PASSION〜よるべなき幼き日の情熱に寄せて〜

作 白神貴士 (1988年BOOGIE THEATERU上演バージョン)

【登場人物】

 ハルヲ(ハルコ)
 ミヨコ
 爺
 信行

 母
『父』(英雄)

勝利(声)

他に見せ物小屋・遊びなどで人数を増やす事は可能です。


      *     *     *     *     *    *    *




 夜です。今夜は空の星が変です。ボンヤリとウニかヒトデのように見えます。
 頭の中でピアノ…鳴ります。優しく鳴ります。せつない音色です。
 暗闇の中に浮かんで見えるのは、“自称”ハルヲ君です。お母様の声、聞こえてきます。


「幸福とは何ですか?」
ハルヲ
「早く大きく強くなって、立派な兵隊になり、お父様 、お母様、わが大日本帝国、そして陛下のため
に、戦場でめざましい働きをして…命を捧げて、靖国の英霊となることです。」

「本当に…そう思いますか?」
ハルヲ
「はい!」

「なら…お父様は…とても幸福になられたのです。けれど、もう、お前の頭を撫でる事も、私を抱き
しめて下さる事も出来ないのです。」
ハルヲ
「お母様 !そのような女々しい事を云わないで下さい !お父様は靖国神社にいらっしゃいます。
いつも いつも、私達を見守っていて下さるのです。護って下さるのです。」

「…そう 、そうですね。ごめんなさい…ハルコ、私があなたぐらい強くなれたら…。明日、二人で
お父様に会いに行きましょうね。もう、おやすみなさい・・」
ハルヲ
「おやすみなさい。お母様。」

  パタンとドアが閉まります。
  ハルヲは寝台に倒れます。 肩がゆらゆら揺れてます。
  聞こえない声、心から洩れてます。ベッドも 、窓も、電球の傘も…
  泣いているみたいです。
  てるてるぼうず、てるぼうず、お月さまの中、揺れてます。(母の自殺・・)
  ハルヲの心、凍りそうです。

ハルヲ
「お母様!おかあさまぁ..!!」

  ぽくぽくぽくぽく、チ..ン。

 雨です。銀色の雨が、銀色の髪に降っています。
 円く広がったスカァトが雨水を吸い上げて…
 そう、まるで切り落とされた朝顔の花が、大地にキスしてるようです。
 この女の人の心は留守です。

ハルヲ
「…そうそう、先日観たトーキーの話、しましたっけ 。爺やが肝心の眼鏡を忘れていったので 、
僕がいちいち画面の説明をしてやったのです。後で爺やが、 今日は映画ではなく、お嬢様のお話
を聞きに行ったみたいだったと云いました。…そんなこんなで、僕は、気楽にやってます。どうぞ、
何も御心配なさらずに、僕をもうしばらくこの家に置いておいて下さい。父と母の一周忌が済む頃
には、今後の身の振り方について、相談にあがりたいと考えております。それでは、どちらさまも
つつがなくお過ごし下さい。
…ハルコ。親愛なる叔父様へ…。」

 ハルヲは手紙を書いていました。春休みの何気ない朝でした。


「お嬢様!ちょっと玄関へおいで下さい!」
ハルヲ
「どうしたの?そんな大声だして。弔問の方なら、ホールへお通しして!」

「それが…爺一人では荷が重うございまして…!」
ハルヲ
「…わかった。ちょっと待って!」

 ハルヲは手紙を封筒に入れておいて玄関へ…

ハルヲ
「どうしたのこの人?」

「行き倒れでしょうか?玄関の前にずぶ濡れで倒れておりました。」
ハルヲ
「とにかく中へ運ぼう。…お風呂を沸かして。それから、母様の着替えを。…その前にブランデーを。
そうだ、お医者様を呼んで来ておくれ。お腹が空いているかも知れない。何かあったまるようなもの
…。やっぱり警察にも…」

「・・それ全部、爺がいたしますので?」

 毛布の中に女の人がいます。お風呂で洗ってあげました。タオルで拭いてあげました。
 ドキドキ胸が鳴りました。不思議な気持ちになりました。毛布にくるんであげました。
 爺やは、お医者に行きました。

