産を奪っちゃいけない。占領した都市を破壊しちゃいけない。捕虜を虐待しちゃいけない。・・他にもありますが、要するに私らのやってた事は戦争犯罪の固まりだな。また、いくら上司の命令に従っただけだって云っても、いくらか刑が軽くなることはあっても、その責任が解除されるわけじゃない・・・と、そういう条例もある。・・坦白運動の中で、私たちが自ら告発した罪行は、中国各地へ送られて、現地での記録と照らし合わされる。その中で、云ったことが正しいと判ると、よく本当のことを喋ってくれたと褒めて貰える。けれど、いくらあちらの記録にあることでも、我々が自白するまでは決して追求されることはありませんでした。・・・一方、被害を受けた側の中国の人々も日本軍の蛮行について証言・告発を運動としていました。これが先程云った記録、事実証拠となるわけです。」

 中国人の男性(番広林)が現れる。

番「私たちの一家五人はブドウの棚の下にいました。まず、壁の上にいた兵隊が投げた手榴弾で、祖母が五体バラバラに飛び散って即死しました。機関銃掃射が止まり、入ってきた兵隊の一人が母を見つけ、母が抱いていた5歳の妹を奪い取りました。両足を掴んで逆さにすると、振り子のように大きく振って頭を石に叩きつけました。・・妹の頭は割れ、即死しました。母は狂ったように妹に抱きすがりましたが、背中を銃剣に貫かれて、動かなくなりました。残った上の妹は、母の死体に抱きついているところを、兵隊に蹴飛ばされ、引き剥がされました。”お母さん、お母さん!”と絶叫する妹を、兵隊は地面に転がし左の足を軍靴で踏みつけると、右の足を掴んで力一杯引き裂きました。最後の悲鳴と共に、7歳の妹は腹まで裂かれて死にました。他にも30人くらいの幼児が裂かれて死にました。・・新婚まもなかった番国文の奥さんは、軍刀で両足を付け根から切り落とされました。村には20人以上の妊婦が居ましたが、みんな腹を裂かれ、胎児を取り出されて死にました。動く胎児は突き殺されました。一体、胎児に何の罪があるというのでしょうか!・・火と機関銃に追われた子供達200人が、地主の家の内壁と建物の間に逃げ込みましたが、機関銃の集中射撃を受けて、みんな、立ったまま・・皆殺しにされました・・・」

 番広林去る。ナレーションと映像。

声「そういう中で、私にはどうしても話せなかったことがあった。共産党員の女性を刺殺したことと、共産党員の教師夫婦を日本刀で叩き斬ったこと・・でも、解放軍は知っていたんです・・・・。ある兵士が私と並んで、日向ぼっこをしながら、友達がバスケットやスケートをしているのを眺めながら、自分の体験、帝国主義によってさんざんな目にあった自分の過去を語り、”君が未だに云うことが出来ないことについて、私たちの方から摘発はしない。しかし、君は自分の道を自分で選ぶことが正しいことだ・・”そう説得してくれました。私は、この時ようやく自分の犯した犯罪を暴露する決心がつきました。その決心を一番喜んでくれたのはユン班長でした。」

 俯く塚越の手を取るユン班長。

ユン「よく戻ってくれました。それが人間の道なんですよ。」

 ユン班長、塚越正男の手を取って舞台下手に連れていく。そこには井手茂と西尾克巳が並んで立っている。ユン班長自身は上手にマー婆さん、番広林たちと立つ。

声「そして、私たちは特別軍事法廷で人民裁判を受けました。その時に、証人に立ったのは、ほとんどが私たちの暴れ回った山東省の人でした。両足をもぎ取られた兵士、乳房を日本刀で切り取られた女性、両眼をつぶされた老婆、そして、私が片腕を切り落とした男性・・・その中で、ユン班長もまた、証言台に立ったのでした・・・」

 ユン班長、怒りに燃えた目で絶叫する。

ユン「貴様達のために、姉さんが死んだんだ!母さんも貴様らに輪姦されて死んだ!おばあちゃんは餓死して死んだ・・・父さんは貴様達に殴り殺された・・貴様達が来たばっかりに、俺の生活は無くなってしまった・・暖かい家庭が、優しい家族が・・・全部無くなったんだ!貴様達を皆殺しにしたって、この気持ちは晴れはしない!!どうするんだ!!お前達は、一体、どうやって、償うつもりだ・・・!!!」

声「戦犯管理所の暮らしの中で、一緒にスケートや、バレーを楽しみ、日本の家族が私に対したよりも、もっと暖かい親身な愛情を私たちに注いでくれたユン班長・・・彼の怒り、魂の奥底よりの叫びを耳にして・・・私たちは、裁判が済めば日本に帰れると思っていた自分達の思い上がりを恥じた。みんな、もう、立っていることすら、出来なかった。」

