屋久島日記
"YAKUSHIMA DIARY" by SHIRAKAMI Takashi

画像と文 白神貴士


白谷山荘(無人小屋)の前庭で


        序章 2001.6.5 豪雨のち晴れのち豪雨

 博多からの西鉄高速バスは車内TVで映画を流してくれる。
三船プロの『風林火山』が良かった。芝居の原案が浮かぶ。
八切止夫氏の上杉謙信女人説を基に、信玄に会うためにと
何度も川中島に兵を出す少女の謙信・・・『虎と呼ばれた女』
面白そうだ。
                  ★

 6月5日13時10分に屋久島に渡るトッピー2(ジェットホイル
=水中翼船)が出る予定の鹿児島港北埠頭は、滝のような
豪雨に見まわれていた。駅の売店で買ったビニール傘と、
真新しい軽登山靴の防水性を頼りに流れと化した道路の
水溜りを渡り、トッピーのチケット窓口に到着したのは何と
出発2分前の事だった。

「乗れますか?」

 受付の女性が素早く時計を振りかえる。

「はい、予約は・・」
「ないです。」
「電話番号とお名前を」
「086-xxx-xxxxシラカミタカシです。」
「では、これでそちらの非常口からどうぞ」

 チケットを渡してくれた。てきぱきとした対応が嬉しい。
急な雨に雨具を持ってない降船の人達を掻き分けて船に急ぐ。
トッピーは着水しているので見た目は小型の客船と変わらない。
とりあえず時間に間に合ってほっとする。
 中は一、二階に分かれている。ぎっしり詰まった客席は全部で
200席くらいか?私の席E32は進行方向に向かって左側最後列の
三人並びの真中だ。席の後ろに、非常口前のスペースが空いて
いたので、荷物(=ザック、カメラバッグ、ビニール傘、竹編み笠)
を置いて席に着く。
 アナウンスがあってシートベルトを締める。翼で海上に浮き上がる
事=離水(?)を『TAKE OFF』と表現していた。飛行機みたい。
客室員の人達も制服がおしゃれな感じ。地元では憧れの職業
だったりするのかな?などと考えているうちに、どんどんスピードが
あがって行く。40→50→60・・・79kmくらいで巡航速度なのか?
震動や、大きな揺れは感じない。時々船体を傾けてカーブを切る。
確かに、ある種、飛行機にも似た搭乗感なのだろうか。
 窓の外は、豪雨で真っ白(というか微妙なグレー)になる。何度か
アナウンスが入る。

「雨のため、視界が非常に悪くなっておりますので、減速運転を
致します。」

 速度が70km前後に落ちる。雨が切れると82kmくらいまで速度が
上がる。時間の取り返しをしているのだが、予定より到着時刻は
遅れるとアナウンスがあった。
 経由地、種子島の西之表に到着、かなりの客が降りて、少しの客が
乗ってくる。乗客達は座席が空いてきたので窓際に移動したり、少し
ゆったりと座り直す。私の隣で足を投げ出していた中年男性も席を
移って通り易くなったので売店に飲み物を買いに行く。
 氷入りのスポーツ飲料が紙コップに注がれ、ストローとキャップがついて
210円。さっきから喉が乾いて口の中が粘ついていたので、とりあえず
気持ちがいい。

                    ★★

 トッピー2は種子島を出港して屋久島に向かう。雨は激しくなったり、
弱くなったりしながら降り続けている。
 やがて屋久島が雨の向こうに姿を顕わした。海面から島影が立ち上がる
様子は鎖骨当たりから豊かな乳房がふくらんでゆく曲線にも似ている。
トップはいくつもの峰が男性的な姿を見せているのだが、島影自体に、
そこはかとないセクシーさを感じる・・・思い込みもあるのかなあ・・・と眺めて
いるうちに妙な事に気付いた。
 進行方向左側の窓には雨が打ちつけ島影も煙っているのに、右側の窓
から見える海には黄金の波がきらめき、窓枠に陽の光りが射し込んでいる
のだ!船が天候の変わり目を走っているとでもいうのか?
 不思議な現象は島に着くちょっと前まで続いた。そして屋久島の北東部に
ある宮之浦港は・・・・・晴れていた・・・!

