岡山ピースアクト

 以下は1998年8月22日〜23日、岡山市幸町の西川アイプラザで公演した「従軍慰安婦・KEIKO」の台本です。
公演を撮影したビデオからの画像を配置しております。また、この作品の上演を希望する方がいらっしゃいましたら、
ご連絡下さい。微力ではありますが協力させていただきます。


「担白」の台本を読む


担白公演動画


独裁者2008公演動画


独裁者2008公式サイト


9〜サイボーグ戦士外伝公式サイトへ


従軍慰安婦KEIKO公演動画


(この作品は千田夏光氏の「従軍慰安婦・慶子」を脚色した物です。1998年3月4日付けで千田氏に原作の使用を快く許諾していただきました。有り難うございます。)


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第一章 倉光さんのこと

 福岡市から旧筑豊炭田地帯に向かう国道べりのモーテル。カップルが使った後の部屋を片づけている初老の雑役婦「慶子」。 

声  「慶子さん?・・こんにちは、私です。」
慶子 「やっぱり、来なさったね。やれやれ、しょうがなかとね。今日は話さんと帰ってくれんとでしょ・・・・・?なにしろ昔のことだし、今まで誰にも話さんと来たことだけん・・夕べ、大方思い出せるようにノートに書いてみたとばい。・・・暑かね。」

 慶子、ノートを手に椅子に腰を下ろし、ポケットからハンカチを取り出し汗を拭う。

慶子 「ウチが、なして中国ば、行ったか・・・あれは、昭和12年の9月7日じゃったね。その頃ウチは、大浜町の遊郭、遊廓云うても・・柳町みたいな赤線ていう国の認めとった、ちゃんとした遊廓じゃなくて、許可なしの営業をしとった青線のほうじゃけど、その大浜町の朝富士楼という小さな店におったとよ。港に着く魚臭いポンポン船の漁師か、近海航路の船員、油臭い町工場の工員さんを相手に、身体を売っとったですよ。でも、日曜だけは汗と、皮に付ける油の臭い、兵隊さんの臭いが、部屋ににしみこむと。」

 若き日の慶子=ケイコがご飯と味噌汁を食べている。慶子眺める。

慶子「柳町の遊廓じゃ、三日に一度は鰯の煮付けも出とったいう噂ばってん、朝富士楼じゃ匂いもせんかったとです。薄ーい味噌汁と麦飯に、タクワンが付けばいい方だったね。だから、お客さんが支那そばでもとってくれたら、もう大感激でね。安珍清姫でサービス、サービス。でもそんなお客さんは月に一度寄る捕鯨船の人くらいだけどね・・・夕食を食べ終わった頃に、ウチの恩人が、倉光武夫さんが店にあがったとよ。」

女将の声「ケイコちゃーん、お客さんよ。」

 ケイコが片付けて歩いて行くと、倉光武夫が座っている。

倉光「久しぶりじゃったね、どうね元気ね。・・・金はある。二日ほど居続けばさせてくれ。・・いや、召集令がきてな、9月10日に入隊しろ言うとばい。」
ケイコ「お金ば無駄になったとばい・・・・」
倉光「あの70円か・・・よかばい。」

 慶子、客席に向き直る。

慶子「あれは2年前のことでした。倉光さんはウチのせいで下士官候補採用試験な、落ちなはったですばい。・・・ウチが淋病ばうつしてしまったせいで・・・でも、倉光さんが除隊した後で連隊は満州へ出発して、ソ連との国境で明日をも知れぬ任務に就くことになり、倉光さんはウチのせいで命拾いばしたと言いなはって・・・ウチの借金の70円を払ってくれなはったとです。」

倉光「あん時は、お前のおかげで助かったと思うたが、やっぱりいけんかったばい。いよいよ支那戦線に連れて行かれるとばい。歩兵24連隊の留守部隊を中心に新しい連隊が編成されることになったとね・・どうも、わしのカンじゃ、今度はいかんようだ。上海戦線じゃ中隊単位で全滅した部隊がでた言うからな。それで、ワシもみんなと一緒に日本の女の抱き納めに来たとばい。・・・ワシの事より、お前はどうして自由の身になったとに、ここからでていかんとね?また、借金ばこさえたとね?」
ケイコ「そげなことば、なかばい。自由の身にはなったとよ。いつでん、ここを出ていけるとよ。・・・・でもウチには行く所なかもんね。家には帰れんでしょが、こんな体になったら・・・それより、あんた召集ばされよるのにどうして家にもどらんとね。なして、家族に見送られて出征ばしないとね?」

 倉光、寂しそうに笑って、

倉光「ワシは、みなし子やからね、家も家族もなかとばい。見送るもんはおらんとよ。」
ケイコ「誰も・・・一人もおらんと?・・・・・ウチ、口減らしに、ここへきたとよ。十一人兄弟の長女やったけんね。親が頼むから、はい、はい、ゆうてね。でも英彦山の麓の家をでるとき、辛かったとよ。一人で、汽車にのったとよ。誰も見送りにきとらんと思ってね・・・・でも、走り出したとき、見えたと。ホームのはずれの、駅の構外の柵の陰で、手拭いで眼ば拭って、顔をくしゃくしゃにした母ちゃんが・・・立ってた・・・・・、倉光さん!支那に出征するとき、ウチが旗ば振って、おくってあげる、ばんざーいゆうて、おくってあげる。出発の時間と場所ば、きっと教えてね。きっとよね。」

 ケイコ、倉光の手を握る。倉光、無言でうなずく。二人は暗転。

慶子「倉光さん・・・・いや、名前を教えてくれた訳ではなかです。二日市温泉の旅館の番頭をしとるという話はきいたとです。・・・・持っとられた奉公袋に、 陸軍歩兵上等兵 倉光武夫 と、書いてありましたばい。とうとう9月10日の朝になって、うちは兵営の営門まで倉光さんを送っていったとです。連隊は舞鶴城にありました。今の平和台球場です。」

 倉光とケイコ、向かい合って立っている。倉光、ケイコの手を握る。

倉光「いろいろありがとう。今朝の飯は特別うまかった。・・それとゆうべのこと、いつまでも忘れんごとするばい。」
ケイコ「ゆうべのこと?」

 倉光、ニコッとする。

ケイコ「・・・・いやっ、すかん。」

 ケイコ頬を染める。「万歳、万歳!」という周囲のノイズが聞こえてくる。

倉光「それじゃワシは行くばい、元気でな。」

 倉光、もう一度手を握ると、くるりと客席方向に向きを変えて歩く。立ち止まる。

倉光「倉光武夫、ただいまお召しにより到着いたしました!」

 二人暗転。

慶子「あんなに約束したのに倉光さんは出征の日を教えてはくれませんでした。・・・10月4日の晩に、泊まりのお客さんが、いよいよ明日出発すると教えてくれました。まんじりともせんと朝になって『悪かけど』って6時半には客に帰ってもろうて・・・・けど舞鶴城には兵隊さんの姿はなく、教えられた小学校にたどり着いたのは小一時間もたっとったとです。」

 ケイコの行く手を憲兵が阻む。

憲兵「止まれ!ここから先は立入禁止だ。」
ケイコ「すいまっせん、お願いです、最後に一度だけ顔ば見たかとです。ちょぼっと、ちょぼっとでよかとですから」
憲兵「駄目だ。さあ、あきらめて帰れ。」
ケイコ「お願いします!一度だけ、顔ば、顔ばみたら帰るとです。お願いします!」
憲兵「・・家族の者か。」
ケイコ「妻ですばい、倉光武夫上等兵の妻ですばい!」

 慶子か浮かぶ。

慶子「なして、そげん言葉が出たとでしょうね・・・。そん憲兵さんは、部隊は博多駅で軍用列車にのるからいうて教えてくれたとです。うちは福岡におっても、遊廓の近所しかしらんですけん、電車にもよう乗らんと、とにかく走ったとです。雨ば降るし、足袋は泥まみれになるし、着物の裾が濡れて足に絡んでころげそうになるし・・駅に近づくと、もうそこは人の波で前には進めませんでした。ラッパが鳴って、兵隊さん達が人混みの向こうを列車に行進しているのがわかりましたが。ウチに見えたのは見送り人の背中ばかりでした。」

 「万歳」の声、あるいは「お父ちゃーん」「あんたー」の声が交錯する。ケイコがいる。

ケイコ「倉光さーんっ」

 列車の出発を告げる汽笛が鳴り響く。

慶子「たった一度だけ、叫んだとです。姿は見えませんでした。・・・雨が、誰もおらんようになっても、ずっと・・・降り続いとったとです。」



第二章 石橋さんのこと

慶子「また、朝富士楼の暮らしが始まりました。南京陥落の提灯行列がありましたが、うちらにとっては割烹着代と旗代が前借り帳についただけのことでした。・・・その年も押し詰まった12月の26日になって、ウチの運命を変える人が店に現れたとです。」

 石橋が三畳間の布団の上にどっかと腰を下ろす。

石橋「あー、疲れたばい。骨の髄までクタクタばい。酒ば一本帳場に頼んでくれんね、酒でも飲まにゃやりきれん、あんたも飲まんね。」

 石橋の右目の周りに青黒いあざがある。血が滲んでいるのに気づいたケイコ。

ケイコ「喧嘩でもしたとね?タオルば濡らして来よか、痛かでしょう。」
石橋「いや喧嘩なんかじゃなかばい。静かに話し合おうとしとるのに、いきなりやくざ者ば5,6人連れてきて袋叩きにしよったとばい。憲兵ば呼んでくれば簡単なのじゃが・・・・・明日からそうしよう。」
ケイコ「憲兵って・・・、お客さん兵隊さんね?」
石橋「それがな・・・・ここだけのことぞ。」
ケイコ「なんね?」
石橋「ワシは石橋徳太郎、飯塚の生まれだ。福岡商を出てすぐに上海に渡った。支那で貿易商になるのが夢じゃったばい。戦争が始まった時はイギリス人の貿易会社に勤めとったとよ。抗州に竹を買い付けに行っとったとが駅で蒋介石の兵隊に捕まったばい。3ヶ月以上も塩汁とまんとうで暮らしたばってん、日本軍が突入してきて助かったとよ。この部隊が福岡の124連隊、できたばっかりの部隊ばい。助けられたが『お前も博多っ児か』ということで連隊の御用商人になったとよ。ワシは支那語が喋れるし商売にも詳しいからじゃ。・・・もっとも商売いうても、ひどかもんばい。銃剣ば突きつけてただで召し上げてきた牛や豚を、買い上げたことにして兵たん司令部から代金をせしめる経理部将校が居たり、羊羹の余っている部隊から安く買い上げて、甘い物に飢えている部隊に売りつける下士官がいたり・・・一枚皮を剥げば軍隊なんてそんなものばい。」 
ケイコ「ふうん・・ひどかね。」
石橋「23日に突然、兵たん司令部に呼ばれたばい。」

