第2章 2001.6.6-2 白谷山荘へ 


  


 原生林歩道が終わり、楠川歩道と合流する場所でヤクシカの雄と出会った。
「わーい。逃げないでね・・・会えて嬉しいよ・・・」などと心の中で呼びかけながら
ビデオをズームアップしてゆく。細身でスマートだが頭には立派な角が生えている。
身体の向きを変えてみたり、ポーズをとってくれる。こちらへ向かって来そうな
気がして、慌ててファインダーを外すと実際の距離は随分離れていた。ヤクシカは
「もう、いいんだね」って感じで方向を変えて林の中に消えていった。興奮が残る。
野生だー!野生動物と彼らのテリトリーで出会うって事は都会っ子(たかが岡山市
だが)の私の生涯で初めての事かも知れない。

  

 案内板とピンクのリボンのおかげで、無事に白谷山荘(以前は管理人さんのいる山小屋
だったらしいが現在は無人の避難小屋になっている)にたどりつく16:55。鉄筋コンクリートの
1階建て。廃墟っぽくていい。トイレは少し臭いが・・・。中は明かりもなく薄暗い。
外のテラスでここまでの事を書き綴る。さて、暗くなる前に水汲んで、寝床の用意をして・・・
 近くに水場があるとHPに書いてあったが・・・入口の正面の林に少し入った所にパイプで引いて
あった。ジャバジャバと水が出ている。こんな綺麗な水が使い放題というのもゴージャスな事だ。
手を洗って、水を汲む。中に入って早々と荷物の片付けと寝床の用意をする。大きな土間から
5〜6cm上がった板の間がこしらえてあって半分に壁で仕切られている。男性、女性でわける
のかな?とりあえず、入口側の奥に陣取る。台の上にザックを上げてマットを床に敷き、その上に
寝袋をセットする。・・・油断していたら蟻が食料の匂いを嗅いでいる。危ない危ない・・・こういう
所ではきっと虫も元気なはず、外で食べるとしよう。

  

 食料といっても安売りのカロリーメイトとおまめちゃん、ゆりねさんからもらったチョコ
(遭難用らしい)くらいだ。カロリーメイトを汲んだ水と一緒に食べるとなかなか美味である。
水がおいしい。前夜、民宿の水道でもそう感じた。甘いような気もする。何しろ汲みたての
ミネラルウォーターだ。『屋久島の水』の商標で売っているくらいだもの。
 木が多いから雨が降る。雨は森に染み込み、沢を流れる。流れや滝が本当に沢山ある。
バスで登って来る途中にだって、岡山辺りにあったら名所になりそうな滝がちらほらあった。
屋久島は多量の水が血液のように巡っている島だ。健康な島だ。
 カロリーメイトの包装も粉を洗って持ち帰る事にする。自然に礼儀正しくなる。水だけは
節約の必要が無いが・・・。

                         ★★★

 18:45日本の西南の方角だけあって暮れるのは遅い。が、早めに寝袋に潜り込む事にする。
ようやく暗くなり始めた頃、カサッ、コソッと音がする。寝袋から顔を出してザックを置いた
コンクリート棚の下、壁の隅に"何か黒いモノ"がいるのを発見した。何だろう?蜘蛛?ムカデ?
結構ドキドキしながらライトを当ててみると意外な生物・・・・サワガニが壁にいた。
 いつから、ここにいるのか?私が開けた時に入ったのか?それともずっとここにいるのか?
水がなくては長くは生きられまいに・・・。蟹はじっとしている。どうしよう。夜中に髪を引っ張られる
くらいの事はあるかも知れないが、朝まで放っておこうと最初は考えたが、思い直した。
夜中のうちに死んでしまってたりしたら寝覚めが悪い・・・何しろ他に人がいないのを良い事に
ズボンも脱いでパンツ一丁で寝袋に入っているのだが、まあ、板の間は入口近くまで
続いているし、ドアから放れば土の上に落ちるだろう。よし、と決心して寝袋を出る。ビニール
袋の口を開けて・・・こちらの気持ちを知ってか知らずか、わりとすぐにつかまってくれた。
引き戸を開けて泥マットまで一歩踏み出して袋を振る。仰向けになったが無事に土の上に落ちた。
向き直ったのを確認して戸を閉めた。蟹の恩返しってのもあるかな・・・と、ここまでのいきさつを
ライトの灯りで書きとめている時・・・

                        ★★ ★★

 誰か来たみたいだ・・。懐中電灯の灯りが見えて、人影が中を覗いた。「こんばんわ」と
声をかけるが、聞こえなかったのか返答もなく消えた。
 はて?誰か確認に来たのかな?いては困るのか?部屋はあるし、こちらは構わないし、というより
屋久島の山小屋は基本的に避難小屋なので、どんなにいっぱいになっても、拒んではいけないのが
ルールなのだ。帰ったのだろうか?何だったのだろう?と考えているうちにますます暗くなってきた。
 20:08再び灯りが見える。外で何かしてるようだ。足音がする。こちらに気を使って、外で荷物を
解いたりしてるのかな?まあいいや。入ってきたら挨拶をしよう・・・と思っていると、おじさんらしき
影が入って来る。

「こんばんわ」
「こんばんわ」

 挨拶をすると、色々話しかけてくれた。かなりこの辺りに詳しい方らしい。「せっかく来たんだから
縄文杉まで行きなさい。辻峠から楠川分かれまでの道も去年整備されて良くなっているよ。」と
説得されかかるが「久々の運動なので・・・」「バスの時間が・・・」「荷物が・・・」とか言い訳をする。
かなりの労力と時間になるので見てがっかりしたくないところもあるのかなと自分で思う。
 おじさんは和気町にいたことがあるらしい。岡山はいいところだと言う。

「屋久島と反対で日本一晴れの日の多い県なんですよ」
「それは知らなかったな」

 おじさんは仕切りの反対側に陣取ったようだ。おやすみなさい。外はうっすらと明るい。月の光が
あるのだろうか?20:32眠ることにしよう。


第3章 2001.6.7 太鼓岩から楠川歩道 へ