ハルヲ
「おばさん、おばさん大丈夫?今、医者を呼びに行ってるからね。」

「………?」
ハルヲ
「ね…どうして、うちの玄関で倒れていたの?…ね、おばさん、名前は?僕の云ってること…わかる?」

「……あ、カッちゃん兄ちゃん…」
ハルヲ
「うん?…カッちゃん兄ちゃん?それがあなたの名前?」

(フルフルと首を振ります)「…あたし、ミイちゃん。」
ハルヲ
「あたし…?」
ミイ
「ミィちゃん… ミ・ヨ・コ…のミィちゃん。」
ハルヲ
「じゃカッちゃん兄ちゃんていうのは誰?」

  ミヨコの指の先にハルヲの顔があります。

ハルヲ
「…僕?僕は北条寺ハルコ。この家の主人だ。」
ミヨコ
「カッちゃん兄ちゃん…」
ハルヲ
「ハルコ。」
ミヨコ
「ハ…ル…コ兄ちゃん?」
ハルヲ
「う...ん……ハルヲ。ハル兄ちゃんでいいや。」
ミヨコ
「カッちゃん兄ちゃんソックリ兄ちゃんのハル兄ちゃん…」
ハルヲ
「おばさん。何だか子供みたいだな。…髪なんて真っ白…いくつなの?」
ミヨコ
「ミィちゃん、よっつ。」
ハルヲ
「僕をからかってるのか?」
ミヨコ
(指折りながら)「…ひとつ…ふたつ…みっつ…よっつ!」
ハルヲ
「おばさん、どこから来たの?…病院から?」
ミヨコ
「…見せ物小屋!」

 [口上例]

 桜三月つぼみの紅さ、おぼろな月に映る影、あれは未だ見ぬ母様か、我が身を呪い世を呪い、
 果てぬ因果の糸車、からから回す指先に、唇からめ舌からめ、あの世の果てのその果てに、
 カリョウビンガの声聞けば、死出の旅路の置きみやげ、肉のぬくもり血の香り、
 生まれいでたるこの姿、 鎌首のばし首のばし、手に手をとりて雲の上、手に手をとりて雲の上…

 (口上に合わせての見せ物小屋パフォーマンス)

ハルヲ
「本当にこんな事してたの?」
ミヨコ
「ううん…嘘ついたの」




「…記憶喪失ではないかと。」
ハルヲ
「お医者様が?」

「はい、四才から後の記憶を、何かのショックで失くしてしまったのではないかということです。
果たして治るものかどうかと…」
ハルヲ
「ここへ置いてあげよう!」

「は?」
ハルヲ
「うちの玄関で倒れていたのも何かの縁だ。お父様がいつも云われていただろう?人にはやさしく、
親切に。」

 うららかに晴れた気持ちのいい春の日曜日です。
 ハル兄ちゃんがお出かけの支度をしています。

ミヨコ
「どこへ行くの?」
ハルヲ
「靖国神社…父様、母様に逢いに行くんだ。」
ミヨコ
「ミィちゃんも行く!」

 あとついて、とっとことっとこ歩きました。
  かしわ手うちますパーンパン。こだま響いてパーンパン。
  ハル兄ちゃんは真面目な顔。

ハルヲ
「さ、帰るよ。」
ミヨコ
「どこいるの?」
ハルヲ
「何?」
ミヨコ
「ん.と 、ハル兄ちゃんの、お父さんと、お母さん、とね、どこいるの?」
ハルヲ
「…この、ずっと奥。」
ミヨコ
「じゃ、行こ!」
ハルヲ
「駄目だよ!こっからは行っちゃ駄目!」
ミヨコ
「……会うのと…違うの?」
ハルヲ
「もう…会ったんだよ。さっき。」
ミヨコ
「うそぉ!ミィちゃん会ってない…」
ハルヲ
「僕は会ったんだよ!」
ミヨコ
「ミィちゃん、ハル兄ちゃんの父さん母さんに会いに来たのにィ!」
ハルヲ
「…無理を云うなよ…」
ミヨコ
「だって、だって会いたいもん!!ミィちゃんも会いたいもん!ハル兄ちゃんだけ会ってずるいもん!」
ハルヲ
「やめろ!…やめてくれよぉ…」