 担当主計大尉=若い将校がスポットに浮かぶ。

大尉「きおつけ!」

 石橋、直立不動の姿勢。ケイコびっくりする。

大尉「お前達、軍属12名は、今夜上海発長崎行きの輸送船に便乗し、日本内地に赴いて、兵員慰安用の女を集め、12月31日まで、おそくとも来年正月3日までに本司令部へ帰投せよ。女を集めるに当たっての募集条件を伝える。年齢はおおむね35歳以下で、現在性病にかかっていない女であること、契約は前渡し金として各人千円を渡し、軍の直営する“娯楽所”で接客勤務し、その代金で逐次返済、全額を返済したら以後の行動は自由とすること。ただし軍がこの種の“作業”に関わっていること、すなわち前渡し金が軍から出ていることは極秘とする。もし万が一にも他言した場合は、軍がそれ相応の処置をするから覚悟しておけ。なお、集める人員は各自15名ずつとする。以上!」

 大尉、挙手の礼をするや回れ右をして消える。石橋も挙手の礼。暗転。慶子が浮かぶ。

慶子「石橋さんは目を白黒させながら、1万5千円の大金を鞄に詰め込んで内地に戻ってきたとね。けれど、どこでどうしたらよいモノか、思案に詰まって故郷の飯塚に足を向けたとです。炭坑員相手の遊廓があると知っていたのでそこで“女”を分けてもらおうと・・・・でも無理でしたばい。」

 石橋、揉み手をして・・・

石橋「お願いします、今すぐ15人ほど女が欲しいのです、おたくの女を譲って下さい、条件はおおむね35歳以下、現在性病にかかっていない女に限ります。・・・っていうてしもうたばかりに袋叩きにあって、このざまだ。軍の命令じゃと一言いえたら道も開けたろうが、そうもいかん。歯を食いしばって田川や直方へ足を延ばしてみたが、こぶの数が増えただけじゃった・・・明日、商業学校時代の友達ば、訪ねてみるつもりばい。この福岡で親の代から口入れ屋をしとるとよ。」
ケイコ「そうね・・・・・・・。あんた!極秘じゃゆうとったことを、うちに、ここまで話したとは・・つまり」
石橋「どうね、今すぐ千円を手渡すこともオレにはできる、金はこの鞄の中に入っちょるばい。事情が許すなら、一緒に支那に行かんとね?」
ケイコ「あんた・・福岡歩兵第124連隊の所属というたとね?相手ばするのは、福岡の連隊の兵隊達ということね?」
石橋「そうばい!124連隊の兵隊ばい。あんたの顔馴染みもおろうばい、よか連中ばい。」
ケイコ「・・・ウチ、前借り金などなかばい、行こうと思えばいつでもあんたと一緒でけるとばい。」
石橋「ま、ま、一杯やってくれ、そうね、そうね、前借り金なかとね・・行くとね?間違いなかね。」

 ケイコ、こくりと頷く。

石橋「そうと決まったら、12月30日の夕暮れ前に長崎の旅館に来てくれ。汽車の時刻や旅館の場所は明日使いに持たせる。それで残りは長崎で渡すとして、とりあえず約束金として百円だけを渡しておくばい。ちゃんとしまっておくとだよ。」

 ケイコ、ふるえる手で百円札を受け取る。

慶子「これが百円札というモノね、生まれて初めて見るが、本当にこれが百円札というものじゃろうか・・・そがいなことを、思うたとです。倉光さんは高等小学校を卒業してから七年もかかって、あの七十円を貯めたとです。下足番から三助見習い、頭たたかれ赤い血たらしながら薪割りして、ラムネの一本も飲まずに貯められたとです。それなのに、ウチはこうやってこっくりと頷いただけで、百円札・・・そんなことをぼんやり考えとったです。

 “駒代”が登場して、腰を下ろす。ケイコが近よる。

慶子「約束の日、石橋さんは、長崎の水天館という宿屋の玄関前で待っていてくれました。みんな揃っているからと先に上がらされた二階の大広間には、どこで集めたのか、全部で17人の女達が居たとです。内11人は白い朝鮮服を着た朝鮮人。日本人はみなウチよりずっと年上でした。ウチは一番年上らしい人の所へ行って挨拶をしておこうと思ったとです。」

 ケイコ駒代に挨拶をする。女=駒代はタバコをくわえている。

ケイコ「おはようございます。」

 駒代、黙って頷く。不安げな様子。

ケイコ「ウチは慶子です。大浜の朝富士楼から来ました。お姉さんはどちらから来なはったとですか?」
駒代「・・・あんた、いくつ?」
ケイコ「21です。」
駒代「・・若かね・・・。うちは駒代、志免の炭坑の店におったとよ。・・あんた、落ち着いとるけど、怖くはなかね?・・(声をひそめて)うちら、鉄砲玉のドンドン飛んでくる下でアレやらされるのと違うだろうね。」

慶子「ウチは答えませんでした。ここまで来たら何も考えまい、どうせウチら使い捨ての便所紙やなかね。倉光さんの顔ば今一度見たらウチはそれでよか、そう思っとったとですよ。」

 石橋が入ってくる。電灯をつけながら・・・

石橋「こげん暗くなっとるのにどうして電灯ばつけんとね。さ、すこし早かごとあるけど晩飯にしよ。船には午後8時に乗ることになっとるからね。晩飯は出陣祝いじゃから、宿の主人に頼んでうんと奮発してもらったよ。さ、元気出して元気出して!」

 ケイコ達の旅館、暗転。

慶子「一切れの鯖の味噌煮に、麩の浮かんだ醤油汁、生卵一個にタクアンが二切れ。そのころの私たちからすれば年に一度も食べられないくらいの御馳走でした。けれど喜んで箸をとったのはウチぐらいでした。みんな、せっかくの御馳走を大半食べ残したままで出発し、長崎港で船に乗ったとです。乗ったゆうても、船底で馬が何十頭もつながれとる隣でした。ウチ達は上海第十一兵たん司令部行きの“軍需貨物”として扱われていたとです。」

 波の音がひとしきりしている。



第三章 金必連たちのこと−1−



 舞台が明るくなると女達=ケイコ、駒代、金必連、李金花、毛布にくるまって震えている。

慶子「ウチ達が降ろされたのは、どうやら小学校らしき建物でした。最初、校庭に整列させられたとですが、なかなかうまくいきませんでした。」

 伊藤中尉のいらいらした顔が浮かぶ。

伊藤「何をやっておるか!お前らは豚か!ロバか!はやくせんか!!」

 軍属と石橋直立不動で浮かぶ。

軍属「六班、129名、総員整列いたしました!」
伊藤「よし・・・。自分は陸軍主計中尉伊藤一男である、お前らの管理をするように命ぜられた。よって只今からお前らは自分の命令に服してもらう。各引率者は所定の宿舎に女達を収容、ふたたび現在地へもどれ、以上!」

 伊藤中尉さっさと回れ右して帰って行く。慌てて・・

軍属「・・伊藤中尉殿に敬礼、頭右!」

 軍属と石橋、暗転。

慶子「宿舎とゆうのがこの無人の教室でした。机と椅子を端に寄せて、空いた床にアンペラを敷き、一人二枚の毛布をもらいましたが、暖房用具が何もなく、歯の根がガチガチ鳴るほどの寒さにウチは、船底の糞便と嘔吐の臭いを思い出し、毛布の中で後悔し始めておったとです。」


ケイコ「ウチの名前は慶子、英彦山の麓の村で生まれたの。お父さんに因果ばふくめられて大浜遊廓に売られ、そこから来たの。あんたは?」
金必連「ウチハ・・・キムシツレン、嘉穂イウトコカラ、キタヨ。五年マエ12サイノトキ、チョーセンカラ、オトサンオカサンキョータイト、ウミワタテ嘉穂ヘキタノヨ。ウチタチ、炭坑テ、ハタライテタノヨ。ウチハ飯場テハタライテタヨ。」

ケイコ、毛布を肩から掛けると金必連を誘って外に出た。

ケイコ「あんた、まだ男は知らんとでしょ?」
金必連「・・オトコ、シラントデショ?ソレナンノコト?」
ケイコ「男を知ると言うことはね・・・・」

 ケイコ、金必連の耳に口を付けて内緒話・・、金必連跳びずさらんばかりに驚いて、

金必連「ソンナコトシタラ、オトサンオカサンニ、シカラレルヨ。ウチ、ソンナワルイコト、イッペンモシタコトナイヨ!」

 金必連、顔を真っ赤にして下を向いた。

ケイコ「そんならどうしてここへ来たの?」
金必連「トウシテッテ・・・・トウシテソンナコト、アンタキクノ?」
ケイコ「あんた、ウチらここで何をさせられるか知らないで来たの?石橋さんになんと言われて来たの?」
金必連「戦場テ、兵隊サンタチ戦争スルコトニ、イソカシイ、食事モ、ロクニテキナイ、洗濯モ。兵隊サンノセワスルシコト、オ金ナルカラ、来ナイカイワレタヨ。」
ケイコ「兵隊さんの食事を作ったり、洗濯の世話をする仕事だと思って来たとね?」
金必連「ソウヨ、アンタモソウチャナイノ?」
ケイコ「・・・お金はいくらもらったの?」
金必連「支度金トシテネ、千円クレタヨ。ミナ、オトサンオカサンニ、アケタケトネ。オトトイモト、イッパイイル。生活クルシイカラネ。イエテ千円アケタラ、オトサンオカサン、ピクリシテ腰ヌカシテヨロコンタヨ。」
ケイコ「石橋さんはそれ以外に何か、例えばその千円は支度金で、支那に行ったらいくらいくらのお金をくれるとか、そんなことは言わなかった?」
金必連「ソナコトイワナカタケト、支那イタラ、ウチラ兵隊サント、同チモノ食ペサセテモラエルシ、着ル物ノ心配イラナイイワレタ。テモ家ニ月々シオクリテキルクライノ、オ金ハモラエルイワレタヨ。」
ケイコ「他には?」