 日本兵達、地面を叩き、転がり、泣き叫び、胸をかきむしる。

塚越「死刑にしてくれ!!頼むから死刑にしてくれ!」

井手「殺してくれぇ!早く殺してくれ!」

西尾「おらぁ・・自分が恐ろしい!死刑にでも何にでもして、許してくれ!!」

 マー婆さん、兵士達に駆け寄り、抱きかかえる。

マー婆さん「裁判長!・・・私は日本兵が憎い。家族17人を殺されて・・私は、日本兵達を皆、死刑にしてもらうために、ここへ来ました。止められても、止められても日本の将校や、兵隊を殴りに行ったし、噛みつきもしました。自分の気持ちが止められませんでした。私は、この兵隊達を告発します!・・しかし・・彼らは死ぬほど後悔しています。人間に戻ろうとしています。彼らを生かして帰しましょう。そして・・命があって、平和で幸福な生活を送ることが、どんなに大切なことか・・彼らに体験させてやりましょう!・・私はずっと・・日本鬼子を八つ裂きにすることだけを考えてきました。けれど、この人達は鬼じゃない・・・私たちと同じ人間です!ウォーメン・ドゥシー・レンナ!」

 マー婆さん、ユン班長、中隊長達、日本兵達を立たせて抱き合う。皆、泣いている。励まし連れていく。

声「こうして、その時裁判を受けた353名は、全員が不起訴となり、日本に帰ることが出来たのでした。・・・・・・私は帰国して3年後に結婚しました。東京の下町で、溶接工場を始めました。女房と毎日のように、仕事の後に映画を見に行く・・平和な暖かい、楽しい日々。でもね、思わずにはいられない。私が中国で殺した103名の罪もない人々、その家族の人々から、私は、このような幸福を永遠に奪ったのではないか・・・。じっとしては居られなかった。私を生まれ変わらせ、この平和な時間を与えてくれた中国人民、解放軍の人達、そして、周恩来首相、毛主席の心に答えるためにも・・。私は私の戦った戦争の姿、そして誰が私を、鬼から人間に変えてくれたのかを世の中に訴え続けました。私は深い海の貝にはなれない・・」

 この辺りから、年老いた姿の塚越が、舞台に登場する。セリフが重なって、録音の方が徐々に消えていく。

 

塚越「私には使命が会ったのです。仕事も辞めて運動に打ち込みました。苦労をいとわず私を支えてくれた女房には、本当に有り難いと思っています。まあ、こんな事は皆さんの前で言う事じゃないけどね・・・石さん。石飛さんの劇団にも参加させてもらった。広島や岡山にも、よっちゃん、由木さんを始め、沢山の若い仲間が出来た。芝居や、様々な公演、取材や、文章を書く機会を頂いた。本当に嬉しかったよ。いろいろ迷惑かけたけどな、一緒に中国へも行けたしな。そうだ、最後に、帰国してから初めて中国を訪ねたときのことを話して終わりにさせてもらおう。・・私が、撫順の戦犯管理所の前に立ったとき・・」

声「先生、塚越先生!」

 塚越、振り向く。そこにはユン班長が満面の笑顔で立っている。

塚越「パンジャン!ユンパンジャン!」

 二人、固く抱き締め合う。塚越正男泣いている。間。ベンチに座って改めて握手をする。

ユン「いや、よくきたね。」

塚越「・・・」

ユン「先生、結婚は?」

塚越「・・しました。」

ユン「私もしましたよ。お子さんは?」

塚越「二人です。」

ユン「私は三人です。・・いやぁ、私の方が多いね。」

 二人笑う。

塚越「私は、一人は日中友好を願って、友好と名づけました。長女は毛主席の教えの中から、真理の子と書いて真理子とつけました。」

ユン「そうですね。将来は中国と日本のために有益な仕事をしてもらうといいですね。」

 二人ストップモーションになる。レボリューションの演奏が流れ、年譜の映像が映る。登場人物が次第に舞台に集結し、”岡山平和行動日中友好訪問団”の横断幕が開かれる。画面に、”1993年8月 入院先の病院で逝去。享年72歳”の文字が流れ去った後、塚越正男さんの屈託のない笑顔が大写しになる。

 −幕−

 

 

 

 

 

 

 

 

{出典・引用・参考文献}

青年よ侵略の銃を取るな(塚越正男追悼集制作青年委員会)

1/1062の場合・鬼から人間の発言集・第1集、第2集(塚越正男編)

天皇の軍隊(長沼節夫・本多勝一)

中国の旅(本多勝一)

新編・三光・第1集(中国帰還者連絡会編)

私たちは中国で何をしたか(中国帰還者連絡会編)

覚醒(中国帰還者連絡会訳・編)

ドキュメント悪魔の証明(石飛仁)

他、多数の書籍を参考にさせて戴きました。