 ハル兄ちゃんの目から、真珠のようなまん丸い涙。コロコロ、ほっぺを転がり落っこちます。

ミヨコ
「…………………」

 ハル兄ちゃん、可哀そうです。ミィちゃんがいけなかったのかしら。
 よくわからないけれど、ミィちゃんも哀しくなってきました。

ミヨコ
「ごめんなさい…ハル兄ちゃん、ごめんね。」

 桜散りますハラハラと…四月の空は花曇り。二人の姿もそのまま霞んでしまいそうです。

 ミーンミーン、ジージージー、オーシーツクツク 、シャーシャーシャー…

ミヨコ
「あっちーよぉ!帽子欲しーよぉ!」
ハルヲ
「さっき、川に落としちゃったんだろ。」
ミヨコ
「だってだって、ハル兄ちゃんがトンボとってくれないから、ミィちゃんがとろうとしたら、 落ちた
んだもん。ミィちゃん悪くないもん。ハル兄ちゃんがとってくれないからだもん。」
ハルヲ
「だってトンボは益虫だよ。」
ミヨコ
「えき…ちゅう…?何のことかわかんないもん!」
ハルヲ
「トンボは蚊や蠅をとってくれる良い虫なんだ。」
ミヨコ
「そんなの知んないもん!ミィちゃんとりたかったんだもん!!」
ハルヲ
「……じゃあ、暑くてたまらないんだったら…帰ろうか?」
ミヨコ
「だってぇー!!まだ何にもとってないよぉ?」
ハルヲ
「…じゃあ、我慢できる?」
ミヨコ
「え〜ん・・・カッちゃん兄ちゃんがとって来てくれたらいいの!」
ハルヲ
「これから帰って来てたら三十分はかかるよ。ここで 、じっと待ってるの?」
ミヨコ
「…待ってない…」
ハルヲ
「…そこの木の陰でじっとしてて。僕が虫とるまで。」
ミヨコ
「ハル兄ちゃん…怒った?」
ハルヲ
「別に…」
ミヨコ
「…怒った目してるぅ…」
ハルヲ
「蝉だ!」
ミヨコ
「どこぉ!!」
ハルヲ
「えい!」

 父さんが買ってくれた捕虫網。お・み・ご・と!

ミヨコ
「蝉、せみ、せみせみ、ハル兄ちゃんが蝉とってくれたぁ!!ミィちゃんに蝉とってくれたぁ!!
すごーい!!」
ハルヲ
「…でも三日か四日したら、逃がしてやろうね。」
ミヨコ
「どーしてー。」
ハルヲ
「蝉はね …七年間、土の中で暮らしていて 、地上に出たら一週間で死んじゃうんだ…」

 二人が演じる蝉の一生。

ハルヲ
「わかった?」
ミヨコ
「ばいばい…」
ハルヲ
「あ、逃げた!」
ミヨコ
「逃がしたの。蝉さんカワイそうだもん。カゴの中、きっと居たくないもん。」
ハルヲ
「…そうだね。きっとそうだね。」
ミヨコ
「ね、帰ろう。かえってお昼寝しよ!あ、その前に本読んでもらうの!」
ハルヲ
「うん!…帰りにアイスクリン買って食べよう。」
ミヨコ
「ええっ!爺に怒られるよ…」
ハルヲ
「大丈夫!わかりゃしないさ!!」
ミヨコ
「カッちゃん兄…あの…ハル兄ちゃん大好き!!」
ハルヲ
「カッちゃん兄ちゃんて、やさしかった?」
ミヨコ
「うん。でもハル兄ちゃんもとってもとってもやさしい!」


 蒸し暑い夜です。
 ハルヲはいつのまにか知らない森の中にいます。どうしたのでしょう?
 足音。駆けてくる足音!
 ミィちゃん?!
  ミィちゃんです!ミィちゃん、必死で 駆けてくる。
 後を追うのは軍服姿のお父さん!
 父さん!!
  そんな言葉も聞かぬげに、父さんはミィちゃんを押し倒し…

ミヨコ
「鬼子! 日本鬼子! ……アアッ !アイヨー!!
マーマ………アアッ…」
 
 ミィちゃん動かなくなった 。父さんギラギラした眼でハルコを見た…

父さん
「はは…ここにも居るぞ。今夜はついてるぞ…へへっへへっ…」

 父さん!!父さんやめて!!…でも、声が、声が出ないよぉ!!
  ……あれ、父さん倒れて来た。何、このヌルヌルした…血だ!!
  
 ミィちゃん…ミィちゃん、立ってた。大きな石…血がついてる…
  ミィちゃん…父様!!!!

ミヨコ
「ねぇ、ハル兄ちゃん…どうしたの?あたしのこと呼んだ?
ねえ…起きてよ…。」


 飛び起きた。心臓、早鐘。夢…夢?今の…夢?!