 金必連、首を振る。

ケイコ「その話はあんた、石橋さんから直接聞いたの?」
金必連「最初ハ“親方”カラキイタヨ。ウチタチヲ朝鮮カラツレテ来タ人。ソレマテ、ウチ、炭坑ノ飯場テ、炊事、洗濯シテタ。月ニ6円モラテタ。トテモイイハナシ、オモタヨ。」
ケイコ「応募したこと話して、千円渡したらお父さんはあんたになんと言ったの?」
金必連「サキ言ウタミタイニ、ハチメ腰ヌカシ、ピクリシタケト、シバラクシテ涙ポロポロ出シテ泣イテタヨ、泣イテ喜ンテクレタヨ。」

慶子「そんなはずはない、そう思ったとです・・・兵隊の炊事や洗濯をするだけの仕事でいくら戦場とはいえ千円もの支度金をくれるはずがない。これは兵隊の慰み者にされるのだ。金必連の父親もわかったに違いない、そうならば、その涙はうれし涙のはずなかとでしょう。・・ああ、この子の顔には化粧の痕はない、ウチ達の顔のように目尻の小皺もない。それどころか、男を知らない本当の生娘ばい・・・そう思ったらなんやら、気が重うなったとです。」

金必連「オネエサン、トーカシタカ?」
ケイコ「・・・なんでもなかよ。さ、風邪をひくとつまらんから、もう、部屋に戻ろ。」

 二人、部屋に戻る。石橋が現れる。慰安婦達、話を聞いている。

石橋「いよいよ明日、これから君たちに働いてもらう場所に移る。今夜はこれより君たちの健康と、1日も早く千円を稼いで自由行動ができるよう働けることを祈って特別料理が出る。向こうにはワシも世話役として同行する。いいか、向こうに行ったら扉を叩いて入ってくる兵隊さんの言うことは何でも聞くことだ。国のために命を的に働いているのだから心を込めて慰めてあげることだ。わかるな?」

慶子「そして、ウチ達の従軍慰安婦としての日々が始まったのでした。」


第四章 金必連達のこと−2−


慶子「揚家宅にできた慰安所、陸軍娯楽所にウチ達が着いたのは昭和13年1月8日の午後でした。」

 ケイコが舞台奥に現れる。

ケイコ「なにね、これ!」

慶子「それはベッドだったとです。福岡でも、柳町遊廓の洒落た店などには色つきガラスを窓にはめ、ベッドを置いた店があるいうて、お客さんが教えてくれたくらいで、実物を見たのは、そん時が初めてでした。ウチはもう、“いやあ、うちら西洋人とアレさせられるとじゃなかかね”と思うて、ドキドキしてしもうたとです。帆布で藁を柔らかくくるんだ藁布団を白い木綿のシーツが覆っていました、掛け布団は桃色のダブル幅の絹布団でした。昨日まで板敷きに寝かされていたのに・・・何か変だと思うたとです。」

 石橋が両手に着物を抱えてやってくる。ベッドに降ろして。

石橋「はいこれ、兵たん司令部からの贈り物、お金はいらない、タダだよ。・・・これは長襦袢、縮緬ばい。これは銘仙だが2枚あるとぞ。それに羽織が1枚と帯が1本。腰紐もあるとぞ。朝鮮人の連中はこんな着物の着方も知らないから、みんなで手分けして教えてやってくれ。後から化粧品も配給になるそうだ。これもタダだが、、ついでに化粧の仕方も教えてやってくれ。・・・それから、あんたら日本人で商売してきた者はズロースなんか穿いていないだろうが、朝鮮の連中はどうも朝鮮式のそれを穿いているらしい。ここでは腰巻きを巻くだけにすることも教えてやってくれないか。ズロースなんて不粋だし、次々に来る客をこなしきれんとよ。腰巻きは明日、配給されることになっている。」

慶子「あれもただ、これもただ・・・さすが軍隊は内地の遊廓とは随分違うなあ・・そう思ったとですが。」

 司令部の中佐が浮かぶ。

中佐「いかんいかん!小学校に居る女達は朝鮮服ばかりじゃないか!皇軍が朝鮮人女を狩り集めたとあっては外聞がよろしくない。娯楽所本来の目的にもそぐわないところである。それに兵隊どもに、日本の女、内地のおんなの匂いをかがせるのも本娯楽所の目的の一つにあるのである。すぐに日本の着物を集めさせろ!大和撫子にしたてるのだ。」

 ケイコ、金必連に着付けをしている。

ケイコ「あんた日本の着物は着たことなかと?」
金必連「アリマシェン。モッテ、イマシェンテシタカラ、ウチ、ピンポウデシタカラ。」
ケイコ「これからのこと思うとこわかとでしょ。」
金必連「ハイ。」
ケイコ「兵隊さんに、どんなことされるかしってると?」
金必連「ハイ、キノオ、京子オネエシャンニ、オシエテモライマシタカラ、イロイロト、オシエテモライマシタカラ。」
ケイコ「九州ば出るときは、兵隊さんの炊事や洗濯の仕事だと言われてきたとでしょ。逃げ出したいとは思わなかったと?」
金必連「スコシ、オモイマシタケト、ウチハ、オトサン、オカサンニ、支那ニイタラ、オカネオクルトヤクソクシマシタカラ。ウチ、ピンポウテスカラ。」
ケイコ「九州の両親に仕送りしないとね。ウチも貧乏だけど、貧乏人の子はつらか事ばかりあるよね。でもね、いつかきっと花見の出来る日も来るよ、生きてたら。」
金必連「京子オネエシャンモ、ソンナコト、ユウテマシタ。」

 着付けが一通り終わる。

ケイコ「ほら、出来たばい。」
金必連「アリカト。オネエシャン、トナリニイルノウチノトモタチヨ。トモタチニモ、オシエテアケテネ。」
ケイコ「連れてきて。」
金必連「ハイ」

 金必連、李金花を呼んでくる。

李金花「スミマセンネ、オネカイシマス。ウチハ李金花、必連ノトナリノ飯場テ、ハタライテイマシタ。オナシ17サイテス。」

慶子「それからは、二人ともまるでウチの妹のように、どこへ行くにもついて回りました。」


第五章 李金花のこと


 軍属と軍曹が大きな紙に書かれた注意書き(縦書き)のような物を背景に貼っている。石橋がそれを見上げている。ケイコと金必連、李金花がやってくる。

ケイコ「なんと書いてあるとですか?」
石橋「あれは、ここの規則ばい。“陸軍娯楽所規則”と書いてあるとばい。(規則を読み上げる。)
一、本慰安所ニハ陸軍軍人、軍属(軍夫ヲ除ク)ノ外入場ヲ許サズ。入場者ハ慰安所外出証ヲ所持スルコト。
一、入場者ハ必ズ受付ニオイテ料金ヲ支払ヒ之ト引替ニ入場券及ビ“サック”一個ヲ受取ルコト。
一、入場券ノ料金ハ左ノ如シ。
  下士官、兵、軍属、金貳円。
一、入場券ノ効力ハ当日限リトシ、若シ入室セザルトキハ現金ト引替ヲナスモノトス。但シ一旦酌婦ニ渡シタルトキハ返戻セズ。
一、入場券ヲ買求メタル者ハ指定セラレタル番号ノ室ニ入ルコト。但シ時間ハ三十分トス。
一、入室ト同時ニ入場券ヲ酌婦ニ渡スコト。
一、室内ニ於イテハ飲酒ヲ禁ズ。
一、用済ノ上ハ直チニ退室スルコト。
一、規定ヲ守ラザル者及ビ軍紀風紀ヲ紊ス者ハ退場セシム。
一、サック使用セザル者ハ接婦ヲ禁ズ。
・・・・この飲酒を禁じておいて“酌婦”と呼んだり、娯楽所規則なのに“本慰安所”だったり、軍紀風紀を紊す者は退場せしむ、というのがおかしかばい。」
金必連(ケイコに)「クンキ、フーキ、ナンノコトテスカ?」
ケイコ「どういうことだろうね。」

 軍曹が現れる。

軍曹「全員、直ちに受付前に集合!」

 女達、軍曹の後を付いていく。腕に赤十字の腕章をつけた衛生兵がいる。

衛生兵「集まったな。いよいよ、明日から開業する。そこでだ・・・注目!」

 箒の柄を目の前に掲げる。

衛生兵「これが、男のペニス、わかるな、陰茎すなわちチンポコだとする。」

 柄にサックをかぶせる。

衛生兵「これにサックをかぶせると、こういう形になる。・・・客が、いや、兵隊がいざコトに及ぼうとした時、慌てず、ちゃんとこのようにペニスにサックがかぶせてあるかどうかを点検すること。こうして、手で触れてみるとすぐわかる。これを忘れたら、妊娠したり病気をうつされることになる。これから毎週軍医殿が検診はすることになっているが、もしそうなっても、当方は責任を負わないからくれぐれも注意すること。」

 ケイコ、金必連・李金花の顔を見る。ひきつっている。

衛生兵「では各人めいめい、ここへ来て実際にふれてみる。はい、そっちの端から。」

 指名を受けた李金花、恐る恐るサックに触る。ほとんど泣き顔になっている。暗転。慶子が浮かぶ。

慶子「大浜の遊廓では、前の夜、主人が“あぶな絵”を持ってきて、足の開き方から、腰の使い方まで、ひととおり教えてくれたとです。でも、ここでは、サックの確かめ方しか教わらなかった・・・あの二人は、うまくやれるとやろうか・・・その晩は寝付きが悪かったとです。次の日の朝、石橋さんに貰ったお守りを台に乗せて両手ば合わせたとです。異国で心細かったのか・・・なんか、倉光さんが、来てくれるような気がしとったとでしょうか。そうかも知れません。・・いざ、店開きしてみると、午前中はガラガラというか、一人の兵隊さんも来ませんでした。規則づくめが嫌われたとでしょうか・・初めての客がウチの部屋に入ってきたのは午後も遅くなってでした。」

 23,4の一等兵が入ってくる。ムッとしたような顔だ。入場券を突き出す。

一等兵「班長殿のお供で来たのだ。」

慶子「その一等兵さんは上官に無理矢理連れてこられたとでしょうか。あまり女を知らないのだろうと思いました。隣の部屋でもゴソゴソと音が聞こえてきました。李金花の部屋です。朝、白粉を塗ってやりながら“30分だと、いちいち面倒だし朝から襦袢一枚でいた方がいいよ”と教えてやったとですが、うまくやっているとだろうか。そんなことを考えながら襦袢を開いて待っていると、一等兵さんがベッドに上がってきました。言われたとおりサックを確かめようと指先を這わせたとたん・・・」

一等兵「うっ!」

 明るくなると、ベッドから降りてセカセカと軍袴のひもを結んでいる一等兵。

ケイコ「まだ時間はあるとだから、もう一度やる?ウチが出来るようにしてあげるから・・」
一等兵「・・一個しかくれなかった。・・用済ミノ上ハ直チニ退出スルコト。規則だ。」
ケイコ「悪かったわね。」

 出ていく一等兵の肩に手を置くが、悲しそうな顔で逃げるように出ていった。その瞬間。

李金花「アッ、アア、アイゴオーッ!