                    ★★★

   
【宮之浦港の旅客待合室の建物越しに山々が】    【いきなりの太陽の歓迎】


 雨の季節に日本一の多雨地域に出掛けてきたのだ、天気予報も雨と良くて
曇りのマークだったので、まさか晴れてくれるとは期待すらしていなかった。
 雨上がりの爽やかな楽しい気分で港から歩いて行くと公園があった。眼に
飛び込んだのは植えられた立派なガジュマルの樹だ。亜熱帯!その木陰の
ベンチに荷物を降ろして記念写真を撮る。


    
【公園のガジュマルの樹】      【すでに満足そうな顔をしているのか?おい・・・】

 公園のトイレも変わっていた。入り口で靴を脱ぎ、スリッパと履き替えて板の間に
上がる。真中の柱の回りに荷物置きがあり、大きな鏡もある。便器の所へは段差を
降りて別のスリッパを履く。明るくて気持ちの良いトイレだった。
 この公園はあずまやなどもあり、バス待ち、雨宿りの時など何度か御世話になる
事になる。

                      ★★ ★

 さて時刻は16:00前、今夜はここ宮之浦に泊まる予定である。が、気まま旅は
アポ無しが基本で宿は予約していない。バス停の近くが良いと思い街を歩いてみる。
『宮之浦港入口』のバス停から、『宮之浦』のバス停まで歩いて案内板を見つけ
電話してみる。1軒目には「詰まっている」と断られ、2軒目は電話に出ない・・・。
 3軒目の「民宿たんぽぽ」といういかにもな名前のところに電話をする。

「あのー今日はもうお部屋空いて無いでしょうか?」
「空いてますよー。何時頃来られます。」
「これからでもいいでしょうか?」
「いいですよ・・今どちらです?」
「いえ・・・すぐそばですので・・・本当にすぐ行きます。」

 本当に5mくらいのところだったので、すぐ行くとちょっぴり驚かれた。飛び込みでも
いいのかも知れないが、風体の怪しさに自信があるので慎重策をとったのだ。話して
みれば良い人だと分かるのだが(術にかかるだけかも知れぬな・・ワッハッハ・・)
 部屋は母屋から庭を隔てた離れに3部屋と風呂がある一番右側の103、入ってみると
八畳の和室でTVとコインクーラーがある。洗面設備と洋式トイレも清潔。まずは荷物を
降ろしてほっとする。食事は6時半だと聞いたので6時過ぎにシャワーを使い、さっぱり
したところで食堂へ。雨が降り出している。庭をとっとっと走って行く。この民宿を二人で
やっているらしい年配の方の女性に、よしずを立掛けた庭側のテーブルへ案内される。

                     ★★ ★ ★★

 夕食を頼んだのは二人だけだったようで、私より5歳年上の、鹿児島で営業マンをして
いて屋久島へも仕事で来たという会社員の方と、差し向かいで炭火焼の網を囲んだ。
 金網の上にトビウオの片身や貝、サバ、イカの切り身、バーベキューの肉と野菜を
並べる。ご飯はオニギリになっていて、焼きオニギリにして醤油をかけて食うとうまい。
貝とかは塩コショウで頂く。トビウオやサバは、そのままで塩がしてあっておいしい。
 私は麦茶をいただいていたのだが会社員Aさんのお勧めで焼酎のお湯割りも頂いた。
島の産で『三岳』という芋焼酎。すっきりとして喉越しが良い。きっとウマイのだろう。
(比較するほど飲んでいないのでわからないけど・・・)

 Aさんは瀬戸内海沿岸も12回転勤で回って、岡山市にも奥田南町という私の母校、
岡山南高の近所に二年間くらい住んでられた事があるという。甲子園の話とか、演劇
TV、プロレス、家族の事など、さまざまな話に花が咲く。
 Aさんは昔、占ってもらったら演劇や芸術に向いていると言われた事があるらしい。
けれど会社員としての人生を歩き、今は奥さんに「趣味がないと老後に困るわよ」と
いわれているという。

「営業も演劇なんですよ」

 と、Aさん。取引先でも会社でも一面しか見せることはないから・・・と語る。でも、
取引先のある社長のように表も裏も無く、自分をさらけ出して生きている人を見ると
うらましいような気持ちになるという。旅先でのこういった出会いはしがらみがないから
いい、と笑う。私も笑って、趣味なんてきっとそのうち見つかりますよ、といって食事を
終えた。量が多かったので鶏肉を少し残した。20:30過ぎ自室に戻る。食事を始めた
頃から雨が激しくなったり弱くなったり降り続いている。

                    ★★ ★  ★★

 翌日の準備をしようと、時刻表や地図を机に広げる。だが、布団を敷いておこうと
したのが失敗だった。ちょっと横になるとTVも灯りも点けっぱなしで寝ていた。
 目覚めると24:00過ぎ、トイレに行き、携帯の目覚まし機能を6:00にセットして
寝直す。


                 6月6日「白谷雲水峡へ」