ミヨコ
「ハル兄ちゃん…」
ハルヲ
「さわるな!!僕にさわるな!!!」

 父さん…父さんの血まみれの顔。思わず…。
 ミィちゃん、戸口まで飛んでった。
 目がまん丸…夢?そう今のは夢。

ハルヲ
「ごめんね。夢…悪い夢…見たんだ…。もう大丈夫。 さあ、ベッドまで連れてってあげるから
…おやすみ……」
ミヨコ
「……あのね、ハル兄ちゃん…」
ハルヲ
「なあに。」
ミヨコ
「ここ……血ぃついてるよ。」



 ハル兄ちゃんは この頃、元気がありません。
 枯れ葉が風にさらわれるのをボ ーとみてたりするのです。
 ハル兄ちゃんが元気じゃないと、ミィちゃんも何だか楽しくない。

ミヨコ
「兄ちゃん」
ハルヲ
「ん?」
ミヨコ
「何見てるの?」
ハルヲ
「別に…」
ミヨコ
「元気ないよ。」
ハルヲ
「秋だから…」

 話が続きません。

ミヨコ
「あのね、あのね!ハル兄ちゃんはミィちゃんの事好き?」
ハルヲ
「…うん。」

 気のない返事だなぁ

ミヨコ
「あのね、ミィちゃんは兄ちゃんが大好き!」
ハルヲ
「ありがとう。」
ミヨコ
「あのね、あのね、あのね……」
ハルヲ
「…ん?」
ミヨコ
「カッちゃん兄ちゃんは…ミィちゃんの事 、お嫁さんにしてくれるって…」
ハルヲ
「……」
ミヨコ
「ハル兄ちゃんは?」
ハルヲ
「…そうだな。ミィちゃんが大きくなってから、考えようね。」
ミヨコ
「ええと、ええと、ミィちゃんが大きくなったらしてくれる。」
ハルヲ
「う…ん。そうだね。」
ミヨコ
「きっとね。きっとね。」
ハルヲ
「う………ん。たぶんね。」
ミヨコ
「指切り!」
ハルヲ
「うん。指切りしよう。」
ミヨコ
「指切りげんまん嘘ついたら針千本呑ぉ〜ます。」
ハルヲ
「じゃあ・・遊ぼ!」

 二人は色々遊びます。

ミヨコ
「…ハル兄ちゃん!」
ハルヲ
「どうしたの?」
ミヨコ
「あそこ!誰かいる…!」


 地下室は湿った空気の匂い 。それが、お盆の上のトーストと
 スープの匂いと混ざります。

ハルヲ
「兵隊さん。」
兵 隊
「ありがとう。ハルヲ君いつもすまない。」
ハルヲ
「もっと持って来たいんだけど、爺に見つかったら困るから…ごめんなさい。」
兵 隊
「いいよ…こうやって匿ってもらってるだけで有り難いんだから。」
ハルヲ
「もうすぐして、お正月が近づいたら、爺を息子さんの所へ帰らせるから、そしたら、もっと色々
持ってくるよ。」
兵 隊
「…そう、いつまでも、ここにいるわけにはいかないし…」
ハルヲ
「あ、駄目だよ!危いよ。この前も特高警察の人が来てたんだから。もう少し、年が明けて… いや、
桜の頃まで居た方がいいと思う。ここなら絶対安全だよ。僕、死んでも喋らないし。」
兵 隊
(苦笑しました)「あの時のおばさんは?」
ハルヲ
「あなたは、あの後 、すぐ出てったって云ってある。 それに、ミィちゃ …あのおばさん…頭が少し
おかしいから、きっと何云っても誰も信じないと思う。うん、絶対。」
兵 隊
「…そうか。じゃ、もうしばらくお世話になるよ。ありがとう。」
ハルヲ
「お礼なんていいよ…。兵隊さん名前は?」
兵 隊
「………のぶゆきだ。よろしく。」
ハルヲ
「いい名前だね。のぶゆき・さん…」
信 行
「みんな“ブーヤン ”て呼んでた。それでいいよ。ハルヲ君を見てると弟のような気がするんだ。」
ハルヲ
「信行さん…って、呼ばせて。」
信 行
「何だか、照れくさいけど。君が呼びたいなら。」
ハルヲ
「ありがとう。長居してると爺に感づかれるから…行く。」
信 行
「うん。」
ハルヲ
「また、上海や、香港の話してね 。ラッパ吹きに行ってたころの…」
信 行
「ああ、約束する。」
ハルヲ
「…指切りげんまん嘘ついたら針千本呑ぉ〜ます!」
信 行
「それじゃ…」
ハルヲ
「夕方、また来る。」
信 行
「ああ。」
 