 息を呑むケイコ。暗転。

慶子「李金花の声は次第に細く低くなっていきました。下士官と兵隊の時間は午後5時半で終わり、将校のやってくる時間までに早めの夕食をとっている時も李金花は食堂に来なかったとです。次の日の午前中、今度は金必連の部屋から、叫び声が聞こえました。」


第六章 兵隊達のこと


 将校達が議論をしている。

A「受付が軍人では気分が出ないからということで軍属に変えてみたが、さっぱり効果がないではないか!」
B「だめだ、だめだ!軍服を着ていることに変わりはないからな。」
C「この際娯楽所外出証を廃止して、兵隊に自由に女を選ばせるようにしてはどうかな?」
A「そんなことを許し勝手気ままに外出させては軍隊内の統帥に問題が生じる。各中隊長の権威が維持できなくなる。皇軍の規律を一体どう考えているのだ!」
C「規律規律と言うが、前にも言ったように皇軍の規律が保てなくなったから、こんな物を作ることになったのではないか。」
A「なに!皇軍の伝統を誹謗するのか!」
B「現実を直視しろ、現実を!今はそんな議論にうつつをぬかすより、いかに兵隊を集めるかだろう。」
A「じゃあ、どう選ばせるのだ、女どもが顔並べ“おいでおいで”手招きをしているのを横で皇軍憲兵が番兵している、そんなポンチ絵を軍が公認して良いというのか!」
B「“おいでおいで”をするかどうかはわからんだろう。」
A「自由に選ばせたら兵隊は別嬪の所に集まるに決まっておる。そうしたら、売れない女は兵隊を呼び込もうと争って、、手招きをするに決まっておる。内地でもそうじゃないか!皇軍が開設している娯楽所で、そんなことが許せると思うか!」
B「そこの所を塩梅よく考えるのだ。」
A「どんなに考えたって“ちょいと、そこの兵隊さん”てなことになる。近くに支那人の民家もある。こんな無様で恥辱的なことがあるものか、絶対反対だ。」
C「女達の大半は朝鮮人で売春未経験者だ。しかも七割は確実に処女だったという。軍医がそう言っておる。その未経験者や処女が“おいでおいで”をするものか!」

 一等兵が現れる。

一等兵「報告します。米英の通信社が、娯楽所についての情報を収集している模様です!」
ABC「なんだと!」

 暗転。列車の走行音。

慶子「陸軍娯楽所が開設されて半月ほどした頃、石橋さんがひょっこりやってきました。」

 女達が集まっている。

石橋「このほど、この陸軍娯楽所は形だけ残して編成替えされることになった。何というのかな、ワシらは軍属ではない元の陸軍御用商人ということになり、ワシら御用商人が運営することになった。半数は江湾鎮に新しくできる数件の、その御用商人が経営する民営娯楽所に移るが、お前さんたちはワシと杭州(ハンチョウ)と言う街に移る。そこで商売するのだ。千円稼いだら自由の身になるとか三食タダとか言う約束はこれまで通りだ。渡した着物もそのまま持っていっていいことになっている。出発は明日の朝になっているからすぐ支度をしてくれ。」

 暗転。列車の走行音。

慶子「貨車の床に敷かれた筵の上にうちは、金必連や李金花ともたれあうようにへたりこみました。いつのまにか、列車は走り出し、扉の隙間から朝日が射し込んでいました。朝食の乾パンは水がないので呑み込むのが辛かとでした。でももっと辛かったのは・・・お便所がないことでした。とうとうある駅で金必連が止まった列車から飛び降りて・・・・ 駅を警備していた兵隊さん達に見つかったとです。」

 石橋と軍曹が向かい合っている。

石橋「お騒がせてすみませんです。外に出てはいかんと言うてあったのですが・・・」
軍曹「いやあ、まさか貨車の中じゃ糞もできんでしょうからねえ。かまわんです。こんな所で良かったら気の済むまでやってください。近くにゲリラが出没しますが、昼間はまず襲撃してきません。見張ってて
あげますから、ゆっくり用を足して下さい。」

 軍曹、女達をちらっと見やる。

軍曹「自分らはこの駅の警備を命ぜられ、一個分隊で駐屯している者ですが・・珍しいですなあ軍用貨物列車に女が乗っているというのは、なんですか、あんた達は・・?」

 石橋、少し考えるが・・・

石橋「実は、この女達は上海の楊家宅“陸軍娯楽所”で働いていたとですが、急に軍命令でこれから杭州へ行くところです。そこでも同様に兵隊さん達を慰める仕事をする“従軍慰安婦”とよばれている女達で、私は、その宰領を命じられている石橋徳太郎という者です。」
軍曹「では、あの女達は、軍命令によって兵隊を慰める女、と、そういうことですな。・・・自分たちは、こんな田舎に分駐させられ、“陸軍娯楽所”などというものも知らなかった、軍命令と言うからには無料で慰めるわけですか?」
石橋「いえ、色々規則も有りまして、兵士・下士官は一回30分で料金2円に決められております。」
軍曹「なるほど・・・石橋さん!」
石橋「・・はい・・」
軍曹「その料金払うから、ここであんたたち、その“任務”を私たちに果たしてくれんですか?」
石橋「そ、そんなこと言われても・・こちらも極秘で移動中ですし・・・」
軍曹「自分たちは杭州湾に上陸してから2ヶ月半まったく女に接していない!特に自分は部下に  “支那人女に絶対手を出すな、手を出した者は斬る!”と宣言しているので、自分の分隊13名は皆飢えている。・・軍がそんな有り難い命令を出している“公認女”なら、ぜがひでも頼む、このとおりだ!」
ケイコ「ウチよかよ。」
石橋「慶子・・・!」
軍曹「いやあ、すまん、ありがとう!ようし、みんな聞け!“敵第107師団の敗残兵50名が出没、進路を妨害したので直ちに応戦、約一時間の戦闘でこれを撃退せり。このため列車は一時遅発のやむなきに至った”分隊長の責任で以上のごとく報告し、警備日誌にもそう記しておくから全員その旨心得ておくこと。わかったか!」

慶子「それから、駅ごとに何度、その“戦闘”が繰り返されたことでしょうか。最初の駅の軍曹さんはやさしかひとばい。確かにウチたちは待合室や、貨車で、河岸のマグロのように身体を並べてアレさせられたとばってん、自分はなにもせんと炊事場で粥を炊いて梅干しと生味噌と持たせてくれたとよ。お金も余分に1円50銭ずつ、渡してもろうたし。次の駅はひどかった。いきなり、兵隊が襲ってきて、お金もサックも関係なしばい。機関車が汽笛を鳴らして走り出してくれなかったら、いつまで続いていた事やら、“下手に止めたら撃ち合いになるから”ゆうて謝ってもろうたけど、妊娠せんかと思うて気が気じゃなかったとです。そっから先は石橋さんも考えて、先手を打って・・・」

石橋「我々は第11兵タン司令部の従軍慰安婦隊です。司令部命令で一回30分、料金は2円に成っております。希望者は集まって下さい。ただし、軍司令部の厳重な命令でサック着用しない接婦は禁じられております。以上!」

慶子「こうして、やっと杭州駅に着いたときには到着予定を6時間以上遅れて、迎えのトラックも帰ってしまっていました。」


第七章 前線で

慶子「翌朝、又トラックに揺られて4時間掛けて湖洲の福岡百二十四連隊本部についたとです。軍医の検診を終えてウチ達十八人は五班に分けられ、ウチは朝鮮の女の子二人と長興(チャンシン)に行くことになりました。オナカをこわしたウチのために軍医が腹巻き代わりにサラシをくれたとです。“おまじないだ”ゆうてあんな札も掛けてくれたとです。けれど・・・」

 首から札を下げたケイコが居る。寄り添っているのは金必連、李金花の二人だ。金承希、つと立って窓の方へ行く。

金必連「オネエサン、イツモマトヲミテル。ナニミテイルトテスカ?」
ケイコ「・・・この連隊に知った人の居るとよ。そん人が来ないかなと思うてね。」
金必連「スキナヒト?オネエサンノ・・」
ケイコ「そんなじゃなかとよ。」
金必連「オネエサン!!アレ、アレ、アレミテヨ!」

 ケイコが窓をのぞく。李金花も。

ケイコ「・・・何ね、あれ!兵隊が行列ば、作っとるとね」

慶子「兵隊が20人ばかり、手に手に“突撃一番”というサックを握りしめて並んでいたとです。朝から粥しか食べてなかったとですが、“ウチが休んだらこの娘たちが腰をぬかす”そう思ったとです。・・・その日から三日間は各自20人ぐらいずつの兵隊を迎えました。四日目から減り始めて、六日目には半分くらいになって、七日目からはゆとりができました。倉光武夫さんは未だに姿を見せません。」

金必連「・・・先祖代々タガヤシテイタ土地テシタ。テモ、日本人カキテ、“ココニ、判ヲ捺セ”イワレテオシタラ、田圃トラレタテス。オトウサンハ、字カヨメナクテトラレタコトヲ恥トオモテ、故郷ヲ離レテ日本キタテス。松浦ノ炭坑へキタテス。」
ケイコ「酷か話ばい。」
李金花「ワタシハ、小学校ニハイッテ2日メニ日本人ノ子供ト喧嘩シタテス。先生ハ私ノ話キカナイテ“朝鮮人ノオマエ悪イ”ユタテス。ソレカラ学校イテマセンカラ、字カケナイテス。」
金必連「ウチモオナチタッタ。」
ケイコ「ウチだって変わらんばい。漢字は10字くらい、後はカタカナ、平かながやっとばい。字も綺麗じゃないけど、それでも、よかと?」

 二人頷く。

二人「オネカイシマス。」
ケイコ「じゃ、よかよ。」

 ケイコ、鉛筆と紙をひろげる。

李金花「・・・テモ、アノ・・・」
ケイコ「わかっとるばい。書かんけん。・・・・“お父さん、お母さん、お元気ですか。私はまいにち兵たいさんのため、せんたくしてあげたり、ご飯たいてあげたり、元気で、いそがしい日をおくっています。らい月からお金おくることができるとおもいます。かぜなどひかぬよう、おん身たいせつに。さようなら。”・・これでよかばい?」

 李金花、涙ぐんで頷く。

金必連「ウチモ、オネカイシマス。」
ケイコ「同じでよかよね?」
金必連「ハイ・・」

 ケイコ、ひとしきり、手紙を書いて。

ケイコ「・・・でもよかね、あんたら手紙ば出す相手があって。ウチはもうだめよ。」

慶子「この子達のお母さんお父さんにとっては、まだ、この子達は・・・いや、この子達にとって、お父さん、お母さんはちゃんと生きている、この子達を心配している、けれど、ウチの父さん母さんは・・・。週に一度は回ってくると言っていた石橋さんが姿を見せないまま、一ヶ月が過ぎました。やって来る兵隊の数も日に10人くらいになり、“兵隊達もやっと落ち着いてきたな”そんなことを二人の将校が話し合っているのを聞いたとき、ああ、これはウチ達へのほめ言葉だ・・、そう思ったとです。子供んころから、なぐられたり、突き飛ばされたり、ののしられたり、さげすまれたり、・・でも褒められたことは一度もなかったとです。生まれて初めて褒められた・・・誰かの役に立っている。それが、とても、とてもうれしかったとです。そのことを、李金花と金必連の二人に話したのですが、どうもよくわかってもらえなかったとです。実際、将校の中には酷い人もいたのです。金必連の部屋に来た泊まりの将校で、あれが終わると、必連を床に寝かせ、夜中に欲しくなると顔を足で蹴って起こし、済むと床に突き落とした将校がいたそうです。そうそう、その頃、あれは3月も終わりに近い頃 、泊まりの将校が来なかった夜のことでした。」

 ドカドカと足音、あるいはドアをノックする音。

男の声「開けてくれ、おい!開けてくれ、俺達だ、早く、早く!」
ケイコ「どうしたと?!・・・そげなこと言うても、夜は将校さんの専用ばい。あんたら兵隊を入れたら、ウチ達が怒られるばい。」
男の声「な!頼むばい!開けて、開けてくれんね!」

 左右の部屋でも、同じように戸が叩かれている。ケイコ、思い切ってドアを開けてやる。途端に、硝煙臭い兵隊が、飛び込んできた。

ケイコ「なんばすると!」

 叫んだときにはすでに兵隊はケイコを押し倒し、死物狂いで乳房にしゃぶりついていた。右の乳房にしゃぶりつき、左の乳房を握りしめている。兵隊、うめき続けている・・・

兵隊「ワシは助かったとぞ、助かったとぞ、死なんかったとぞ!・・助かったとぞ・・・ワシは生きとるぞ・・・生きとるとぞ!ワシは死なんかったとぞ!・・・助かったとぞ・・・助かったとぞ・・・ワシは助かったとぞ・・・・・生きとるとぞ・・・・生きとるとぞ・・・・・・・助かったとぞ・・・・・・・・」

 兵隊、次第に静かになり、起きあがる。ケイコの手を両手で握って・・・

兵隊「すまんかった、ありがとう。」

 兵隊、出て行こうとする。

ケイコ「しないで、よかとね?」
兵隊「・・もう、よかばい。ありがとう。」

 兵隊、出て行く。

慶子「その兵隊は、ウチの胸にしゃぶりついただけで帰っていきました。2番目の兵隊は、みんなが汚いと思っている慰安婦のウチのボボに吸い付いて、“かあちゃん、かあちゃん・・・!”と、繰り返しとったです。3番目の兵隊は、やっと接婦行為をしたとですが、その間中“生きとるのはよかね、生きとるのはよかね、ワシは生きとるとよね。”言い続けとったとです・・。金承希のところも、鄭裕花のところも同じだったとです。何日かして、最初の兵隊の臭いが火薬の硝煙の臭いだとわかったとです・・・。その晩の兵隊達は2キロほど離れた仁王山というところで、4倍から5倍の中国軍に包囲攻撃を受けて全滅寸前で命辛々逃げてきた兵隊達だったということです。その後も大きな作戦の後先に、そんな風な兵隊達が長い行列を作っとったとです。124連隊は南京には、行っとりませんが、一個分隊で一人の姑娘を強姦したとか、クリークに老婆を放り込んだとか、そんな話をしていた兵隊達が、生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされると、ウチラみたいな者にすがりにくる・・金必連や、李金花みたいな小娘の乳ば吸うて“かあちゃん、かあちゃん”言うて泣く、人間ゆうのは悲しかものだと、 そう、思うたとです。」


第八章 さらば中国


 貨物列車の走行音。「人生劇場」を歌う、李金花と金必連。聴き終わって拍手するケイコ。

ケイコ「うまかー・・・おどろいたばい。」
李金花「オネエサン、オドロイタ?ウレシカネ。」
金必連「内地テ、ハヤッテルッテオシエテモラッタトヨ。チョウツテショ?」
ケイコ「上手ばい、二人とも本当に上手ばい。日本語も上手たい。化粧も上手になったとばい?」
李金花「ウレシカ・・・。」
金必連「オネエサン、アリカトネ。」

 三人手を取って見つめ合う。

慶子「昭和13年10月12日香港の北、バイアス湾云うところに敵前上陸しました。ウチラのおかげで南京みたいな事はなかったゆうて、聞いたばってん、お世辞かも知れんとですが・・広東の完全占領が10月23日、で25日には中山大学近くに慰安所が開業して、初日と、2日目だけで18人の慰安婦がそれぞれ60名から、70名の兵隊の相手ば、したとです。朝富士楼で相手しとった10倍以上だけん、連隊はすぐにそこから増城に移動させられて、そこで、ウチは倉光さんに会うたとですばい。ウチが一仕事を終えて便所に行こうと部屋を出たとき・・・」

倉光「それじゃあ、又来るばい。」

 ケイコ、隣の部屋から出てきた兵隊と鉢合わせしそうになる。慌てて、頭を下げるケイコ。

ケイコ「・・・あれ?」
倉光「・・あんた・・・?」
ケイコ「お久しぶりです。大浜の“朝富士楼”にいて70円頂いた慶子ですばい。いまも、同じ名前で出とります。石橋ちゅう人に誘われて、・・・倉光さんもいらっしゃる、この124連隊なら思うて、思い切ってこっちへ来たとです。」
倉光「そうか・・・・。じゃ、あんたも元気でな。」
ケイコ「あなたもね。」

 倉光、去る。手をふるでもなく見ているケイコ。

慶子「・・・それっきりでした。がっかりもしなかったとです。何か、こう・・・憑き物が落ちたゆうようなことでしょうか・・・ウチも変わったとでしょうか。毎日、5・60名の兵隊になぶられているうちに、みんな“希望”というような物をなくしていったとでしょうか。いくら前金の千円を稼いで返した所で、此処から帰る事は出来んことを悟ったとでしょうか。満州で関東軍の大動員が始まり、朝鮮から1万5千人の女性が従軍慰安婦として強制連行されたとも聞きました。兵隊達も変わりました。将校達は次々帰国して交替するのに自分たちは帰れない・・・戦場暮らしも5年目になっていました。そして昭和16年の12月8日を、ウチ達は仏領インドシナのカムラン湾に停泊している輸送船の上で迎えたのでした。」

週番司令の声「川口支隊司令部からの緊急電、“帝国陸海軍は本八日未明、西太平洋において米・英両軍と戦闘状態に入れり”以上!」

 数秒の沈黙の後、ウオーというどよめきが艦内を圧する。


第九章 南の海で

慶子「これが、太平洋戦争=あの頃で言う大東亜戦争の始まりだったとです。日本軍はアジアの各地でめざましい勝利を飾り続けました。12月13日、ようやく124連隊の所属する川口支隊にも、ボルネオへの出撃命令が出ました。南シナ海に出た輸送船は、20分おきに大きく蛇行して敵の潜水艦の攻撃に備えていたとです。」

 船倉に徴用船員とケイコ、金必連・李金花がいる。輸送船のエンジン音が響いている。

船員「英領ボルネオか・・・イギリス兵は知恵が働くから、海岸に人喰い鰐ば縛り付けているかもしらんな。」
金必連「ヒトクイワニ?ソレ、ナニネ?!」
船員「鰐ば、知らんか?こう、口が大きゅうて、体が5メートルも10メートルもあって、人を食うたい。」
李金花「アンヘイタイタチ、ミンナクワレルトテスカ?ソレテ、オネエサン達イツマテモ手ヲ、フッテイタテスカ?」
ケイコ「鰐ば、わからんけどね・・・あの、風と波の中を木の葉のように揺れる上陸舟艇に乗って、亀んごたる格好でへばりついてる背中を見とると・・波の間に間にだんだん遠ざかる背中を見とるとね・・・可哀想とかじゃなくてね、なんか、そのまま、地獄に曳かれていくような気がしてね。手が止められんかったとよ。」

 突然、ガガーンと、海を引き裂くような轟音が轟く。「キャーア!」「アイゴー!!」悲鳴が上がる。

声A「右!敵の潜水艦、指揮船がやられた!・・・敵機、頭上!撃て撃て!!」
声B「面舵一杯!・・・・・取り舵一杯!!」

 高射機関銃が鳴りはじめる。輸送船が全速で蛇行を始める。みんな船倉の床に耳を押さえてつっぷしているが転げそうになる。暗転。

慶子「どのくらい、そうしていたとでしょう。気がついたらもう夜になっていました。みんなオシッコばもらしとったとです。」

 身を寄せ合っている女達の所へ、船員が食べ物を持ってくる。

船員「もう大丈夫だ。指揮船を沈めたのはアメリカか、オランダかわからないが潜水艦ばい。後はブルネイから飛んできたらしいイギリス空軍機が3機で、そっちの被害は小破が1隻だけばい。」
李金花「シツンタフネニ、ノッテタヒトタチハ?」
船員「川口支隊長以下の幹部は海に放り出されたけど全員、駆逐艦に救助されたばってん、慰安婦で助かったのは張景愛だけばい。」
金必連「ホカハ、タレモ?」
船員「船がやられた時の救難順序というのがあってな、総指揮官、各級指揮官、将校、戦闘要員の順序で救助するとよ。それ以外は、ゆとりがあった時のみ救助することになっているとばい。」
ケイコ「それ以外って・・・」