 ハルヲは何だか心がホカホカして階段上って行きました。

信 行
(胸のポケットから写真を出して)「雪…生きて帰るからな…」




 ミィちゃんは一人で遊んでます。ハル兄ちゃんの姿が見えないので、一人で遊んでます。
 コップにジュースを色々汲んで“ずいずいずっころばし”やってます。



 吹雪の音。雪を含んだ風が部屋の窓をガタガタと揺すります。
 でもハルヲの胸のドキドキは、風のせいではありません。
 ハルヲには風の音なんて聞こえません。
 さっきからハルヲの耳の奥でかすかに鳴っているのは、
 夕べ地下室に運んだ蓄音機の奏でるJAZZの不思議な調べ…
 ハルヲ…いえ、もうハルヲではなくハルコさんでしょう。
 ハルコは鏡に向かって口紅をさしています。お母様の片身の耳飾り…
 お母様の買って下さったブラウスとスカート…

ハルコ
「神様…今夜だけでいいんです 。私を男の方が好いてくれるくらいに美しい娘に変えて下さい。
お願いします。その為に何を失っても構いません。…神様、お願い。」

 ミィちゃんはとても良く眠っていてくれます。
 ああ…神様…。
 念じながらハルコは、もう一度鏡を覗くと、
 決心したように、信行さんの食事の盆を取り上げて部屋を出てきました。

信 行
「…誰だ…ハルヲ君?…おどかさないでくれよ。そんな…、え…まさか?」
ハルコ
「信行さん。」
信 行
「きみ…そうか女性だったのか。いや、気がつかなかった…!すまん 。一生の不覚だ。
そうか…男装の麗人か…いや、川島芳子か少女歌劇か…まいったな、こりゃ…」
ハルコ
「いいんです。どうせ、女の子には見えませんから…」
信 行
「いやいや、そうじゃない。キレイだよ… びっくりするくらい。こんな可愛らしい娘さんが、
この屋敷の御主人だなんて思いもよらなかったんだ。」
ハルコ
「おせじばっかり…」
信 行
「こら、疑う奴があるか。ほら俺の眼を見てごらん。君はとってもキレイだよ。」
ハルコ
「…ほんとに?」

 ああ…今夜だけ…今夜だけ、キレイになりたかったの。…信行さん。
 ロウソクの灯が消えました 。誰かの息が消しました。あとは暗闇…


 ミィちゃん、びっくりしました。ハル兄ちゃん、 どこにもいません。
 ハル兄ちゃんの寝巻きがたたんであります。外は凄い雪です。
 どこ…?どこ・・・?!

ミヨコ
「・・・いない…そとぉ!…」

 ミィちゃんは駆け出しました。

 
 遠い銃声…何!どうしたんだろう。

信 行
「何だろう?」

 ロウソクの明かりが灯る。
 恥しい……ハルコはシーツの中で真っ赤です。

信 行
「聞こえるかい?あの銃声…」

 耳を澄ますハルコ…ターンターン、鉄砲…以外と近い?…あ、

ミヨコ
(遠く)「・・ハル…兄ちゃ〜〜ん!」

 かすかに聞こえた。確かに聞こえた。

ハルコ
「大変!」
信 行
「どうした!」
ハルコ
「服…取って!早く!」

 シーツの中、必死で、必死で…僕は…僕は!

ハルヲ
「ミィちゃん!!」

 走った、走った…階段見えないくらい、ドア開けたかどうか覚えていない。
 気がついたら外に居た 。雪!白い壁のような雪…

ハルヲ
「どこだーっ!! ミィちゃ〜ん!!」

 雪の中へ消える。姿も声も消える。
 この日、若者たちが夢見た“革命”という言葉のように……

ハルヲ
「ミィちゃん…」

 …いた…

ハルヲ
「ミィちゃん」

 捨て猫みたいに 雪まみれグチュグチュのミィちゃんが目を開けた…

ミヨコ
「……ハ…ル兄…ちゃん?…あの、ね…」
ハルヲ
「うん?」
ミヨコ
「ご…めん…ね、かって…に、外に、出て…」
ハルヲ
「いいんだ…ごめんね。ごめんねミィちゃん…」