 ケイコ達、顔を見合わせて俯く。

船員「いや・・・俺達、徴用された船員も、“それ以外”ばい・・・。」

 暗転。

慶子「この作戦では結局190名以上の戦死者が出ました。部隊はミンダナオに向かい、5月20日これを制圧。ダバオに慰安所を開設しました。此処では、戦闘が激しかったのか、果てているのにしがみついて離れない兵隊が3人に2人はいたとです。そういうときは、“よかとよ、もうしばらくこうしていて”と背中を静かに撫でてやったとです。6月18日には、パラオへ移りました。ここは日本領で日本人が2万人もいたので、隠れるように郊外の板葺きの小屋で開業しましたが、パラオ市内には日本人の経営する酒場があって女給もいたので、そちらに行っているのか、慰安所はひまでした。」

石橋「あちらがいいと言うのではなく、これだけ日本人がいて日本式の生活をしているのを見ると男というのはそれだけで心がなごむとばい、女はいらなくなるとばい。家に帰ったような気がして、荒々しい気持ちはどこかへ行ってしまうとばい。つまり人間を生きるか死ぬか、殺すか殺されるかの地獄へおいちゃいかんということよね。」
ケイコ「・・・・・」
石橋「・・どうしたと?」
ケイコ「何も・・・ただ、そうだったら、ウチ達は一体、何なのだろうねと・・・そう、思うたとよ。」
石橋「・・・・・・・・・・・・・・・・」

 石橋、ユックリと慶子を抱き寄せる。


慶子「8月になり、、このパラオでウチ達の124連隊はフィジーサモア作戦の発動を待っていたとです。そして8月28日、124連隊は二手に分かれてガダルカナル島へ向かうことになりました。」


第十章 歩兵第124連隊との別れ


下士官「今度は、・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・置いて行くからな、御身大切に、達者で暮らせよ。」

 下士官、ずらりと並んだ石橋と女達に敬礼すると、きびすを返して去っていく。去って行く女達。石橋とケイコが残る。

石橋「駆逐艦に女は乗せてはならんことになっているし、舟艇機動もいつ敵機にやられるかわからん。きっと、うまくガダルカナル島のアメ公を追っ払い安全になってから呼ぶつもりなのだろうよ。」

慶子「そう巧くはいきませんでした。岡連隊長の率いる一隊はガダルカナルにあと一歩と言うところで敵機に発見され三分の一が生死不明になりました。9月13日夜から行われた川口支隊の総攻撃は失敗に終わり島の西側に敗走しているとの事でした。」

石橋「ガダルカナルの制空権は、とっくにアメリカの手の中ばい。」
ケイコ「じゃあ食べ物はどげんして運んどると?」
石橋「夜中に足の速か駆逐艦でこっそり運んどるとよ。ばってん・・川口支隊、124連隊の食料は17日で切れとるはずばい。」
ケイコ「もう、一週間も前ばい・・・あん人たち・・何ば食べていなさるとだろうか・・・」
石橋「何とかガダルカナルとかいう島の近くまでいってやりたかなあ。背負えるだけの米でもいいから持っていってやりたかなあ。」

慶子「大本営もこのままでは駄目だと思ったのか、はるかジャワから第2師団を投入、フィリッピンから重砲をはこび、大本営屈指の名参謀達を派遣して、ガダルカナル=この南洋の島は一大決戦場のようになってきました。9月26日、ウチ達を含む後方兵タン部門にもラバウルまでの前進命令がでたとでした。10月1日、ラバウルに着いたウチ達が案内されたのは板で出来た移動組立式の簡易慰安ハウスではなく、涼しいニッパ椰子で葺かれた小屋でした。そこに枕を並べて寝ることになった時に、いつもの事ですが、金必連たち朝鮮人組は遠慮して扉に近い場所に横になったとです。ウチは奥から7人目、日本人組の末席におったとです。石橋さんは海上輸送司令部にいっとられました。この枕の順番が運命の分かれ目だったとです。10月3日の早朝、兵タン司令部の准尉がやってきました。」

 シルエットで浮かぶ寝姿の女達。同じくシルエットで登場する准尉。

准尉「お前ら川口支隊の所属だな。責任者はおらんか?」
ケイコ「おらんとです。」
准尉「おらんか・・・、よし、ではそこの戸口から7名の女、すぐ荷物を持って集合!急げ!」

 女達、連れ出される。

慶子「これを聞いて石橋さんが駆けつけてきたのは、もう7人を乗せた船が桟橋を離れた後だったとです。翌日の夜、7人を乗せた輸送船が出航6時間後にブーゲンビル沖で三十数機の敵編隊に襲われ、撃沈されたという知らせを聞き、ウチ達は黙って座っているしかありませんでした。」

 ケイコ、金必連、李金花、呆然と座っている。石橋、少し離れ仁王立ちして海を見ている。ナレーションを重ねて・・・その中でシーンが変わる。

慶子「ウチが本名を覚えているのは、“智恵子”の李英玉、“絹子”の金泰順、“あけみ”の張景愛の三人だけで、後は“るり子”“春子”“三枝子”“早苗”の源氏名しか知りません。李英玉は黙々と“仕事”をするので“もくちゃん”と兵隊達に呼ばれていましたが、スタイルがよく、兵隊達の憧れの的でした。金泰順は終わると自分でサックを確かめないと気の済まない潔癖屋で行列など出来ていると次の兵隊をじれさせていました。張景愛は、いくら演技を教えても、年輪をつんだ兵隊に本気にさせられ、よく眼の回りにくまをつくらされていました。るり子は果てた後も未練を残す兵隊に“マワレミキ!マイエ、オイッ”と軍隊式の号令を掛けて笑わせていました。春子は毎月百円を、あの手この手の軍事郵便で両親に送り続けていました。三枝子は窓縁に顎をのせ、うっとり“軍国の母”という流行歌を口ずさんでは“イイネエ”と言っていました。早苗は背が一番低く、よく食べて太っていて“タンクタンクロー”というあだ名で大勢のファンをもっていたとです。・・・石橋徳太郎は思い詰めた顔で東の水平線を見つめていました。四年半の間、苦楽をともにして18人の面倒をみているうちに 情が移ったとでしょうか。」

 港の音。積み込みのノイズ。指図をしている将校の後ろ姿二人。石橋が腰に軍刀を提げて現れる。

石橋「失礼します!」
将校「貴様、何か!」
石橋「歩兵第124連隊への後方要務連絡の為、至急ガ島は行かねば成らないのです!自分は同連隊後方担当軍属の石橋徳太郎です!」

慶子「石橋さんが駆逐艦の甲板に積まれた米を詰め込んだドラム缶の間に潜り込んだのは翌10月5日の事でした。」


第十一章 ガ島撤退



慶子「・・ガ島では10月24日深夜から行われた二度目の総攻撃も失敗し、旅団長・連隊長クラスまでバタバタ戦死した、また124連隊の岡連隊長は辛うじて頑張っているが、1ヶ月以上食料らしい食料の補給がないので兵隊の半分は動けなくなっている、と聞いたとき・・・久しく思い出すこともなかった倉光久夫さんの顔が浮かんだとです。石橋さんがガダルカナル島から帰ってきたのは11月21日でした。」

 げそっと痩せ、ドス黒い顔を無精ひげで埋めた石橋、へたり込んでいる。ケイコ、コップを持っている。

石橋「やっと駆逐艦で粥をすすらせて貰ってきた・・」
ケイコ「これ、朝、報道班の人に貰った椰子の実のジュースです。」
石橋「うまいなあ・・・・・・・、ありがとうよ、ありがとうよ。」

 石橋、幾度も頭を下げる。

石橋「すこし、横にならしてくれ・・」
ケイコ「よかよ。ゆっくり休むとよか・・」

 いびきをかきはじめる石橋。女達が集まってくる。

慶子「石橋さんが、ウチ達を集めて話し始めたのは翌朝のことでした。」

石橋「とりあえず、あの7人の生死を確かめようと思って、あん時ワシの耳にした情報によると撃沈した輸送船の生存者は全員ガ島に向かったと言うので、ガ島に行こうとしたのだが、いざ着いてみると“生存者はブーゲンビル島のブインに揚げられた”と聞いた。引き返そうとしたが、戻るには深夜、駆逐艦まで泳い行かんといけんとじゃ。ここまで来たら連隊長殿にご挨拶して行こうと、ワシは連隊がいるアウステン山まで行くことにした。敵機を避けて密林地帯を50キロ、食料は持っていなかったがたどりつけば、どこかの部隊で飯ぐらいは、と思っていたのだが、それが、逆なのだよ。進めば進むほど、密林の中から痩せて骨と皮になった兵隊が出てきて、“乾パンの一個でも結構です。お恵み下さい”と、骸骨のような手を差し出してくるのだよ・・・。後は想像してくれ、ワシの口からは・・・もう・・・。連隊は全員がマラリアにやられている。食料を運ぶ兵隊も密林の中で他の部隊の兵隊に殺されたりするので、絶食、欠食の連続なのだ。駆逐艦輸送も被害が多くて途絶えがちになってきた。12月になったらもう、無理だろう・・・このままでは、後一ヶ月もすれば全員餓死するに違いない と云うのだ・・あの兵隊達がだよ・・・・・・・・・・・。帰りは5日も海につかって待機していたが、やっと、岡連隊長の命令書を見せて駆逐艦に乗り込むことが出来た。ブインに寄ってくれと頼んだが振り向いてもくれなんだ。ブインは空襲の真っ最中だと云うのだ・・・・。」

 空襲警報が鳴り出す。が、みんな逃げようともしない。

慶子「結局、ガダルカナル島からの総退却が決まったのは1月末でした。2月1日夜には第一陣が駆逐艦20隻で脱出したとです。でもブーゲンビル島で体力の回復を待ってから輸送されたので、兵隊達がラバウルに帰って来たのは4月の7日からでした。」

 倒れ込むように兵舎に横になる兵士達。石橋とケイコ達が訪ねる。

石橋・ケイコ「ご苦労様です・・」

 わずかに応えた曹長に石橋が尋ねる。

石橋「後続部隊はいつ到着するのですか?」
曹長「これで全部だ。ブーゲンビル島の病院にいくらか歩けないのがまだ残っているが、まず、これが全部だと思ってくれ。」
石橋「連隊長や、本部の方々が見えんとですが?」
曹長「・・・死んだ。誰も彼も、みんな死んだ。」

慶子「5月15日、連隊は輸送船に乗せられました。そん船の上でウチは4年半ぶりの生理ばむかえたとです。戦場に来てから何故だかずっと止まっておった生理がやって来た前の日、うちは倉光さんの夢ば見たとです。ジャングルの中で骸骨になった倉光武夫さんがにじり寄ってきて、“広東で冷たくして申し訳なかった”と詫びば云うとです・・・それから、なんでか結婚式ばあげていて・・最後はウチが密林のなかで一人、冷やご飯に冷たい味噌汁をかけて食べとったとです・・倉光さんは生きとるのやら死んどるのやら、とうとう、わからんかったとです。船はサイゴンにつき、124連隊は再編成されてビルマの第31師団に配備されることになりました。生き残りの将校たち、古参の下士官の多くは遺骨とともに内地に帰りましたが、兵隊達は交替することもなく寂しげにそれを見送ったとです。9月8日ウチ達の連隊は出動命令を受けて、“大発”と呼ぶ小舟に分乗し、メコン川を遡って行きました。タイからは歩いたりトラックに乗ったりで苦しい旅でした。」


第十二章 徐甲秀のこと


慶子「ビルマの入り口モールメンで聞いたニュースは、まさかと思うようなものでした。朝鮮で警官を動員して無理矢理女達をかき集め、慰安婦として30人、50人と次々輸送船やトラックで前線に送られているというのです。昭和16年からいいますと19年末には陸軍の兵隊さんの数は4倍となっていたので、ウチ達を集めた時のようなことでは間に合わんということでしょうか。金必連たちともひどか話よねと云っておったとです。ウチ達は2日後、列車でペグーという町に着いて、店開きばすることになりました。」

 徐甲秀が座っている。朝鮮語で何か聞き出している金必連たち。

慶子「ここで新入りの慰安婦達を石橋さんが連れてきました。朝鮮から直接連れてこられた女たちだと、すぐわかりました。そろって青い顔をしていたとです。」

金必連「コノヒトタチ、ピルマニ来ルマテノ、船ノナカテネ、ヒトイメニ、アッタラシイヨ。」
李金花「コウシュウイクトキノ、列車ノコトトオナシネ、兵隊ニナルト男ハクルッテシマウネ。」
ケイコ「確かに男は兵隊にとられて鉄砲持たされると変わるよね。兵隊というのは戦場で人殺しさせられるのだものね。殺さんと殺されるから必死で殺すとだからね。人殺しが平気で出来るように捕虜を突き刺して殺す訓練もやらされるとだからね。それでいて、ガダルカナルじゃ、おなか空いて歩けなくなったら、天皇陛下の命令で棄てられてくるとだものね。女の一人や二人やるのなんてなんともなかはずよね。ウチら何のかんの云っても、結局は道具にすぎんとだものね。」

慶子「その年も押し詰まった12月4日、また貨車に乗せられて北に向かいました。マンダレーでトラックに乗り換えて連隊の先行していたシエボに着きました。どちらを見ても草葺き屋根の田舎町だったとです。形ばかりの正月をすませて半月が過ぎた頃事件が起こりました。ペグーで加わった9人の中の一人、朝鮮・全羅南道清水県生まれの19歳、日本語は“コンニチワ”“イラッシャイ”程度しか話せない徐甲秀が、その被害者でした。」

 女達が集まっているところへ石橋が帰ってくる。何か雰囲気が違う。

石橋「・・相変わらず、爆弾抱えて戦車に体当たりする演習ばかりしとったとよ。」

 女達黙っている。

石橋「どうしたとよ。何かあったね?」
ケイコ「徐甲秀ばい。」

 女達が位置を変えると、徐甲秀がうずくまり洗面器を前に肩を波打たせている。背中をさすってやる李金花。

石橋「に、妊娠したとか?」
ケイコ「日本語もよう話さんし、あっちのこともよう知らんこん娘に、サックなしでいたづらした兵隊がおるとよ。」
石橋「相手は?わかるとか?」

 徐甲秀、金必連に云われて首を振る。

金必連「名前、ワカラナイネ。顔タケ・・」
石橋「そうか、よし、わかった。」
ケイコ「どうするとね?」
石橋「軍医に頼んでみるとよ。連隊幹部に云うても相手にはされんばい。軍医なら何とかなるかも知れんばい・・・」
ケイコ「満州じゃ、仲間の慰安婦が金を出し合って故郷に帰る汽車賃ば作ってやったというばってん、こんビルマの最前線では無理ばい・・」
石橋「まあ、ワシにまかせてみるたい。」

 石橋去って行く。見送る女達。

慶子「石橋さんの頼みを受けたのは北九州で開業医をしていた親切な召集の軍医少尉でしたが、上官の軍医少佐は・・」

 軍医少尉と石橋が、軍医少佐の前にいる。

軍医「・・・そこで、この慰安婦をマンダレーまでさげて産婦人科用の手術器具を持った開業医の所で手術をしようと思うのですが・・」
少佐「日本の刑法では中絶は禁止されておる。禁を犯せば医師の免許を取り上げられる事を知らんのか!貴様は国禁を犯す気か!たとえ戦場でも日本の法律は生きている。中絶手術などこのワシが許さん、貴様は栄えある大日本帝国陸軍の軍医だぞ!」
軍医「しかし、このままでは、あの朝鮮人慰安婦があまりにも哀れであります。」
少佐「朝鮮人慰安婦の一人や二人がなんだ、そんな朝鮮人、それも慰安婦ずれのことで、貴様は皇軍軍医の名誉を傷つけるつもりか!いいか、公衆便所の一つや二つがつぶれても国は滅びやせん、帰れ!」

 少佐、軍医を殴りつける。石橋、軍医を介抱しながら逃げるように去る。

慶子「124連隊は2月23日、ジュピー山脈を越え、チンドウィン川を渡り、標高3000メートルのアラカン山脈の向こうのインパールを目指すという絶望的な作戦に出発して行きました。食料は初めから必要量の三分の二しか無いのです。この無謀な作戦を指令した牟田口軍司令部は専用芸者ハウスをもっており、兵隊達が荒れているのも数ヶ月来のことだったとです。」

 通信兵「4月28日、第15師団長・山内正文中将から第15軍司令部へ緊急電、“・・・第一線は撃つに弾無く今や豪雨と泥濘の中に傷病と飢餓の為に戦闘力を失うに至れり。第一線部隊をして此処に立ち至らしめたるものは実に、軍と、牟田口の無能の為なり・・・”4月29日、第31師団長・佐藤幸徳中将より第15軍司令部に緊急電、“・・・弾一発、米一粒も補給無し、・・・敵は糧食弾薬はもとより、武装兵員まで空中輸送するを眼前に見て只々慨嘆す・・・”以上!」

慶子「ようやく作戦の中止命令が出たのは7月9日のことでした。その3日後、7月12日午後2時、軽い陣痛の後、徐甲秀は女の赤ん坊を産みました。初産ながら乳の出もよかったとです。」

 徐甲秀と赤ん坊を取り囲む女達、押し黙って見守っている。元気な泣き声。赤ん坊を抱き寄せ頬ずりをする徐甲秀の眼にキラキラと涙が光る。


第十三章 さらば皇軍


慶子「昭和20年1月8日、124連隊は最後の作戦に出発して行きました。やっと1500名そこそこの連隊に小銃だけで、戦車と軍用トラックで移動する兵員2万の機甲部隊を阻止せよというのですから、これはもう自殺するようなものでした。あちこちで部隊と一緒に玉砕した慰安婦の話を聞き、石橋さんが逃亡用に買い集めた生阿片を頼りに逃げる事になりましたが、いざ逃げ出そうという2月中旬には、もう第15軍自体がバラバラになって逃げ出していました。」

 伏せて隠れている兵隊2名と、石橋、ケイコ、徐甲秀、金必連、李金花。戦車の走行音が通り過ぎる。徐甲秀の背中の赤ん坊=徐白秀が泣き出す。慌ててあやす徐甲秀。

兵隊「敵に聞かれたらどうする、殺せ!」

 兵隊2名先に行く。行きかかる石橋達、ケイコが動かないので止まる。

ケイコ「ウチらだけで別行動とろう、あんな兵隊達と別れよう。・・・・兵隊達と一緒に行きたい者は行ってもよかよ。でも、ウチは徐さんと一緒に別行動をとる。」

 ケイコ、徐甲秀親子をかばうように立つ。一人、また一人とケイコの側に。石橋、ケイコを見ている。

石橋「よし、話ばつけてくるばい。」

慶子「結局、石橋さんも加わってくれました。徐甲秀と赤ん坊の白秀とウチの3人だけでもいいと思っとったとですが、三十代の日本人慰安婦二人が兵隊についていっただけで、後は一緒に行くことになりました。兵隊達は止めもしないし、食料を分けてもくれませんでした。やっかい払いくらいの気持ちだったとでしょうか。・・・別れたときには一日半分ずつの軍用乾パンを持っていましたが、どう食べのばしても3日と持ちませんでした。」

 金必連、両手に草を抱えてくる。みんなに配る。

金必連「コノ草ノ根ワ、タペラレルヨ・・・・コレハ、葉ッパモ、タペラレルヨ。」
ケイコ「良く知っているとね。」
金必連「ニポンチンニ、農地ヲトリアケラレテ、タペルモノナカッタヨ。オモニトタペラレル草サカシマクッタコトアッタヨ。ソノトキオポエタノヨ。」