  ラヂオ放送の声が帝都に流れます。


『兵に告ぐ…今からでも遅くないから本隊へ帰れ…お前たちの父や母は逆賊となるので泣いているぞ』




 ハルヲはミヨコに本を読む。

ハルヲ
「…さあ、もういいだろ…」
ミヨコ
「もっと、もっと…」

 ハルヲは信行さんのとこ行きたい

ハルヲ
「…さあ、もうワガママ云わずに…」
ミヨコ
「ヤダもん!」
ハルヲ
「…もう、寝なさい! そんなにワガママばかり云うんなら、もう、二度と読まないよ!」
ミヨコ
「…もうぅ!ヒデオ兄ちゃんみたいなこと云うんだから!」
ハルヲ
「ヒデオ…兄ちゃん…?」
ミヨコ
「ヒデオ兄ちゃん。カッちゃん兄ちゃんより大きいけど…いじわるばっか云うの。」


ハルヲ
「ねぇ、爺…」

「何でしょう。お嬢様。」
ハルヲ
「お父様の知り合いに…ミヨコさんて人、いなかった?」

「ミヨコ様!……さあ…はて?」(わざとらしい)
ハルヲ
「…いるんだね。じゃあカッちゃん兄ちゃんていうのは…」

「そうです。ヒデオぼっちゃまの弟のカツトシ様のことでしょう。
最初に見た時に何故わからなかったのか…あの方がミヨコ様なら、まだ四十前のはず…
髪の毛がすっかり白くなられてましたし…なにしろ…」
ハルヲ
「爺…ミヨコ様ってどういう人?」

「……その、ヒデオ様の…いいなずけ…でございました。」
ハルヲ
「いいなずけ……でも、お母様は!」

「ミヨコ様は…その結婚なさらなかったのでして、はい。家を出て…行方知れずに…」
ハルヲ
「待ってよ!……カツトシ叔父様は15年前に事故で亡くなったって聞いたよ。
それと何か関係があるんじゃない?」

「その…爺には、これ以上は…」
ハルヲ
「爺!!」

「私、リュウマチが 痛みだしましたもので、今夜はこれでおいとまさせていただきます。」
ハルヲ
「爺ってば!!」

 トコトコトコトコ…

ミヨコ
「ねえ、何話してたの?」
ハルヲ
「何にも…おやすみの挨拶…」

 パタパタパタ…

ミヨコ
「う…………ん?疑惑の黄色いリボン!」

 黄色いリボンが 空を舞います。
 一本、二本、三本 …ミヨコはリボンにグルグル巻きに縛りあげられてしまいます。
 ギュー!!

ミヨコ
「く・る・し・い・よ..!
誰か…助け…て…
カッちゃん兄ちゃん…!」

 声。それとも、姿?存在…固有名詞のない何か…でも、暖かなもの…がある。
 いる。


『しばらくだね』
ミヨコ
「カツトシさん?」

『…しばらく』

 ミヨコの心が虹の色に光るスパイラルを滑り堕ちていきます。
 (悲鳴)

 なあに、今の声?
 階段を降りる途中でハルコは足を一瞬停めただろうか?
 なあに、あれ?
 信行が床に丸まっていました。手に新聞を握りしめています。
 なあに?なあに?なんなの?

信 行
「…駄目だ…間に合わなかった…こうなると知っていたなら、こんな家…一刻も早く出て…せめて
…せめて………」
ハルコ
「何よ…………」
信 行
「一目あって…」
ハルコ
「何なの、それ…」
信 行
「……死んだ…雪が…工場と一緒に燃えてしまった…雪ぃ……おぉ(泣く)…」
ハルコ
「誰なの!!!それって一体、何の…事なのよぉ!!!!!!」

 頭の中を愛の嵐が炎となって駆け抜けて行く…
 14才の少女にとっても、それは本能なのでしょうか!
 あ. .あ。ドア も開けっぱ なしで…ド タンバタン!
 今まであんなに気をつけていたのに…


「お、お嬢様!」

 たまたま戸締まりの確認にうろついていた爺の眼に、争う二人の姿がどう映ったでしょう?
 爺とて若い頃は講道館柔道初段の腕前でしたが、蛮勇を奮って飛び込んでいく程熱い正義感は
 ありません…そ、そうだ!


「くっ曲者!!お嬢様から離れろ!警察に電話をかけるぞ!!」

 はっとするハルコと信行!


「電話…するぞ!」
 
 くるりと後を向いて逃げ出そうとする爺。信行のフライング・タックル…
 ハルコの悲鳴…

 三人は、それぞれのポーズをとっています。


「…どうしてくれるんです。わたしを…」
信行・ハルコ
「………」

「どうするつもりなんですか……」
信行・ハルコ
「どうしよう、この死体!!」

 爺の額に赤いものが一筋……そこへ

ミヨコ
「あなたがたが、私をこちらに運び入れてくださったのですか?」

 二人は慌てて死体を隠そうと前に…

ミヨコ
「どうも、ありがとうございました。夕べ、あのまま雨にうたれていたら、きっと私、病気に
なっていたと思います。本当にありがとうございました。」
信 行
「夕べの…雨?」
ハルコ
「ミィちゃん。記憶が…戻ったんだ!」
ミヨコ
「桜の花吹雪がとてもきれい… 夕べの雨で、すっかり散ってしまったと思っていたのに…」
ハルコ
「ミィ… おばさん。おいくつですか?おぐしは真白だけど、そんなお婆さんにも見えないし…」
ミヨコ
「あら、もうしわけございません。最初に自己紹介をしませんとね。
わたし、立花ヨシノと申します。今年で三十九になります。」
ハルコ
「ヨシノ…?」
ミヨコ
「この髪でございますか…お話しして、よいものか、どうでしょう…想い出…なんです。
昔…むかし…そうね、まだお嬢ちゃまが、お生まれになる前かしら。恋をいたしました…
親の決めた許婚者の弟さんと。」
ハルコ
「…それで?」
ミヨコ
「許婚者の方との結婚式の日に…私達、心中いたしました。」
ハルコ
「心中!」
ミヨコ
「でもね…私の愛の方が弱かったんでしょうか、私だけ、死にきれずに。気がついたら病院でした。
あの人だけ、逝ってしまったのだと聞かされて三日三晩泣き通して…鏡を見ると…こうなって
おりました。染めてしまえば…とも思ったのですが。これだけが、あの人の残してくれた物だと
思うと…」
ハルコ
「そう…だったの」
ミヨコ
「私…先程から、お話を聴いておりました。」
信行・ハルコ
「ええ!」
ミヨコ
「どうでしょう…この場を私に任せていただけませんか?私…昔、こちらのお屋敷に大変、お世話に
なった者です。恩返しと云う訳ではございませんが…私、今では身寄りもなく、この世に未練も
ございません。私に、その死体をまかせて下さいな。」
信 行
「それは…ありがたい。さ、行こうかハルコ…」
ハルコ
「あ、待って…だって。おばさん 、その弟さんの名前、もしやカツトシさんとはいいませんか?」
ミヨコ
「………昔の事で忘れてしまいました。さ、早く!」
ハルコ
「おばさん!」

(見送りながら)気をつけて…

 ヨシノと名乗ったミヨコは部屋の中を片付け、ガスの栓をひねってから、
 爺の手首と自分の手首を縛りました。

ミヨコ
「お花の香りとかにならないものかしら…この匂い…」

 隣の死体に…

ミヨコ
「窓の外見てごらん。ほら桜吹雪があんなにきれい… カツトシさん…カッちゃん兄ちゃん…
どこかで見てる?思い出すよね、こんな日だったもの。十五年前のあの日も ……やっと…
やっとあなたの所へ行けます。ヒデオさん…ハルコをあんなに大きく…やさしく育てて
くれましたよ 。あなたにそっくりの 顔をした子を…ね。ヒデオさんにも悪い事しましたよね。
あなた…。そちらで、ヒデオさんに会ったら、二人でうんと謝りましょうね。
ね……カツトシ…さ…ん……」

 ミヨコおばさん、じっと動かなくなりました。
 結婚式の衣装をつけた信行さんとハルコさんがいます。
 二人はナイフで互いの胸を刺しました。

信 行
「ミヨコ…」
ハルコ
「カツトシさん…」

 二人は仲良く倒 れます。
 のぞきからくりの絵が、また1枚、パタンとおちます。
 明かりもパタンと消えました。
 情熱のタンゴが流れてハルコとミヨコが踊ります。
 お話は終わります。
 とにかく、これで終わります。