慶子「草だけでは栄養が足りないと、虫も食べました。石橋さんが獲ってきた蛙も食べました。オタマジャクシはスープの中に溶けてしまいましたが、みんなおいしそうに食べました。この“慰安婦隊”石橋さんとみんなの心が初めて、一つになったような気がしたとです。でも、食料は絶対的に不足していましたのでみんな、だんだん体力が衰えて行ったとです。三月も末になって、徐甲秀の足が腫れて歩けなくなり足を止めて四日目になりました。」

 みんな座り込んでいる。徐甲秀、徐白秀に乳房を含ませているが・・・

金必連「オッパイ、テタトネ?」
徐甲秀「・・・テナイ。」
李金花「足ワ、ヨクナタ?」
徐甲秀「・・・・・(首を振る。)」
李金花「白秀・・・ナカナイネ、タイチョプ?」
徐甲秀「(胸に耳を当てて)・・・タイチョプ・・・」
金必連「白秀、ウチガセオッテアケルヨ。」
徐甲秀「(首を振る)・・・ウチ、セオウ」
ケイコ「そうやって、無理しとるから足が腫れてしまったとよ。遠慮せんとうちに貸してみんね。」
徐甲秀「ウチ・・・・」

 徐甲秀が立ち上がろうとしてよろめく。とっさに石橋が支えようとするが、膝をついて横座りに倒れる徐甲秀。

石橋「危ない!」
徐甲秀「・・・アイゴー・・」
ケイコ「怪我ばしたとね。・・・・・何ね、腫れに穴ば空いて水の出とるとよ!」
金必連「タイチョプ?イタカト?」
ケイコ「・・・これはかえって良かかもしれんとよ。水が出て、楽になるかねえ。」
徐甲秀「・・・ウチ、立テマス・・!」

 徐甲秀、立ち上がる。

石橋「大丈夫か?」
徐甲秀「タイチョプ!」
ケイコ「良かったね!」

 皆、次々に立ち上がる。再び歩き出す。

慶子「四月の初めになりました。南に向かっていたのに西に曲がっていたようです。密林から顔を出した途端はるか向こうに鉄道の走っている街・・・それは、見覚えのあるピンマナでした。そこに行けば食べ物はあるでしょうに、もう敵に占領されている事がはっきりしているので、皇軍と訣別したはずなのに、捕虜になる勇気が無かったとです。そこから南に向いて三十分も歩くと、広い野原にでました。その向こうに数軒のビルマ人の農家が見えました。」

石橋「このままだと徐甲秀も子供も数日は持たない。ピンマナには敵軍がいたが、この村にはいないようだから、あの農家に徐親子を預けて行こう。金はないが、この生阿片を全部持たせれば、戦争が終わるまで親子を養ってくれるだろう。とにかく、白秀を助けたいからなあ。」
ケイコ「・・・・それがよかとウチも思います。」

 金必連が徐甲秀を見つめて頷く。徐甲秀、みんなの顔を見回す。石橋が阿片を入れた雑嚢を肩に掛けてやる。

ケイコ「白秀ちゃんのためよ。生きるとよ・・・白秀ちゃんのために、生きるとよ!」

 ケイコに背中を押されて、徐甲秀が農家の方へと夢遊病者のように歩き出す。ケイコ達、南へと振り返りつつも歩き出す。


慶子「そのまま、ウチ達は五月、六月、七月、八月、とジャングルの中を歩き続けました。日本人組は、全員下半身に水腫を作り、朝鮮人組に縄で引っ張られながら、何日も座り込んでは、やっと歩き出すというような生活を続けていました。ベジャーという街が遠くに見えた時、白旗をかついだ日本兵がやって来て戦争が7日前に終わったこと、ベジャーに収容所があることを教えてくれました。昭和20年8月22日になっていました。」

 収容所の前で待っているケイコ達、門の中でケイコ達の方を見やりつつ議論をしている将校達。

将校A「皇軍があんな女たちを連れて戦場に来ていたことが知られては体面にかかわる。乾パンの5,6枚もやって、追い出してしまえ。のたれ死にしてもかまわん、どうせ、慰安婦ではないか。」
将校B「そのとおり、あんな女どもを入れては所内の風紀が乱れる!」
将校C「しかし、そんなことをして監視兵が報告したら、」
将校A「」何とでもごまかすのだ・・!」
軍医「こうしたらいかがです。陸軍軍医部には“篤志看護婦”という制度があります。看護婦の資格はなくとも自ら志願し、従軍し、従軍看護婦達の手伝いをするというものです。包帯の洗濯とか、負傷兵の食事の世話などの雑役を担当します。そこで、彼女達にここでその“篤志看護婦”を志願させれば“従軍看護婦”で通ります。それなら、皇軍の対面も保てるでしょう。」
将校A「そんな小細工をせんでも、とっとと、」
軍医「黙れ!!何だと思っている。利用するだけ利用して、用が無くなれば“山野に放遂”しようというのか!お前ら将校が芸者を揚げて騒いでいるときに、あの人達は兵隊と一緒に泥水をすすり、草の根を噛んできたんだ!それとも、兵隊達に聞いてみるか・・・彼女たちと、お前達と、どちらを“山野に放遂”するか。」
将校C「・・・軍医の案に賛成する。女たちを追い出して、問題を起こされても困るからな。」
将校B「それもそうだ。」

 将校A、黙って収容棟へと去る。B・C後を追う。軍医、ケイコ達に手招きをする。


エピローグ

慶子「その人は元軍医でした。収容所内では私たちを従軍看護婦として扱ってくれました。昭和二十二年になって、その肩書きで復員船に乗り、やっと日本の土を踏んで知らされたのは、後生大事に持ち帰った“軍票”がただの紙屑になっていたことでした。朝鮮人組は大半が朝鮮人連盟の人と去っていきましたが、ただ、金必連と李金花だけが一緒に福岡に行くといいました。」

 改札口でケイコと二人が見つめ合っている。

ケイコ「本当にお父さん、お母さんの所に帰るとね?」

 二人、顔を見合わせて頷く。

ケイコ「大丈夫?家に帰っても本当に大丈夫?」
金必連「・・・・・・オネエサンタケニハ、ホントニオセワニナリマシタ。」
李金花「・・・オセワニナリマシタ。」
二人「トウモアリカト、コツアイマシタ。」
ケイコ「・・・・」
金必連「テハ、クレクレモ、カラタニ気ヲツケテクタサイネ。」
李金花「サヨナラ、オネエサン」

 二人、ホームに戻って行く。見送るケイコの後ろ姿。慶子、席を立ってケイコに近寄る慶子、肩に手を置く。客席を振り向いて。

慶子「こうして、ウチ達の戦争は終わりました。・・・よくよく考えてみると二人はわざわざウチを送りに福岡まで来てくれたのかも知れません。二人にとってはウチの方がよっぽど心配だったのでしょうねえ。この先どうするのか・・・・・・結局、ウチは朝富士楼に戻りました。考えてみると他に行くところもなかったのです。遊廓の火が消えるまでそこにいたとです。その間出かけたのは只一度、あの・・倉光さんが昔勤めていたという二日市温泉に行っただけでした。まさか倉光さんがいるわけは無いとは判っていたとですが・・・遊廓が無くなって様々な仕事ば転々としました。どこでも、昔のことがわかると馬鹿にされてね・・・このモーテルは朝富士楼のご主人の坊ちゃんがやってられるとです。此処に来るお客見ていると、今の若い人たちっていいですね。好きなこと勝手なことができて。自由って言うのでしょうね。でもこんな時代が生まれる前には、すいぶん悲しいめにあった人たちがいるのですよね。・・いえウチのことじゃなかですよ。ウチは自分から戦争に行ったとです。でも、いろいろな人ば見たとです。地獄のようなめに遭うて死んでいった若か人たちを・・・。あんな時代はも う・・・ごめんにしてもらいたかですよね。」

 慶子、客席の方へと歩み去るケイコを見守っている。

声「金さん、李さんとは、それ以来?」
慶子「一度もあっていません。金必連は結婚して大阪へ行ったとですが、すぐ離婚されて大阪の焼き肉屋で働いとるそうです。李金花のことは金必連が知っとるはずですが、もう・・・」
声「石橋さんは?」
慶子「福岡で雑貨商ばされとるようです。何年前だったかばったり大浜町のちかくで出会うたとですが、・・・目ば伏せて行ってしまわれたとです。もう、終わった過去、出来ることなら棄ててしまいたい過去なんでしょうね。うちも、こんな事今まで、誰にも話しませんでした・・・墓の中ば持って行くつもりだったとです。・・・もう、こんな時間?すっかり話し込んでしまって・・・」
声「ありがとうございました。改めてお礼にうかがいます。」
慶子「なんも、気にせんと。はい、さよなら。」
 
 笑顔で手を振る慶子、ドアの音。慶子、掃除道具を片付けてあかりを消す。



                          −完−


「KEIKO」アンケートより

慰安婦の視点で描かれていたので、その気持ちが伝わった。気持ちの変化とかよく分かった(照明で)、
道具を使わないのもかえって良かったと思う。友達に誘われて来たが、こういう機会がもっと多くなって、
多くの人に伝わればと思った。(10代)

この夏、楊家宅をフィールドワークする機会を得、この劇を是非みたいと思っていました。
主役の方の初めから終わりまで入り込んでおられた演技に感銘しました。(40代女性)

2時間があっという間で夢中に観ることが出来ました。(40代女性)

嫌な過去は振り返りたくないものだけど、正確に伝えるべきだと思う。(20代女性)

ドキュメンタリーは強いですね、話はたくさんの人に観てもらったらいいなぁと思います。(30代男性)

女性の演技に感動しました。すばらしかった。(40代女性)

女性(KEIKO)の目から見えたもの感じたものをテーマにしている手法がよかった。エンヤなど美しい
音楽を使ったのがよい。素人でここまで・・と感動した。シナリオがよくできていた。ビルマ(ミャンマー)
を一週間旅行してきて、軍の進行跡や、慰安所跡など見学して来たばかりだったので、タイムリーでし
た。(40代女性)

慰安婦の人々の、それぞれの思い、ひしひしと伝わって来ました。凄く素敵でした。特に音響と照明が
すごくマッチしていました!・・・ぜひ、再演をお願いします!(20代男性)

思ったことのない観点からのお芝居で、心に残りました。ありがとう。(40代女性)

従軍慰安婦の人たちは黒人奴隷のような扱われかただったのですね。セリフがよく聞き取れて良かった
です。・・・毎年、いい企画をしていると思います。(40代女性)

                                     


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